伊豆の海
伊豆の海
結果から言うとOKが出た、そのわけは親の職業だけではなくこの話を剛士にも振ってみた。
すると彼が直接電話で連絡すると言い、その対応があまりに紳士的だったためと俺とミクが高校のクラスメイトだという話で、毎日電話連絡を入れるという条件付きで了解が出た。
「なんとかOKもらえたな」
「うん、でもなんでかな?」
「剛士、親の病院の名前出したらしい」
「あ~それは安心だね」
「ミクは大丈夫だよな」
「え~フィアンセと一緒に旅行に行くのだめなんて言わないでしょ」
「そうか」
「でも剛士君は何か言ってた?」
「いや特に何も、一応宿泊の穴が空かなくて良かったとは言ってたけど」
「ふ~ん」
そのころ剛士は、これからの進路で悩んでいた。
専門学校はデザイン系だとは言え職種は様々、彼の親からは医療機器の会社か製薬会社に行く事を進められていた。
要はすでに進路は決まっているという、だが彼はもう少し自分の可能性を探ってみたいとも考えていたのだ。
そしてこの二泊三日の旅行は大きな転機になっていく。
「おはよう」
「お~おはよう」
「今日の講習で最後だな」
「ああ後は休みあけてから資格試験だな」
「ああ そうだ 明後日どこに迎えに行けばいい?」
「そうだな荷物もあるし、彼女らの近場の駅が良いか」
「そうだな、それより水着は買ったか?」
「一応買ったぞ」
「おれもだ」
「楽しみだな」
「そういえば一応まだ聞いてなかったが、剛士は彼女いないんだよな」
「いないよ、付き合ったこともない」
「じゃあ大丈夫だ」
「何が?」
「まあ楽しみにしておけばいいよ」
「りゅうちゃん何かたくらんでないか?」
「いやこれは企むというより計画だな」
「そりゃ旅行の計画に違いはないが」
「その時になればわかるよ」
俺は彼女らには近場の駅に集合してもらい俺はそこに電車で行く、そして3人そろった駅に剛士が車で迎えに来るという形を取った。
「おはよ~」
「おはよう」
「りゅうちゃんおはよう」
「おはよう、もうそろそろ来るはず」
そこに4WDの車がやってくるウィンカーを出し止まると、運転席から剛士が降りてくる。
その姿は昔の若大将よろしく、アロハに短パンそしてレイバンのサングラス。
頭は丁寧にオールバックにセットされ、外見だけならサーファーに見えたが。
「でか」
幸田さんからはその一言が発せられた、確かに身長が高いので髪が黒髪でなければ外人でも通るだろう、もしかしたら彼の先祖に向こうの血が少しは入っているのではとも思うが。
「お待たせ、それじゃ荷物載せちゃおう」
「あ はい」
じゃあ俺が助手席だな。
まあ最初から助手席に幸田さんを乗せてしまうと剛士は緊張して運転しづらいという判断だが。
慣れてくれば交代してもよいだろう、そういえばミクは一度剛士との面識はある。
いつものバイクツーリングに俺はミクを後ろに乗せて連れて行ったからだ。
「じゃあ2人は後ろに乗って」
4WDのジープタイプ3ナンバー車は中も広いが乗るのに少しコツがいる、車高も高いのでやや上に乗る感じだ。
若干女子が乗り込むとき足がもつれる、ミクはすんなり乗ったが洋子は手が離れそうになり。
それを見ていた剛士が抱き留めると、そこからはもう俺の計画通り。
「あ ありがとう」
「どういたしまして」
そして俺も乗り込み最後に剛士が乗り込む、当然だが女子と付き合ったことなどない剛士はその時すでにゆでだこ状態、もちろん洋子も顔をピンク色に染めていた。
俺は助手席に乗り込むとシートベルトを締め何気なく剛士の顔を見る。
「な なんだよ」
「深呼吸してみろ」
「すーーはーー」
「しゅっぱーつ」
「あはは、なにそれ~」
「え~固くなりすぎだよ、楽しく行こうよ」
「そ そうね」
そういうと俺はこの日のために編集してきたカセットテープを車についていたデッキに差し入れる。
