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短編だったものを長編にし、全体的に手を加えております。
中世ちっくだけどふわゆる設定。
「月ちゃん。実はね私は…、異世界の聖女なのよ」
「………はぁ?」
「もう数年も月ちゃんやパパやママに会えなかったのが寂しくて仕方なかったわ!でも私、聖女として頑張っていたの!いえ、それは今でも頑張っているけれど…!でもやっぱり家族と離れるのは寂しいわ」
ある日のことだ。
父と母は共働きで帰宅するのが二十一時は当たり前、故に私と姉の二人で夕食を作って食べるわけであるが、姉が真剣な面持ちでこう告白をしてきたものだから、ついつい「馬鹿じゃないの」と言わんばかりの顔をしたのは仕方ないだろう。
それにしても、だ。
異世界の聖女って…何を言っているのだろうか。
私は山井月子。一応学生の身分。
姉は山井朝子、二十八歳。私達は少しだけ歳の離れた姉妹だ。
姉はふわふわしたところがあって、いわゆる脳内花畑女子(馬鹿とも言う)だが、それにしてもこれは酷い。今年二十九歳になる女の発言とは思えない。一体何があったのか。
そう言ってやれば、姉は怒ったような顔になる。
「本当なのよ!家の…私のクローゼットにはね、異世界に通じる扉があるの!偶然見つけてそこに入ったらね!異世界が広がっていたの!私はそこで‘聖女’って呼ばれるようになって…人々を癒してきたのよ」
「どこから突っ込めばいいのか分からないけれど、取り敢えず自分の頭を癒しなよ。病院必要ですか?しかもクローゼットに入れば異世界って…なんかあったよね、そういうファンタジー」
「もう!全く信じていないでしょう!私はね、そこで何年も過ごして来たのよ!流石にお母さん達に何年も何も言わずに来てしまったから心配していたのに…こっちに戻って来てみればびっくりよ!たったの数時間だけしか経過していないのだもの!」
「はいはい。夢の中にでもいた?御苦労さま」
私の言い方がきついのはいつもの事で、とりわけ姉に対してはそれが顕著になる。目の前では酷い!月ちゃんってば酷い!と姉がピーピー騒いでいる。
「なら証拠見せてよ、証拠を。お姉さまが異世界の聖女とやらだったという証拠を。知っていると思うけど、私は超・現実主義者だから証拠なしにそんな事をあっさり信じる奴じゃないよ」
「もちろんよ!証拠ならばあるわよ!さあ、私の部屋にいらっしゃい!」
まるっきり信じていなかった私が言い放った言葉に、姉の朝子は顔を真っ赤にして私を無理矢理引っ張る。
件の部屋のクローゼットの前に連れて行かれた。食事中だっていうのにこれだし…。
「いいこと?絶対に月ちゃんも驚くよ!」
「はいはい」
せーの!となぜか気合いを入れてクローゼットを開いた姉に可哀想な視線を向けてしまった。
だがしかし、姉の言う通りそこは異世界に繋がっていたのだ。
クローゼットの奥の方が、ぐにゃぐにゃと空間が歪んでいるのが見ても分かる。小宇宙が発生しているのか!?と焦るほど、日常生活ではお目にかかれるなんてことは絶対にないだろう、信じられない光景がそこにあった。
「ほら、これが証拠よ!」
「………あ、ええ……そう……。そうね……」
「これで月ちゃんも信じた!?私のこと、馬鹿にしたの謝ってよね!」
「あー…ええ、はい。すみませんでした…」
これは素直にそう言うしかない。私が姉に謝るなんて滅多にないことだ。
しかし本当にクローゼットの奥には異世界が繋がっていたわけである。クローゼットの先は異世界でしたって、ナルニ○国物語かよ…って姉に洩らせば、そうねと笑って返された。
「さあ、行くわよ!私の仲間達を月ちゃんに紹介したいのよ!」
「へ!?」
さらに無理矢理腕を引っ張られてクローゼットの奥へと進んで行く。
きっと途中から思考回路が正常に働いていなかったに違いない。もしくは少しだけの好奇心があったのか。いずれにせよ、すぐに行って帰って来るということが出来ないと知らなかったら、この時、姉と共に異世界に行こうなんてことはきっと思わなかっただろう。