第77話[季節外れの海水浴]
季節は冬。
この街の冬は暖冬で、比較的過ごし易い季節なのだが……。
「セッちゃん海に行きたい」
この日、セツコはとんでも無い事を言い出していた。
「えっ、嫌だよ」
「セッちゃんの可愛い水着姿が見られるよ」
「見たくないし、行きたくない」
「何より部屋から一歩も出たくない」
俺は洞窟の件以来、悟っていた。
お外は危険が一杯だという事に。
「大体、何でこの季節に海なの?」
「いくら暖かいとはいえ、流石に海は無理だよ」
「また夏手前に誘ってね」
まあ、行かないけど。
「ヤダ」
そう呟くとセツコは俺の部屋に寝そべり、行きたいを連呼しながら駄々を捏ね始めた。
「水着を着たいのなら、お風呂のぬるま湯で我慢しなさい」
「ちっがうよぉ、セッちゃんは泳ぎたいんじゃないの、人魚さんに会いたいだけだもん」
何言ってんの?
人魚って魔物じゃないの?
つか会って何するの?
疑問に思ってセツコに尋ねると、セツコはえへへと笑い、絵本を俺に見せてきた。
「昨日買って貰ったんだ」
タイトルの人魚の少女の下に描かれる人魚の絵を見て、俺はドン引きしていた。
何故なら顔が半魚人だからだ。
「えっと……、えっ?」
困惑する俺に、セツコは絵本を開き読み聞かせてきた。
前の世界でもよくある内容で、違うのは最終的に王子様のキスで人魚に足が生え、王子と結婚するというものだった。
それにしても厳つい顔の人魚によくキスしようと思ったなぁ。
足生えても魚の尻尾も消えて無いし……。
「それで人魚に会ってどうするの?」
「タッくんにキスさせて足が生える所を見るの」
何で?
何で人魚に足が生える所を見たいんだ?
つか、足の生えた人魚はどうなるんだ?
海に戻れなくなるんじゃないのか?
それらをセツコに話すと……。
「大丈夫だよ」
「慣れれば海と陸、両方に住めて便利だってサナちゃ……、何でも無い」
成る程、サナが関わってんのか。
「セッちゃん、サナを呼んできなさい」
「サナちゃんは関係ないよ」
「セッちゃん、呼んできなさい」
「はい……」
しばらくしてサナが現れた。
「サナ、お前まで何やってんの?」
「そんなに人魚に足が生える所を見たいのか?」
「勿論です」
そう言うとサナは熱く語り始めた。
キス一つで足が生える何て一体どんな体の構造をしているのか錬金術師として興味があります。
意中の相手とのチッス。
それが細胞を活性化させ、肉体にどんな影響を与えたのか、若しくは魔法の様な類いで、意中の相手のチッスで陸に住む決意をし、足に魔法をかけて生やしたのか、そもそも人魚は人なのか魔物なのかどうかなど色々と調べたい事があってですねぇ。
長過ぎて途中から聞くのを止めた。
「とりあえず行かないから」
「そんなぁ、可愛い私が人魚について調べたいって言っているのに……」
「キスするのは俺なんだろ?」
急にサナが黙り込み、俺から視線を逸らした。
「大体セッちゃんはいいの?」
「他の女の子とキスするんだよ?」
「唇に‼︎」
「いいよ〜」
えっ、いいの?
「だってコレだもん」
そう言ってセツコは絵本を指差した。
確かに、強面な魚に嫉妬はしないわな。
「とにかく、俺は行かないから」
そうキッパリ断るとサナはゲスい顔をし始めた。
「洞窟で助けた件、忘れてませんよね?」
えっ?
「命の恩人の頼みを断るんですか?」
コイツ……。
仕方ない、ルリ姉の名前を出すか。
「ルリ姉に言いつけるぞ」
「構いませんよ、この季節の海、きっと誰も訪れないでしょう」
「そんな中、可愛い弟に可愛い水着を……、さてルリさんはどちらの味方につくと思いますかねぇ」
「それにルリさんも私に恩を感じている筈ですし」
何て事だ。
知的好奇心を満たす為なら、錬金術師はこうもゲスになれるのか。
だが、俺は諦めない。
絶対に諦めないぞ。
「姫様に言いつけるぞ」
「変な魚とキスをするのを姫様は嫌がる筈だからな」
俺がそう言うとセツコが手紙を渡してきた。
分かりました。
私も微力ながら協力させて頂きます。
お互い、勇者様の為に心を鬼にして頑張りましょうね。
えっ、何て書いて姫様に送ったの?
疑問に思い、セツコに尋ねてみた。
すると……。
「セッちゃん字が下手だからサナちゃんにお手紙書いて貰ったの」
「サナちゃん凄いんだよ」
「セッちゃんの言葉全部書き写したんだよ」
嘘だ。
絶対に嘘だ。
そう思い、俺はサナに何て書いたのか尋ねた。
セッちゃんだよ。
タッくんが女性嫌いを克服する為に人魚とキスの練習をするとか……。
途中で怖くなって逃げようとするかも知れないから、もし何かあったら協力してくれる?
一緒に海に行ってタッくんの勇姿を見届けようよ。
先程の手紙の返事と見返しながら、俺は顔を青くした。
どうやら俺に逃げ場は無い様だ。
第77話 完




