第60話[死に場所]
もういいだろうか。
私は時計塔での演奏を止め、ロキの所へ走っていた。
街の住人達の視界を共有し、彼が腕を斬り落とした事は知っている。
ロキは頭が良いからな。
あの街娘に負け、このまま生きていられないと悟ったのだろう。
時期に憲兵達が私を捜しに来るだろう。
その前に私はロキと会わなければならない。
取り返しのつかない事になる前に……。
チェロは街の住人達を押し退けながらも懸命に走った。
息を切らしながら懸命に……。
そして辿り着くロキの家。
彼はずっとこの家に住んでいた。
黒炭になった柱、屋根と呼べる物は無く、雨風を凌ぐ事も出来ないこの家で彼はこれまで過ごして来たのだ。
「ハァハァ、間に合って良かったよ」
ロキの手にはたいまつが握られている。
恐らく彼はこの家で焼身自殺をするつもりなのだろう。
「ごめんなロキ、まさか勇者達が来るとは思わなかったよ」
そう言うとチェロはロキに手を差し伸べた。
「一緒にこの国を出よう」
「そして共に生きるんだ」
だが、ロキは彼の手を握ろうとはしなかった。
首を横に振り、この国から出ていかない事を態度で示す。
「やはりか、両親との思い出のあるこの国に残るか」
「ならばロキ、私を共にあの世に連れていってくれ」
ロキは大きく頭を左右に揺さぶった。
それでもチェロは歩みを止めず、ゆっくりとロキに近づいていく。
「堕ちる地獄が違うのならば、必ず君の居る地獄へ向かって走るさ」
「私の音楽で地獄の悪魔達を魅了し、必ずね」
「だからお願いだ」
「私を共に連れて行ってくれ」
「君を一人にはしないから、だから……」
そう言うとチェロはロキを強く抱きしめた。
ロキの目から涙が溢れ落ちる。
ロキの手は震え、そしてたいまつをチェロの服に近づけていく。
するとチェロの服は燃え、その炎がロキの服に引火し、二人の体は瞬く間に炎に包まれていった。
そんな中、聞こえて来るロキの「ありがとう」という言葉。
喋れる筈が無い。
もしかしたら死ぬ間際に聞こえた幻聴なのかもしれない。
それでも、炎に包まれながら此方に向けられるロキの笑顔を見て、チェロは奇跡が起きたのだと思う事にした。
[何て事だ]
[君は声まで美しいのか……」
喉が張り付き声も出せないまま、チェロはそんな事を考えながら、ロキに優しい笑顔を向け、二人はこの世を去るのだった。
第60話 完




