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 姉は大神殿というところでお祈りをしていた。入口から覗くと、大神殿には沢山の人がいて、姉の祈りを見つめている。


「神からの力を皆様に分けます。皆さまの心と身体が癒されますように」


 そう言うと、姉の身体が金色に光り輝き、光の玉が神殿中に溢れ出た。

 人々はその光を受け取り、満足そうに笑っている。姉の仕事を初めて見て、私は呆気に取られた。これが「聖女」の仕事なのか。元の世界では絶対に見ることのない光景に、思わず心が震えた。


 全ての人がいなくなるまで、姉はずっと大神殿にいた。一人一人の人と握手と抱擁を交わし、笑顔で対応している。私には絶対に出来ない芸当。そんな姉を眩しくも、羨ましくも眺めていたら、姉は私に気付いて顔をしかめた。




「月子…。一体何…?」


 プイっと顔を逸らしたから、まだ怒っているのだろうね。軽く息を吐きながら、私は姉に近寄る。姉は警戒してずっと身体を硬くさせたままだ。




「朝子姉…ごめん、勝手な事をして。朝子姉の仕事もちゃんと知らないで、自分がいいと思ってしまったことをしてしまって…。もっともっと、ちゃんと話せば良かったって、後悔している」


 息を飲む姉を見ながら、私は更に続けた。


「私、あっちの世界で医者になるって目標があるからね…。数日後には帰るよ。ドグラスさんにはあちらの医療の知識を渡したから、できれば朝子姉は、ドグラスさんと今後協力して欲しいと思っている。朝子姉の力と、向こうの知識があれば鬼に金棒でしょ?」


「………」


「あ…それと…。ヴィンセントさんのことだけれど…」


 再び怒ったような表情になった姉に苦笑しつつ…。


「これだけは…謝れないかな…。ごめん。好きになる予定はなかったのよ。最初は全く興味なかったし…。でも…まあちょっと昔話をする機会があってね。その時から意識しちゃって…。朝子姉には本当に悪いと思っているけれど、でもこれだけは譲れないかな。ヴィンセントさんが、好きなの」


「………」


「朝子姉がヴィンセントさんの事を好きだってことは知っていたよ。だから盗るとか、そんなつもりは毛頭なかった。えっと…それだけは分かって欲しい…」


「………」


 ぐっと拳を握って下を向いた姉は、目に涙を溜めていた。あれは失恋をした時の姉の顔だ。姉は私と違って、過去に恋人が沢山いて、恋の成就も失恋も沢山経験している。失恋した時は、泣いて手が付けられないのも知っているし。


 でもヴィンセントを姉に渡すなんてことはできなかった。それだけは…と。姉に対して申し訳ない気持ちはあるが、だからと言ってヴィンセントと姉の結婚を黙ってみている程、私はお人よしではなかった。その点だけは本当に申し訳ない。


「ごめん…自分勝手で。これからは朝子姉の邪魔にならないように配慮するけれど…」


「……向こうに戻ったらどうするの…?ヴィンセントはこっちに残るの?」


 姉が小さく聞いてきた。


「試験に合格して、研修を終わらせて…までは忙しいだろうけれど、時間に余裕ができたら…また来たいって思っているの…。ヴィンセントさんに会いたいから…。朝子姉は、私のことが目ざわりでしょうけれど」


