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再戦、天騎士

 最初の襲撃からおよそ六時間が経ち、東の空が明るんでいる。すぐに追撃をかけてくると思われた〝天騎士〟だが、意外にもそうはならなかった。こちらを捕捉できていないのか、墜落のダメージが思ったより深刻だったのか。おかげでザイアユーネに〝天騎士〟について説明する時間を十分に取れたのは大きい。

 強さには色々な種類がある、とリーエンは思う。

 試合形式の一対一で力を発揮する者もいれば、乱戦の中での集団戦を得意とする者もいる。近接戦、射撃戦、用いる武器や戦術の相性によって相対的な強弱も変化する。リーエンがしているような分析と思考もまた、強さのひとつではあるのだろう。

 では〝天騎士〟の強さとは何か。

 リアルシ殲滅戦において単独で軍勢を相手取った殲滅力、かの〝赤竜舞踏〟で古竜を仕留めた攻撃力。これらを〝天騎士〟の強さの証左として挙げる者は数多い。実際、このふたつを成し遂げられる能力の持ち主はこの世界にいくらもいない。

 戦いに勝利するという観点で見れば、必要な能力は大きくふたつ。

 ひとつは攻撃力だ。これに関して〝天騎士〟は申し分ない。意のままに動かせる無数の銀槍、雷撃の掃射、本体による体当たり自体もとんでもない威力を秘めている。遠距離から一方的に仕掛け、命中すれば一撃で戦闘不能に追いこむ一方、接近されても攻撃力は衰えず離脱や反撃といった対抗手段が取れる。

 もうひとつは生存性だ。死なない能力と言い換えてもいい。常に空中を高速移動している〝天騎士〟に有効な攻撃手段は極端に限定される。仮に高速の飛翔体を攻撃する手段があったとしても、機動力に優れる〝天騎士〟はいつ仕掛けるかを、あるいは戦闘そのものの回避を選択できる。防御力にも優れているので、一撃で飛行能力を奪うか、同等以上の飛行能力を持つかしないと逃走されてしまう。

 巨岩の上で腕を組んで仁王立ちするザイアユーネを見上げる。風になびく黄金色の髪と、深紅のドレスから匂い立つような色香が眩しい。彼女はリーエンの視線に気付くと、闘争を待ちわびるように目を細めて強気に笑って見せた。

 〝魔人〟ザイアユーネの強さは魔法による万能性にあるとリーエンは見ている。彼女の魔法を何でもできる無形の力なのだと仮定すれば、おそらくボトルネックとなっているのは具現化するための発想力と想像力だ。

 単純な速度では〝天騎士〟を上回っていたザイアユーネが相手に追いつけなかったのもそれが原因だ。三次元の空間を機動するという一点において〝天騎士〟のセンスと経験値はザイアユーネの上をいく。天才と呼んでもいいだろう。

「来たか……ザイアユーネ、準備はいい?」

 濃紺から薄青へと移りゆく空を背景に〝天騎士〟と巨大な銀槍群が浮遊している。先の襲撃では制御を奪われた反省からか、数を絞って制御を強めているようだ。

「では、行きますね」

 近所まで出かけるような気軽さで、ザイアユーネが飛び立つ。

 風を切る音以外は無音の飛行だが、加速度は圧倒的だった。違和感すら感じるほどの速さでザイアユーネの姿が小さくなっていく。両者の戦いでリーエンが果たせる役目など出来の悪い囮くらいなものなので、なるべく離れて戦ってもらう。

 急接近するザイアユーネに〝天騎士〟が素早く反応した。本体が誘うように高度を上げ、追随するザイアユーネの予想進路を塞ぐように銀槍が殺到する。彼女は自分から穂先に飛びこんで串刺しになる寸前でするりとかわし、さらに上昇。

 雲の中に逃げこんだ〝天騎士〟を追って白雲の塊にとびこみかけた瞬間、急激に方向転換してぱっと離れた。直後、雲が弾ける。中に潜ませてあった銀槍の群れが飛び出したのだ。小型で旋回半径の小さい銀槍が細かく動いてザイアユーネの機動を制限し、高速で威力のある銀槍が離脱する先へ撃ちこまれる。

