第56話[海賊]
やばい、どうする。
剣を手にイカの化け物と対峙する中、俺は何か策は無いかと頭を働かせていた。
そんな中、人魚のお姫様がイカの化け物に話しかける。
「クラーケン様、私のお願いを聞いてはくれませんか」
「フヒ、残念だけど勇者は殺すよん」
「はい、ですが勇者より先に海賊を始末して頂けませんか?」
「私、あの海賊達に追われているのです」
「もし私のお願いを聞いて下されば、私はクラーケン様の物になります」
「フヒ、それは本当かい?」
「はい、私は強い殿方が大好きですから」
「なら直ぐにでも殺して来てあげるから待っててよ」
そう言うとクラーケンは海賊船めがけ泳いで行った。
俺はこのやり取りを見て、何故だか前の世界の学校の担任の先生の事を思い出していた。
「皆んなに重大なお知らせがあります」
そう言って朝のホームルームの時間を使い、担任の先生は衝撃的な発言をした。
「え〜、先生は離婚する事になりました」
「原因は先生の不倫です」
クラスの女子からはブーイングの嵐、一部男子生徒からは「自業自得じゃねーか」と言われながらも先生はめげずに話しを続けていた。
「え〜、偉人や名将と呼ばれた人達の中にも酒や女でやらかしてしまった人達もいます」
「私もそうです」
「皆んなは私を軽蔑すると思いますが、皆んなにはどうか分かって欲しい」
「結婚し大切な家族が出来たのなら、どうか先生の様な過ちは犯さないでくれ」
「嫁に離婚届けを突きつけられた時に初めて気付いた」
「家族が一番何だと……」
涙ながらに訴える先生を見てクラスの皆んなは黙り込んでしまう。
寧ろ、朝から何を見せられているんだと戸惑っていた。
「子供の養育費を払いながらコンビニ弁当を食べなきゃいけない辛さ」
「皆んなにはこんな辛い思いをして欲しくない」
そう言ってホームルームの時間、先生はずっと泣いていた。
今思えば離婚のショックで壊れていたのかも知れない。
(どうして先生の事を思い出したのだろうか?)
(あのイカの化け物が女性絡みで身を滅ぼすからか?)
などと考えながら俺はイカの化け物を見送っていた。
「お頭、クラーケンが此方に向かって来やすぜ」
「何?」
「クラーケンだぁ?」
「上等じゃねーか、ぶち殺してやんよ」
船長はそう言うと剣を抜き、部下達にクラーケンを討伐する様に指示を出す。
「オラ、野郎ども大砲の準備しな」
「さっさとしろ、こっちは宝を盗んだ盗賊も捕まえなきゃなんねーんだ」
「さっさと殺して宝を奪い返すぞ」
いや、アタイら女ですけど……。
そんな事を思いながらも部下達は大砲を準備して、クラーケンめがけ玉を放つ。
だがクラーケンは海に潜り、砲弾から逃げると長い足を活かして海の中から海賊船に絡み付いた。
「ククク、そう来るか」
「オラ野郎ども剣を持て、今夜はクラーケンの干物をアテに酒を飲むぞ」
命知らずの船長を先頭に、部下達も後に続く。
切れ味の良い剣がクラーケンの足を豆腐の様に切り裂いていく。
堪らず船から足を離し、今度は船を叩き壊そうとするが、大砲で足を狙われ、クラーケンの足は徐々に失われていった。
堪らず海の底へ逃げようとするクラーケン。
「逃さねーぞ、私に喧嘩を売った事、あの世で後悔させてやる」
そう言って海に飛び込む船長。
そしてそれを見ていた部下達は思った。
(海の魔王と恐れられたクラーケンより、お頭の方がよっぽど怖い)
クラーケンが海賊達に殺された事でタッティーナは元の場所へ戻っていく。
カルサの体も薄くなり、海賊達から奪った宝は海の底へと沈んでいった。
「ふむ、私は役に立てたのだろうか?」
少々納得はいかないものの、無事に勇者が帰れたのならと思い、カルサはシルクハットを脱ぎ、人魚のお姫様にお辞儀をして消えていくのだった。
第56話 完




