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 姉に無理矢理引っ張られ、その空間に足を踏み入れた。


 一瞬だけ体に電気が走った感覚がしたが、すぐに戻る。そして目の前には白くて広い空間と、沢山の人達が立っている光景が目に入って思わず固まる。




「おかえりなさいませ、聖女様」

「お帰りをお待ちしておりました。よくぞ戻られました」

「朝子様、どうぞ今後もあなた様のお力を我らにお貸しください」


 そこにいた人たちは恭しく頭を下げて姉にそう言った。姉は背筋をぴっと伸ばすと、頭を下げている人たちに向かって穏やかに、しかしはっきりと告げたのだった。


「はい、ただいま帰りました。半年間、お待たせいたしました。私は今後とも、この国の為に尽力致しますとも」


 男性たちは更に深々と頭を下げて、「はい!よくぞお戻りくださいました!」と叫ぶ。


 半年間お待たせいたしましたという言葉に「ん?」と違和感を覚えたが、その疑問を私が口にする前に、姉は私の方を振り向いた。



 そしてにっこりと笑うと、私の紹介皆に始める。妹の月子ですと姉が言えば、「おお!ご姉妹の!」とか「どうぞおくつろぎください」とか言われて、私に対してまでキラキラした笑顔を向けてくるものだから、思わず口元がひきつった。


「月ちゃん、折角来たのだからゆっくりするといいわ。大きなお風呂もあるし、食事も豪華だから」


「え…いや、さっきまで夕食だったけど…?」


「ああ、そうだったわね。でもこっちのご飯もとっても美味しいわよ。そうそう、ここは王宮の中にある‘聖女の間’と呼ばれる神聖な所だから覚えておいて。私は聖女の仕事があるからもう行くけれど…、分からないことがあったら侍女に聞けばいいわ。皆さん、私の妹をよろしくお願い致します」


「はい、聖女様。お任せくださいませ」





「は…、え!?ちょっと、朝子(ねえ)…!」


 姉は言うだけ言うと、まさかの私をこの場に残し去っていく。ちょっと待て、こら!無責任にも程があるだろう!と怒鳴りたくなったが、異世界人たちがニコニコと微笑んで立たれているのでぐっと我慢する。



「月子様、お部屋にご案内いたします」


 と言うかどうして言葉が通じているんだろう…という疑問はもはや持ってはいけないのだろうね。きっと、うん…。やはり私はこの場においても深く考えるということを放棄したのだ。







 異世界は誰しもが想像する「ザ・ファンタジー」の世界観で間違いないようだ。


 侍女さんの話だと、王様がいて、騎士がいて、魔法があって。さらに人間の他に、エルフもドワーフもその他諸々もいるらしい。


 そして姉の朝子は、この国・フェリエンという国では「聖女」であるとか。まああのいかにも偉そうな姉の態度を見るからに、「聖女」様であることは間違いないのだろうけれど…。


「それにしても聖女って、一体何をするんですか?」


 思わず部屋を案内してくれた侍女さんにそう問えば、「癒し」の力で怪我人や精神を病んでいる人を助ける…と説明を受けた。


 それって医者の仕事なのでは…と言いたくなったが、異世界の事を何も分からないのであまり思ったことをポンピン言いすぎるのは良くないと判断し、その場は「そうなんですか」という言葉だけにとどめておく。


「聖女様の妹君にお会いできてとても嬉しいですわ!どうぞこの国でごゆっくりされて下さいませ」


 またキラキラした笑顔を向けられて、どうも居心地が悪くなる。


「あ…えっと…その、ありがとうございます…?あ、でもちょっと待ってください。姉のことを少しだけでもいいから教えてくださいませんか」


 すると侍女さんの人は目を丸くさせ、その後優しい顔になってあれこれ教えてくれた。






 この国には、‘聖女の間’に現れる乙女は「癒し」の力を有しており、国で苦しんでいる人を助けるという伝説があるそうだ。どの時代にも聖女は存在し、天寿を全うしその役目を終えると、次の聖女が現れる。聖女は必ず異世界の女性で、どの聖女にも「癒し」の力があり、そして国で大切に崇められる存在となるそうな。

 

 もれなく姉もその聖女の力があった。


 故に姉はとても大切にされ、そして姉もその期待に応えるかのように「癒し」の力で人々の怪我や病気を治していった。今や姉は国にとってなくてはならない人となっているとか。


 が、さすがに家族や元の世界の事を思い出して寂しくなったらしい。


 ならば一時的だが実家に帰っていいよと言われ、クローゼットに通じる道を通ってこちらに帰って来て、そして迷惑なことに私も一緒に連れて来た…というわけだ。


「聖女様がご帰還されて、我々はほっとしております。それにこうして可愛らしい妹君ともお会いできて感激です」


「は…はあ、そうですか…」


 侍女さんが感極まって目に涙を浮かべているが、私に至っては困惑するしかない。




 と言うか、いつでも帰って来られるならば帰ってくればいいじゃん…と思った私は変ではないだろうし、そこまで考えが至らなかった姉は本当に脳味噌があるのだろうか。


 姉がどうしてこの世界の事を私に話したのかは分からない。まあ、おしゃべりな姉のことだから誰かに話したくて仕方ないって程度だったのだろう。


 けれど異世界の人たちからすれば、妹の私が来るなんてことは想定していなかったことだ。


 案内された豪華で綺麗な部屋の片隅では、今も数名の侍女さんが忙しなく動いている。大方、客室であるこの部屋の準備に手間取っているのだろう。非常に申し訳ない気持ちにさせられる。


「月子様、大変申し訳ございません。すぐに全て完璧に整いますのでお許しください。その間に湯につかりますか?それともお食事になさいますか?」


「いえ、私は元の世界に帰りますので。お気になさらず」


 むこうの世界では夕食の途中だったし、こちらでもてなしてもらう必要は全くない。だからそう言ったのだが…。





「あの、月子様…。えっと、その…。‘聖女の間’の異世界に繋がる空間は…、半年に一度しか開かれませんので……。ですので、月子様は必然的に、半年はここで過ごして頂くことになりますが…」




「…………は……?」



 

 全く予想もしていなかったことを言われ、また頭の中が真っ白になった。




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