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断章4

 王命を受け、ダクエル山脈を越えて〝人外の領域〟へ攻め入ることになった。

「では、ここでお別れですね」

 ダクエル砦の西門で足を止めた神官が言う。彼だけは勇者の一行を離れ、人族の領域に残ることになったのだ。彼の持つ限定的な蘇生魔法がその理由だ。不死の軍団を夢想した、ある将軍が強硬に主張したのだと後になって聞かされた。

「後のことは任せてください。農民兵の戦力化、クロスボウと汎用魔法の普及、衛生観念の啓蒙、そしてダクエル砦の要塞化による防衛網強化。皆さんの発案と計画はこの私が残らず実現させると約束いたします。どうか後顧の憂いなからんことを」

 どこか軽薄さの拭えなかった神官が、その時ばかりは酷く真摯な顔をしていた。

 勇者と仲間が口々に別れを告げる。彼らの言葉や態度には理不尽な王命への憤りこそあれ、途中で離脱する神官を責める感情は微塵もなかった。

 しかし、それと本人の心情はまた別の問題である。

 自分だけが置いていかれる寂しさ、仲間と一緒に行けない悔しさ、恥ずかしさ。

 誰も責めてくれないからこそ、自分で折り合いを付けるしかない。

 感傷的な問題は脇に置くとしても、実際のところ神官が抜けた穴は大きい。傷を癒やす魔法は勇者やエルフも使えるが、遊撃しつつ司令塔として指示を飛ばす勇者に回復まで任せるのは不可能だし、大火力の範囲魔法を持つエルフが攻撃の手を止めれば殲滅が追いつかなくなり、少人数のこちらが押し包まれる。

 また蘇生という命綱が消えたことで、絶対に死ねないという重圧が全員にのし掛かった。これが思った以上に動きを鈍らせる。もう一押しという場面で躊躇が生まれ、勝ちきれない場面が出てくるようになった。

 しばらく経ち、弓使いが死んだ。決着を焦り、敵の指揮官を狙撃しようとした結果、孤立して討ち取られたのだ。死体は持ち去られ、回収もできなかった。

 このまま行けば、遠からず全滅する。誰も口にはしなかったが、皆がそう思っていた。必然的に、回復を必要としない新たな戦術の構築が求められた。

「皆の意見を聞きたい。どうすれば勝てると思う?」

 勇者の問いに、騎士とエルフが答える。

「俺がもっと前に出よう。盾として攻撃を一身に集めれば、回復の頻度も減らせる。お前たちは自由に動けるようになるはずだ」

「馬鹿。敵も強くなってるし、そんな見え見えの策に引っかかるのはあんたみたいな脳筋だけでしょ。私が全部まとめて焼き払ってやるわよ」

 脳筋の度合いではさして変わらない意見をエルフが述べると、勇者が助けを求めるような目でリーエンを見る。仕方ないので、ずっと考えていたことを口にする。

「一度だけでいい。次の戦い、指示した通りに戦って欲しいんだけど」

 敵は数千のオークを率いる大将軍だった。

 場所を選び、時を選び、彼が孤立する一瞬を狙って強襲をかけた。

 エルフが大魔法で陣営に混乱をもたらし、勇者が単独で大将軍を暗殺。騎士とリーエンが囮となって勇者の離脱を支援する。作戦は上手くいった。絶対的なカリスマを失ったオークの軍団は瓦解し、次の大将軍を誰にするかを巡って争い始めた。

「こんなものは勇者の戦いとは言えないだろう!」

「勇者を一人で戦わせるなんて馬鹿げてるわ!」

 思った通り、作戦後に騎士とエルフが猛烈に反発した。

「でも、誰も死なず、誰も怪我をしなかった」

 二人を黙らせたのは、勇者の一言だった。

「人数でも戦力でも劣る俺たちが戦うには、これしかない。別に今日みたいな形じゃなくたっていいんだ。むしろ同じ戦術を繰り返せばこっちが罠にかけられる。重要なのは場所と時を選び、勝てる状況を整えること。そうだろ、リーエン」

「勇者の言う通りだ。正面戦闘や魔法の技術が重要になる局面も、この先どこかで必ずやってくる。その時は二人の出番だ。頼りにしてるからね」

 騎士とエルフは苦い顔をしていたが、最後には納得してくれた。

 少なくとも理解者が一人はいてくれて、ほっとする。

 この戦い方は、些細な綻びが死に直結する。

 独断専行が目立っていた弓使いが真っ先に死んだのは怪我の功名だった。絶対に蘇生はさせないとばかりに死体を回収するやり口には、皆が恐れを抱いていた。オークの大将軍を暗殺したことで勇者の一行への警戒度はさらに引き上がるはずだ。

「もうひとつ、提案がある」

 人外の領域に入ってからずっと考えていたことだ。

「この先、四人だけで戦い続けるのは現実的じゃない。協力者の確保は絶対条件だ。伝手はなくもないから、次はそこへ向かおうと思うんだけど、どうかな」

 リーエンの煮え切らない言葉に、嫌悪感も露わに騎士が眉を寄せる。

「協力者とは、まさか魔人のことか」

「そうだよ」

 隠しても仕方がない。素直に認めると、騎士が立ち上がって鞘を払った。

「つまりは貴様も魔人ということか。よくも今まで抜け抜けと!」

 こういう反応が見えていたから、あまり言いたくなかったのだ。

 王国と教会による〝魔人〟差別は根深い。

 人族が辺境に追いやられた際、自身の住まう荒れ果てた土地を〝人族の領域〟と定義したために〝人外の領域〟で諸族と折り合いを付けながら生きる人族を妬み混じりに〝魔人〟と呼ばわるようになったのが発端だと聞いたことがあるが、すでに由来など忘れ去られて、今では恨みと憎しみだけが残っている。

 人族純血主義なども絡んで面倒なことこの上ないので、常識ある人族はあまり話題にしない。リーエンが〝人外の領域〟出身なのも、聞かれなかったので黙っていただけだ。そしてこれは、他でもない勇者のためでもあった。

「リーエンを魔人と呼ぶなら、俺もまた魔人だ」

 勇者の言葉に、騎士とエルフが目を剥く。

「俺とリーエンが初めて出会ったのは〝人外の領域〟だった。自分では人族だと思っているが、先祖に魔族の血が流れていないとは、正直なところ言い切れない」

 これはリーエンの推測に過ぎないが。

 勇者が鉄砲玉同然に送り出されたのも、その出自が理由だ。

 自分たちに被害が及ばない場所で〝魔人〟同士を潰し合わせればいい。

 王国中枢にはそういう空気がある。幼い頃から人族純血主義を吹きこまれて育った今の王族は、特に思想に染まりきっている。必然、側近にも主義者が増えて、立案される作戦は極端で観念的なものとなりがちだった。

「……こんなところまで連れてきてしまったが、二人には選ぶ権利がある。魔人と共には戦えないなら、抜けてもらっても構わない。どうする?」

 淡々とした口調で勇者が言った。

 説得と呼ぶにはあまりに素っ気ない言葉。

 二人がどう答えたのかはもう憶えていない。

 リーエンが病に倒れたのは、それから数ヶ月が経った頃だった。

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