第86話[とある男の過去後編]
「自分の容姿を醜いと言うのなら見なければいい」
「両目を失った君はもう鏡を見なくて済むだろう」
「最も君なら直ぐに治せると思うけど、しばらくそうして反省するといいさ」
反省だと?
笑わせるな。
魔物として俺は間違った事をしていない。
間違っているのは人を殺そうとしないお前とシャルディの方だ。
視力を失ったせいで、そこにネクロマンサーが居るのかどうかも分からない。
そんな中、俺はアテも無く地上を彷徨う事にした。
魔王城には帰りたく無い。
この目だって治そうと思えば治せる。
だけど、それは俺のプライドが許さなかった。
目を治し魔王城にも帰らず卑しく地上で生き延びる?
そんな惨めに生き恥を晒す位なら人間と戦い、盛大に殺された方がマシだ。
そう思い俺は人間を求め、歩き回った。
目が見えないので何日経過したのかも分からない。
喉が渇き、腹が減る。
このままじゃ、人間と戦う前に餓死してしまう。
やがて立っているのも辛くなり、俺はその場で座り込んでしまう。
風が気持ちいい。
今は夜なのか?
いや夜ならもっと肌寒いか。
此処は何処なんだろう?
そんな事を考えながら、体を休めていると……。
「お兄さんどうしたの?」
人間の子供が声をかけてきた。
シメた、この餓鬼を食って喉の渇きと腹を満たすか。
そう思い、手を伸ばした時だった。
「お腹が空いているの?」
そう言ってその子は木の実を手渡してくれた。
俺はその木の実にかぶりつき、果汁で喉を潤し、果肉で腹を満たしていく。
「フフフ、まだ一杯あるからね」
産まれて初めて人に優しくして貰った。
当時の俺はそれが屈辱的で、同時にこれまでして来た罪の深さを知った時だった。
やがてその子の親が駆けつけ、人間ソックリの俺は村で世話になる事になった。
初めはぎこちない関係だったが、俺を助けてくれた子供のお陰で村の人間とも仲良くなり、歳を取らない俺が魔物だと分かっても、これまで通り仲良くしてくれた。
やがて、助けてくれた子供が大人になり子供が出来て、そして孫が産まれ、お婆ちゃんとなったその子はこの世から去ってしまう。
彼女の最後を看取った俺は新たに旅に出る事を決意する。
「お兄ちゃん、この村から出て行くの?」
「ああ、人助けの旅に出ようと思ってね」
もう目の無い生活には慣れた。
俺は少女の頭を撫でて、彼女の祖母の事を思い出していた。
本当に良く似ている。
顔は分からないが、声がソックリだ。
「行かれてしまうのですか?」
「お爺ちゃん」
少女はそう言って祖父の所へ走って行った。
「ええ、世界を回ってみようかと思いまして」
「そうですか、寂しくなります」
「あなた達、家族にはお世話になりました」
「どうかお元気で」
そう言って俺は村から出て行った。
今ではネクロマンサーに感謝している。
この目を失い大切な何かを見つけられた気がする。
今では自分の姿も愛せるだろう。
「フッ、懐かしい匂いで色々な事を思い出してしまった」
ネクロマンサーじゃない。
この匂いは弟のシグラだろう。
噂じゃ地上に城を建て魔王様の真似事をしていると聞いたが……。
「久しぶりだなキョウギク」
「貴様に話しがある」
第86話 完
第2部 完