「………」


「えっと…、ごめん、言いたい事だけ言って。身勝手な妹でごめんなさい。言いたい事があったら、朝子姉も…私にぶつけてね」


 それ以上は言えなかった。私はぽつんと佇む姉を残して、その場を後にした。







「月子?」


 その後、ヴィンセントに会いに行った。顔を見た瞬間、私は彼の胸へ飛び込んで抱きつく。驚いた気配がしたが、すぐに私を抱き締めてくれて「どうした?」と聞いてくれた。


「ヴィンセントさん…。私、エルムント様に会ったよ」


「!?」


「……ちょっとひねくれたところがあったけれど…悪い人じゃなかったよ…。いつかヴィンセントさんも、エルムント様とゆっくり話せればいいね」


 私も完全に朝子姉と話せたわけではない。昨日今日で改善できることではないし、時間をかけてゆっくりと…ね。


「それとヴィンセントさん、今回のことでエルムント様に頭を下げたんですってね。ありがとう…その気持ち、嬉しかった」


「……全く、敵わないな」


 ヴィンセントは心の底から溜息をついたようだ。そして苦笑いした後、恥ずかしそうに自分の頭を掻いていた。


「月子、キスしていい?」


「………っ…。それって、一々尋ねる必要ないよ…。は、恥ずかしいよ……」


 笑ったヴィンセントは私の両頬に手を添え、深く唇を合わせてくる。


「ん……っ。ふあ……あ……」


「ふ……可愛い、月子……」


 何度も角度を変えて交わす口づけに酔いしれる。このままでは身も心もとろけておかしくなりそうだ。

 ヴィンセントの手は私の身体を幾度となく触り、愛撫する。


「ああ…月子、全部食べてしまいたい」


「………よくもまあ、そんな恥ずかしい台詞を次から次へと言えますね!」


「お褒めに預かり光栄」


「褒めてないっ!」


「照れが強い月子の姿が可愛すぎて困る。やっぱり全部もらうことにする」


「……この不良騎士!」


 どうせ私の言うことなんて聞くつもりはないのだろう。

 それでも、ヴィンセントと共に過ごすこの夜がとても幸せで、それだけでもこの世界に来て良かったと思ってしまったことだ。


「…ヴィンセントさん…。私がいなくても……その……」


「大丈夫。俺は身持ちが固い方だから。浮気もしない。毎晩想像上の月子を抱いて満足することにする」


「……もういや…。なんでこんな人を好きになったんだろう、私……」


 それでも一緒にいられることは嬉しい。

 夢も恋も、全部叶えてやる。私は欲張りだから、全部全部手に入れて絶対に幸せになってやる。


 そうヴィンセントに宣言すれば、高らかに笑われ、そんな月子だから好きだよと言われてまた食べられた。







 姉とヴィンセントの婚約話はなくなったと聞いたのは、それから一日後の夜のことだった。









 数日後、私は当初の予定通り元の世界へ帰る事となった。


「また半年後に。必ず来いよ」


 皆が見ている前でヴィンセントさんは私にキスをしたものだから、周りは驚いて拍手までする。何これ、すごく恥ずかしい。絶対に試験に合格して戻らないと…といきなりプレッシャーを感じた。


「あちら世界の新しい知識、早く知りたいので!半年後によろしく!」


 魔導士ドグラスは笑って片手を挙げる。彼にとっても私が一度向こうの世界に戻ることは有り難いことなのだろう。好奇心旺盛で知識欲の塊みたいな人だしね。


 と、後ろの方がザワッとしたかと思えば、その人達の間を姉が歩いて来た。少しだけ緊張したその顔つきは、怒っているのかそうでないのか判断がつかない。姉は私の前に来て足を止めた。




「……来てくれないかと思った」


 ちょっと困ったような感じでそう伝えれば、ばつの悪そうな顔をした姉は「…人でなしみたいに言わないでよ」と拗ねたように答える。



「朝子姉は…やっぱり帰らないの?こっちで暮らすの?」


「…うん。いつまでこっちにいるかは分からないけれど、私を求めてくれている人がいる限り、こっちにいるわ」


「……そっか…。うん、いいんじゃないの。朝子姉は、こっちにいる時の方が生き生きとしているし」


「………そうかしら」


「うん」


 静かに笑う姉は、今までの姉とはちょっと違った雰囲気を纏っていて「おや?」と思った。脳内花畑のふわふわ系女子だと思っていたけれど、どうやら変わったようだ。少しだけ鋭利さを感じさせる空気は、今までの姉にはなかったもの。


「月子、試験頑張ってね。絶対医者になりなよ」


「……うん、ありがと。頑張る」


「…半年後、試験合格っていう、いい知らせを持ってきてね」


 私は光に包まれた。周りの人達が手を振ってくれている。ドグラスの「待っていますよ」という声が聞こえた。ヴィンセントの優しい笑顔も見えた。そして姉の、冷静で何かを決意したかのような美しい顔も。






 気付けば私はクローゼットの前に立っていた。


 日付を見れば、異世界に行った半年前。つまり、こちらでは全く時間が動いていなかった。これは私にとって都合がいいけれど、むこうとこちらで時間の流れが違うのはなんか嫌だな…と苦笑してしまう。


「さてさて!こんな事言っている暇はない!勉強、勉強!」


 早速私は机に向かってテキストを広げる。医者になる為に猛勉強だ。内容は忘れていないだろうけれど、それでも少し焦りがあるので一からスタートだ。









 それから数年かけて私は見事医者になる。


 しばらくは、むこうの世界とこちらを跨いで二重生活という忙しい毎日を送ることになるのだが、あちらの世界で医者になるということも考えるようになった。

 それはヴィンセントと結婚をして、家庭を持つという夢ができてしまったからであり…。それを伝えれば、ヴィンセントは当たり前だが喜んでくれたっけ。


 ヴィンセントと言えば兄であるエルムントと色々会話をしたらしく、今ではぎこちないながらも、兄弟の会話というものをちゃんとしている。けれどどちらかと言うと、私とエルムントの方が会話が盛り上がり、やはりヴィンセントは兄であるエルムントと話すことにはまだ慣れていない様子。




 姉は「聖女」としての力を一層増し、今では全国を巡ってその「癒し」の力で民を癒しているとか。ただ姉がいない時のためにということで、行脚には私の世界の知識を持った魔導士ドグラスも同行し、医療の知識を民に広げているそうだ。


 その姉とドグラスは、何があったのか知らないけれど恋人となり、数年後には結婚することになる。ドグラスは美形と言うのは程遠いし、護衛騎士達の方が好みの男性がいるのでは?と姉に聞いたところ、


「ドグラスの前だと素の自分でいられるの。綺麗な私じゃなくて、どうしようもない私を好きだと言ってくれるところがいいの」


 と顔を赤くして言っていたのだが、それにヴィンセントが同意するように頷いていたのがちょっとだけおかしかった。


 そうそう、姉が「子供は沢山欲しいわ!二人は駄目ね。揉めた時に仲裁してくれる役目がいないから。だから最低でも三人がいいの!」と言い放った時はついつい苦笑したっけ。




 確かに、その意見は賛成ですよ、お姉様!



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