その当時に流行っていた曲を10曲ばかり入れてきたが、海に行くならと思い作ってきたのだ。
「まずは16号線かな」
「ああ野猿街道から16号線そして藤沢を通って西湘バイパスだな」
この頃にはすでに東名高速で行くという手もあるのだが、高速道路に乗る場合どちらかを選択する形になる。
それは中央高速か東名か、どちらも時間短縮にはなるが海を見ながら走るという形ではない。
前に高志との日帰りツーリングで伊豆まで行った時、西湘バイパスから見る海が俺には新鮮に見えたのを覚えている、バイクから見る風景と車から見る風景はかなり違うのだが。
窓を開けて感じる風とその向こう側に見える海はなかなかのものだ。
「そういえばミクは海に来た事ある?」
「1回だけ」
「幸田さんは?」
「ないわ」
「じゃあ初めての海だね」
野猿街道をそのまま進むと16号線に出る、そのまま大和市まで進み、鎌倉街道へ少し進むと右折し交差点の手前にはチョコレート工場が見える。
そこを今度は左折、後は道なりに進む、藤沢の町の中を通り江ノ島に差し掛かる。
路面電車が見えたところで、女子は騒ぎ出す。
「何ここ、何で道路走ってんの?」
「これが江ノ電だよ」
「そうなんだ」
「この一角だけ道路と路線が交差するんだ」
「でも踏切がないんだね」
「確か函館も同じ路面電車が走っているけどこの電車はこの一部分だけ道路を電車が走るみたいだよ」
剛士は運転に夢中でかなり無口だが、あえて話しかけることはしない。
多分俺も運転中に話掛けられると気が散ると思うので、俺は彼女らの話し相手を務めることに終始した。
「あ 海」
「あれが江ノ島?」
「そうだよここが片瀬江ノ島海岸、向こうが由比ガ浜」
「もしかして竜ちゃん調べてきた」剛士
「調べて来るでしょう普通」
ようやく剛士から声が出た、バスガイドなどするつもりはないが、聞かれれば少しは答えられないと会話が続かない。
女子と会話が続かないというのはかなり宜しくないという話を聞いたことがある、思い出も残念な結果に終わってしまうのは誰でも避けたいところだ。
左側に海を見ながら車はどんどん進んでいく、この日の天気はかなり良く風が割と強いため海岸線も少し進むとサーファーの姿もちらほら見えていた。
海岸線の通りもたまにサーフボードを乗せたワゴンが通り過ぎると、ここが海だと思わせるのに十分だった。
非日常、俺たちは普段土の上にいて水平線などはほとんど見たことがない。
小さな自分を感じて自然の大きさを確かめるにはこうして海を見るのが一番良い。
後ろの席では女子2名が車の窓ガラスを開け外の景色を楽しんでいる。
「あまり顔出すなよ」
まあ気分を壊そうとは思わないが、一応言っておかないといけないことがある。
おれがそう言うと出過ぎた顔を引っ込める。
「なんで?」
「たまに標識にヒットすることがあるんだよ」
「そうなんだ」
「だから手なんか出していると楽しい旅行が、残念な結果になるから気を付けて」
「わかった~」
後ろを見るとミクはわかるが幸田さんの目が海を見て自分というものを再認識しているのではと感じた。
まあそれは俺が感じたことで、本人に聞けば違うというだろう、それに剛士もルームミラーを見ていたりする。
車のバックシートの窓枠から見える初めての海に彼女は何を思うのか。
車はそのまま進み西湘バイパスへと入っていく、ここで料金を払う。
確か当時は200円ぐらいだったと記憶している、バイクは100円。
この道路は一応60kまで出せるが当時の記憶だとみんなそれ以上のスピードを出していたと覚えている。
自動車専用道路ではあるが高速道路ではないので100k以上出すとパトカーに追いかけられる、広く長い直線は自然とアクセルを踏み込む足に力が入るのは仕方のないところではあるが。
もちろん剛士は制限時速をしっかり守って運転していく。