第44話[商売]
風邪が治って数日後、俺はセツコに無理矢理、街に連れ出されていた。
「あっ、タッくん」
「見て、人が一杯居るよ」
「本当だ、一体何があるんだ?」
俺達は気になって人集りの中へ入ってみた。
セツコが人を押し除け進む中、俺は嫌な予感がしていた。
何故ならサナの甲高い声が聞こえてきたからだ。
「おや、タッくんさんにセッちゃんさん、丁度いい所に」
俺達はサナに手を握られ、前へ連れて行かれる。
不思議とサナに触れられても鳥肌は立たなかった。
恐らくサナを異性だと思っていないからだろう。
「さあタッくんさん、私に息を吹きかけて下さい」
そう言うとサナは俺に顔を近づけてきた。
かなりの至近距離に俺は顔が赤くなる。
幾ら異性として見て無くても、顔を近づけられると誰であっても何か照れる。
男だったとしても、照れてしまうだろう。
コミュ障のせいかな?
とりあえず、顔を近づけるなと注意しないと、そう思って口を開いた瞬間……。
「はい、口臭い」
「いや、本当に臭いですね」
えっ?
本当に臭いの?
「なあ、セッちゃん」
「俺、本当に口臭い?」
「えっ、臭くないよ」
良かった、まさかセツコに感謝する日が来るとは……。
「でも大丈夫」
「この口臭バイバイ君を一粒噛めば」
俺はサナに口臭バイバイ君を無理矢理、口の中に入れられた。
前の世界の口臭ケア商品のようだな。
「ホラ、ボリボリと噛んで」
「はい、息を吐いて下さい」
「いや、顔がちか……」
「はい、いい匂い」
「あんなに臭かったタッくんさんの口もコレを噛めばたちまちいい匂い」
「しかも効果は驚異の一日間持続」
セツコも気になって俺の息の匂いを嗅ごうとしてくる。
「すっごい、タッくんの息がいい匂いになってる」
セツコの反応を見て、街の人達が騒ぎ出した。
「落ち着いて落ち着いて、さてこの口臭バイバイ君ですが、一粒銅貨一枚、袋いっぱいだと何と銅貨五枚で販売します」
「押さないで押さないで」
商品はあっという間に売れ、直ぐに完売になり、サナはお金を懐にしまい、店を畳んでいく。
そんなサナに俺は文句を言ってやった。
「あんな人前で臭くもないのに臭いって言いやがって」
「えっ?」
「……いや、その……、本当にすみません」
えっ?
何その驚き様、それに視線逸らすし……。
「なあ、セッちゃん」
「俺の息、臭くないよね?」
「いい匂いだよ」
今の匂いじゃねーよ。
「今日のお礼にお二人に口臭バイバイ君を一袋ずつあげます」
「特にタッくんさんには必要な物でしょう」
えっ……。
「なあセッちゃん、いつも俺の息臭い?」
「臭くないよ」
「本当に?」
「うん」
笑顔で頷くセツコ。
そうだ。
この屈託のない笑顔が答えだ。
俺の息は臭くない。
でも、この口臭バイバイ君は毎日一粒、噛もうかな。
第44話 完
 




