断章2
少年が行き倒れていた。
可哀想だが、こんなご時世だし珍しくもない。
軽く手を合わせて通り過ぎようとしたら、足を掴まれそうになった。
「おっと、生きてるのか。金があるなら助けてあげるけど」
仰向けにひっくり返すと、少年がうっすら目を開けてうめいた。
「懐を探らせてもらうよ……こら、抵抗するな。見つけたのが野盗なら殺してから奪ってるところだぞ。水も食料も分けてやろうってんだから大人しく……」
服をはだけさせたところで、思わず手が止まる。
少年の身体は傷だらけだった。まだ血も止まっていないのもあれば、塞がりかけのものや、古傷と呼べるようなものもある。まだ若いのに、異様な傷の多さだ。一体、どんな生活を送っていればこんなことになるのか。
こんなものを見てしまった以上、見捨てるのも忍びない。
傷の手当てをして、水を飲ませると、少年の意識もはっきりしてきた。食料を分け与えて、焚き火で暖を取らせてやると、瞳に力が戻ってくる。
「どうしてあんなところで倒れてたんだ?」
「……っ、……ぃ」
少年は口をぱくぱくさせて、何事かを言おうとしていた。
「喋れないのか? まあいいや、興味ないし。お代はもらったから、もう行くよ」
リーエンが腰を上げると、少年が慌てたように足を掴んでくる。
「……ぁ、まっ、て」
「なんだ、口は利けるんじゃないか」
「人と……しゃべるの……ひ、ひさしぶり、で」
しばらく話していると、少年は流暢に喋れるようになっていった。
聞けば、少年の故郷はオークに襲われて全滅したらしい。彼は復讐を誓い、魔物を襲って回っていたそうだ。少なくとも彼はそう主張した。
リーエンには分かる。彼が襲った相手は、ほとんどが旅人や商人だ。
当然ながら、人族以外にもそういう生き方がある。それを襲って殺し、持ち物を奪う行為は、人族を除いた種族を下等種と見下す人族至上主義の観点から見れば正統な行為だが、他種族から見れば性質の悪い野盗と何も変わらない。
「君のやってきたことは、君の故郷を襲った相手がしたことと変わらないよ」
リーエンがそう説明すると、少年は顔色を変えた。
「っ、でも、あいつらは魔物だ。人族を襲う悪い奴らで……」
「だったら、仇であるオークだけを狙えばよかっただろ。野盗でもなければ、兵士でも戦士でもないコボルトやゴブリンを殺すことのどこに正当性がある?」
少年が言葉に詰まる。勝てそうな相手だけを狙っていた自覚はあるのだろう。
「君、ちょっとオークの臭いがするよ。返り討ちにでも遭ったんだろ」
少年が目をそらし、何かを言いかけ、結局はうなだれた。
図星だったらしい。オークは強靱な肉体と武を貴ぶ気風を持つ種族だ。少年がいくら戦闘慣れしていようと、易々と無傷で勝たせてくれる相手ではない。
「じゃあね。拾った命は好きに使いなよ」
今度こそ腰を上げる。こっそり食べ物の入った包みを置いてきたのだから、自分もお人好しだと思う。だが、しばらく歩いていると後ろから気配を感じた。
「なんだよ。急いでるんだけど」
尾行がばれて、少年はばつの悪そうな顔をする。
「……まだお礼をしてない。あんたの護衛をするよ」
「いらない。君が殺した相手の復讐に巻きこまれかねないし、すごく迷惑」
そういう可能性もあるんだぞ、と言外に告げてやる。
「なら、俺は……これからどうすれば」
肩を落とし、絶望したような顔を見せられると、思わずため息が出た。
「……護衛はいらないけどさ。一緒の方向に行くなら、君の好きにしたら」
後に勇者となる少年を救ったのだとは、この時は思いもしなかった。




