第19話[怖いから]
手の平には血が滲んでいた。
正直、痛みはあった。
でもそれは猫に引っ掻かれた程度の痛みでしか無く、それが魔王の攻撃かと思うと、何だか胸が痛んだ。
「フハハハ、騙されたな勇者」
「お前を殺して世界を支配してやる」
何、言ってんだよ。
手が震えているじゃ無いか。
それに俺を引っ掻いた事で爪が折れている。
そんなにしてまで、死にたいのかよ。
「なあ、何でお前はそうまでして殺されたいんだ?」
「一緒に生きようって言ってんだぞ、なのにどうして?」
俺の言葉を聞いた魔王は自分の体を抱きしめ、涙を浮かべながら語った。
「それは、怖いからだよ」
「人に裏切られるのが堪らなく怖い」
「裏切りって……」
「メデューサの一件で君も分かっただろ」
「人は魔物を信用したりしない」
「ましてや、僕の首には価値があるから……」
魔王を討ち取れば英雄になれる。
だからこそ、人は僕の首を狙うだろう。
そうなれば、僕は黙って殺されるしか無いんだ。
だから怖いんだよ。
そう話す魔王に対し、俺は再び手を差し伸べた。
「俺はお前を裏切らない」
「勇者、君は分かってないよ」
「何も分かっていない」
「僕を庇うって事は、人類の敵になるって事なんだよ?」
「上等だよ」
「その時は一緒に魔王城に引き篭ろうじゃないか」
「人間がこの城に押し寄せて来たらどうするのさ?」
「その時はその時だ」
「一緒に死んでやるさ」
「どうしてそこまでするのさ?」
「君がそうまでする理由が分からない?」
「君を助けたのだって借りがあるからだ」
「それが無ければ僕は君を見捨てていたんだよ」
「なのにどうして?」
「そんなの決まっているだろう」
「お前を殺せば、本当に殺人犯になっちまうからだ」
まあ、人じゃ無いし、この世界で魔王を殺した所で罪に問われる訳じゃない。
それでも、人を殺した時の様に罪悪感を抱き、後悔するだろう。
それに、そんな事をしても前の世界の母さんと父さんは喜ばない筈だ。
それ所か、きっと俺を叱るだろう。
何故、殺したんだって……。
なに、俺は間違った事を何もしていない。
していないんだ……。
「魔王、お前だって死にたく無いだろ?」
「もっと家族と居たい筈だ」
「だったら俺の手を握れ、一緒に生きていける道を探そうよ」
俺の言葉を聞いて、魔王は俺の手を握った。
やっぱり、家族ともっと暮らしたかったんだな。
俺は魔王に笑顔を向けて言う。
「行こう、皆んなの所へ」
魔王も笑顔を浮かべ「うん」と言って返事をするのだった。
第19話 完




