第85話[とある男の過去前編]
風に乗せられた懐かしい匂い。
その匂いを嗅ぐと、失われた両目が痛む。
男は右手で顔を覆いながら過去を思い出していた。
俺には三人の兄がいる。
その内二人、ザネンとネクロマンサーを俺は完全に下に見ていた。
奴らより俺の方が圧倒的に強い。
なのに何故、偉そうにされなければならないのだ?
奴らは只、俺より先に産まれただけなのに。
昔の俺はそんな事を考えていた。
それから四人の兄妹が産まれ、いつしか俺の容姿はコンプレックスになっていく。
何故なら俺だけが人の形をしていたからだ。
シャルディ、キャルディ、ルビックの三人は比較的に人に近い容姿をしているが、人では無い。
あくまで人に近い魔物、顔や体を見れば奴らが魔物だとすぐに分かる。
対して俺はどうだ?
顔や体、全てが人間とソックリだ。
だから俺は時々、地上に降りて人々を殺して回っていた。
爪を変形させ、牙を生やす。
どれも人間には出来ない技だろう。
だからこそ、それらを使い人を殺す事で俺の心は満たされていく。
ああ、俺は人では無い魔物何だと実感し、心が晴れていったのだ。
そんなある日、一国を滅ぼし朝日を浴びて自分が魔物だという事を噛み締めていた時だった。
背後にネクロマンサーが現れた。
「どうしてこんな酷い事をするの?」
「酷い?」
「笑わせるな、コレが魔物として正しい在り方だろうが」
「在り方?」
「違うよね」
「君はただ魔物だという実感が得たいから人を殺しているんだよね?」
「だったら何だって言うんだよ」
「お前に俺の気持ちが分かるのか?」
「人として町を歩いたり、人として買い物が出来たりする」
「こんな醜い姿で産まれた俺の気持ちがお前に分かるのかよ」
そんな俺に対し奴は「羨ましい」と言った。
人間の姿ならば多くの人と触れ合い、人助けができる。
奴は俺にそう言ったんだ。
「僕の姿を見れば人間は逃げちゃうからね」
許せなかった。
人間の味方をする奴が、俺のこの醜い姿を見て羨ましいと言った奴が、俺は許せなかった。
俺はネクロマンサーに飛びかかり、奴も死体を操り応戦した。
そして俺はこの戦いで両目を失うのだった。
第85話 完




