第29話[知名度]
なんて事だ。
セツコの奴が街で英雄扱いされてやがる。
ことの発端は数日前、暇なので家の近所で釣りをしていた時だった。
セツコの奴がしつこく遊びに誘うので仕方なく付き合う事に……。
するとどうだろうか?
セツコの奴が街のお店に次々と入って行くではないか。
「セッちゃんだよ」
「おっ、セッちゃんか」
「ほれっ、魚持ってきな」
「セッちゃんが来たよ」
「ドラゴンゾンビを倒したセッちゃんのお出ましか」
「ほれっ、美味しいお肉でも持って帰りな」
「セッちゃんがき・た・よ」
「あら可愛いねぇ」
「ほれ、新鮮なお野菜持ってきな」
魚屋のオッサンから魚を貰い、肉屋の親父から肉を貰い、八百屋のババアから野菜を貰う。
そして俺に向かって勝ち誇った表情を向けてきやがった。
「どう?」
「セッちゃん凄いでしょ」
「何なら将来、タッくんを旦那様に迎えてあげてもいいよ?」
別にガキ相手に悔しがる程、俺は子供じゃねぇ。
このガキ丸出しのセツコに大人な対応って奴を見せてやるか。
俺はそう思いセツコに満面の笑みを向けた。
いい返事を聞けると思ったセツコは俺に笑顔を返して来た。
そして……。
「何か乞食みたいだね」
「えっ?」
「こじきって何?」
「貧乏な人が裕福な人の靴を舐め回して食べ物を得る人達の事だよ」
まあ、嘘だが。
「タ……、タッくんの馬鹿」
俺は凄まじいビンタを喰らい、宙を三回転半した。
そして今に至る。
正直、悔しい。
セツコは褒められ、俺は同情される。
母さんも母さんだ。
何故、俺がスライムに負けた事を近所に話した。
噂(事実)が広まり、姫様から手紙が届いたじゃねーか。
親愛なる勇者様へ
いきなりで申し訳ないのですが、噂の件耳に届いております。
ですがご心配なさらないで下さい。
私も父もあなた様を国王に迎える準備をしています。
ですから婚約の方を……。
などと書かれていた。
ハァ、こんな事で魔王は倒せるのだろうか。
俺は前の世界の母ちゃんを思い出し、涙を流した。
第29話 完




