第52話[大海原]
気がつくと俺は海の中に居た。
口の中一杯に海水を含み、水中で息をしてしまったせいか鼻が痛い。
服は重く、何が起きたのか理解出来ずパニックになる。
脳裏に浮かぶ死という文字。
(嫌だ、死にたく無い)
踠き足掻こうとする俺の足に粘着質な物が絡んでいく。
それに引っ張られ、海の底へ引きずり込まれる中、俺は無数の影が此方にやって来るのを眺めていた。
「勇者様」
美しい女性に複数の魚類の兵士。
彼らは俺の足に絡みつく何かを切り落とし、美しい女性は俺を抱きしめて海面めがけ泳いでくれる。
「プハッ、ハァハァ」
力一杯息をして肺に酸素を送り込み、俺は助けてくれた彼女にお礼を言う。
「まさか勇者様とお会いできる何て……」
「姫様、今は勇者様を連れてこの場から離れるのが先決です」
「そうですわね」
「今、魔法をかけますわ」
そう言うと彼女は海の中でも息が出来る様にしてくれた。
そして俺を抱え、海の中を泳いでくれる。
「ぐぬぬ、可愛い人魚のお姫様」
「何故、勇者に加担する」
「このままではルビックちゃんに嫌われちゃうじゃないか」
ルビック?
誰だそれ。
聞いた事の無い名前だ。
「この先には行かせん」
「姫様、我が英雄を頼みましたぞ」
「ぐぬぬ、退け」
兵士達とイカの化け物が交戦中の中、人魚のお姫様は泳ぐ速度を上げて、あっという間に兵士とイカの化け物の姿が見えなくなった。
やがて洞窟へ辿り着き、俺と彼女は陸へと上がる。
「ハァハァ、ここまで来ると安全でしょう」
そう言って息を整える彼女の姿は何処か色っぽく、俺は体中に鳥肌が立っている事に気づく。
「ありがとう、えっと……」
「フフフ、まだ気が付きませんか?」
彼女はそう言って笑うが、正直会ったのは今日が初めての筈だ。
この広い海の何処かの国のお姫様。
彼女が俺を助けてくれるのは、海の国の王様がコレからは中立の立場を止めて、人間を助ける様に全世界の海の国に号令をかけたからだろう。
そう思っていた。
「無理もありません、私はここ最近で容姿が変わりましたからね」
「勇者様、ゾルドワーク国から……、いえザネンから私達を救って下さりありがとうございます」
「今度は私達が貴方様をお救いする番です」
「えっ、て事はまさか……」
「はい、そのまさかです」
彼女はそう言って微笑んだ。
「いや、だって……、えっ?」
「戸惑うのも無理ありません」
「実は最近、上半身の鱗が剥げまして……」
「この様な姿になりました」
何だろう、一瞬だけ爬虫類の脱皮みたいなのを想像しちゃった。
「それでお姫様が何故此処に?」
「はい、実は……」
そう言うとお姫様は語った。
俺達が旅に出て行った日にお姫様も兵士を何人か連れ、俺達に何かあったら協力してあげて下さいと頼みに世界中の海を回っていたとか。
そんな時に先程のイカの化け物と出会い、しつこく言い寄られていたのだとか、そんな時、俺がいきなり現れた。
「それで勇者様は何故此処に?」
「それが俺にもさっぱり分かんないんだよ」
ただ、手掛かりならある。
あのイカの化け物が言っていたルビックって奴だ。
奴に嫌われちゃうとイカの化け物は話していた。
って事は、そのルビックって奴に俺を始末する様に頼まれたに違いない。
いきなり海で混乱したが、冷静に考えるとコレは転移だな。
魔法かな……?
とりあえず、あのイカの化け物から詳しく話しを聞く必要があるな。
そう思い、俺はあのイカの化け物をどう倒そうか必死に考えていた。
第52話 完




