断章3
オークに滅ぼされた王国の騎士団長にして聖剣の持ち主。
毒を撒き散らす大蛇に森を追われた強弓の使い手。
千年に及ぶ研鑽の果てに禁忌魔法を体得したエルフの魔法使い。
奇跡の天才と呼ばれ限定的な蘇生すら可能とする神官。
ちょっと目端が利き、変わった知識を持つ斥候。
これが現在の〝勇者の一行〟の顔ぶれだ。自分でも分かっている。この中で替えの効く人材は誰かと問われたら、真っ先にリーエンの名前が挙がるだろう。出会う順番が違っていれば、自分のような凡庸な人間はここにいなかったに違いない。
端から見ていても、勇者は仲間と上手くやっている。共に旅を続ける中で取り戻した本来の前向きな性格だけではなく、他者を引きつける天性を持っていた。大抵のことは上手くこなすし、困難な状況を打破する発想力もあった。
そんな彼が、斥候として敵情を偵察してきたリーエンを褒める。
「リーエンはすごいな」
出会った当初は憧れと尊敬のこもった、素直な賞賛だった。
それがいつからか、周囲の仲間の存在も意識したものへと変質した。
まるで、リーエンは仲間でいていいのだ、その価値があるのだと言うような。
「リーエンはすごいよ。みんなもそう思わないか?」
勇者が今でも本当にそう思っているのか、それとも不器用な気遣いなのかは分からない。言葉にして尋ねてしまえば、何かが崩れて壊れてしまう気がした。
「勇者よ、そもそも偵察など必要なのか。敵がオークの軍団ならば恐れるに足りず。無駄な時間をかけず、横合いから奇襲をかければ事足りるであろう」
騎士が重々しく告げる。業腹なことにその発言は慢心でも何でもなく、単なる事実だ。彼らの手にかかれば、オークなど正面からでも蹴散らせるだろう。
「だからって、戦術を軽視していい理由にはならない。それに……」
「おっさんが言いたいのは、ちんたらやってるヒマがあんならさっさと片付けようってことじゃないスかね。オレも賛成だな、偵察ぐらいオレでもできるし」
勇者の発言を遮り、面倒くさそうに弓使いが言う。こいつは元々狩人で、確かに斥候の真似事はできる。しかし、情報を自分に都合よく解釈する悪癖があった。敵を侮って無謀な作戦を提案することも多く、狙撃の腕を除けば信用が置けない。
「まあまあ……皆さん、落ち着いてください。我らは共通の目的を持つ仲間ではありませんか。お互いの職分に敬意を払い、共に困難に立ち向かいましょう」
どことなく浮ついた言葉を神官が吐く。こいつもまた腹の底が読めない。
そもそも、なぜ自分はここにいるのか。出会った当初の、危なっかしくて放っておけず、仕方なく世話を焼いてやった少年の姿は最早どこにもない。
いつの間にか、勇者は頼れる仲間に囲まれていた。
それどころか、彼らを主導する存在となっていた。
「もう、いいだろ」
自分で意図したより、吐き捨てるような調子になる。
「君にはもう仲間がいる。これ以上は一緒にいても仕方ないよ」
リーエンの言葉を聞き、勇者が傷ついたような顔をする。
噛みついてきたのは小柄なエルフだった。
「あなたねえ、そんな言い方はないでしょ。私たちについてこれないなら素直にそう言えばいいじゃない。子供みたいに拗ねちゃって、みっともないのよ」
思わず舌打ちしてしまう。
こいつは何かと突っかかってくる。千年も生きているのに精神性はわがままな子供に等しい。本物の魔法使いとはそういうものだと分かってはいても、腹立たしいものは腹立たしかった。変な果実を口にして腹痛で苦しんでいるのを、薬を調合して助けてやったのは誰だと思っているのか。おまけに礼のひとつもないと来た。
以前から感じていた。勇者を除いた面々は、リーエンを仲間として認めていない。最初から勇者と一緒に居たから、追い出しはしない。ただそれだけだ。
「ほら、全員の意見が一致したみたいだ」
腹が立つのを通り越して笑えてきた。肩をすくめて続ける。
「……ちょっと長く一緒に居すぎたのかも知れない。君たちの足手纏いにはなりたくないし、元の気楽な旅暮らしに戻るとするよ。それでいいだろ?」
「駄目だ。それは許さない」
いつになく強い語調で勇者が言った。
「お前に救われなければ、俺はここに立っていない。リーエンが俺を勇者にしたんだ。その責任は取ってもらう。抜けたいなら、俺の命を持っていけ」
「ちょっと、何を言い出すのよ……」
エルフの言葉は尻すぼみになって虚空へと消えた。
場に異様な緊張が走る。勇者は本気で言っていた。
勇者を除く全員が、何とかしろとでも言いたげな視線を向けてくる。
ふざけるな。ただの人間にどうしろって言うんだ。
「……リーエンはすごいんだ」
誰も何も言えずにいると、勇者は再びそう言った。
「この先の戦いで、きっとお前の力が必要となる。だから一緒に来てくれ」
断ったら、自害しかねない。そんな予感に襲われるほど悲愴な目だった。
「……分かった」
それ以外に、何が言えただろう。
勇者はすでに人族の希望の星となりつつある。
彼を殺すというのは、人族の未来を閉ざせと言われたに等しい。
「分かったよ。君の期待に応えよう」
言ったからには、やるしかない。
「君の……〝勇者の斥候〟になる。ああ、なってやるさ」
どうして、勇者がそこまでリーエンに惚れこんだのか。
彼が死んだ今、その謎を解く術はもうない。