 追いこみ漁を連想させる銀槍の動きから、徐々に削られて消耗していく古竜の姿が目に浮かぶようだった。打ち払い、破壊しても形を取り戻して復活する自在鉄製の銀槍群を、しかしザイアユーネは一撃も受けずに翻弄し続けていた。

 単純な速度に加えて、より優位な速度と位置を奪うための機動パターンの豊富さ、そして意表を突く奇抜な動きがそれを可能にしている。

 リーエンが彼女に教えたのは〝天騎士〟の飛び方についてだ。本のページを破り取って折った紙飛行機を教材に、何もない空間で線上を移動するのではなく、空気という流体の中をいかに効率よく移動するかという〝飛行〟の概念と、想定される機動のパターンを知る限り教えこんだ。それだけでザイアユーネは完全に理解した。

 実践に当たっては、教えてもいないフェイントや一見して意味の分からない機動も取り入れている。まるで無数の銀槍を従えて舞い踊っているような優雅な曲線が、音もなく空に描かれていく。一瞬で命を奪う闘争が繰り広げられているというのに、美しさに見とれてしまいそうだった。涙が浮かぶほど綺麗だった。

 目が眩むような雷撃が空を薙ぐ。

 ザイアユーネが追ってこないと見た〝天騎士〟が戻ってきたのだ。

 万軍を正面から迎え撃つ〝天騎士〟の攻撃能力、その全てが彼女に向けられる。

 だが、それでもザイアユーネは墜ちなかった。

 雷光と爆発が閃き、銀槍は制御を巡って穂先を宙に迷わせる。

 奪った銀槍を〝天騎士〟の足止めに振り向け、一気に距離を詰めていく。

 おそらく、純粋な魔法の力比べならザイアユーネが勝っている。

 直接〝天騎士〟に触れて、本体の制御を奪えば勝てる。

 力業にもほどがあるが、それを可能とするだけの力があるなら正攻法だ。

 もう少しで、触れる。

 〝天騎士〟を墜とせる。

「心配しなくても、僕はここにいるよ」

 至近距離から声をかけられ、心臓が跳ねた。

 思わず飛び上がって距離を取る。

 声は年若い少年のもので、聞き覚えがある。最初の襲撃時に〝天騎士〟の墜落地点から聞こえたのと同じものだ。つまり、彼こそが〝天騎士〟に違いない。肩に掛かるくらいまで伸ばした金髪と澄んだ碧眼はいかにも育ちが良さそうで、柔らかな笑みまで浮かべている。リーエンが向ける敵意など意に介してもいない。

 舌打ちしたいのを何とかこらえる。

 上空に意識がいって、周囲の警戒が疎かになっていた。

 似たような失敗を何度繰り返せば気が済むのかという自嘲は、細く吐いた息と一緒に頭の中から追い出す。反省は後だ。意識の外から声をかけられた時点で、一度は殺されたようなもの。今はこの場を切り抜けることに集中しなければ。

「……君が〝天騎士〟なのか」

「そうだよ、ユカリ」

 リーエンより頭ひとつは低い、若いを通り越して幼い印象を受ける少年があっさり肯定する。暗殺を防ぐため〝天騎士〟の素性は非公開だと聞いていたが、まさか子供だとは思わなかった。そして、それ以上にリーエンを動揺させたのが、

「どうしたの、ユカリ? 恐い顔してる」

 彼がリーエンを〝ユカリ〟と呼んだこと。

 その名を呼ばれる度に、足元がふわふわと定まらない気分に襲われる。

 背後から声をかけられた時とは違う理由で鼓動が早くなり、汗が噴き出た。

 最後にその名で呼ばれたのは、もう十年以上も前のこと。おそらく彼は赤ん坊だったはずなので、直接の知り合いではない。誰が何の目的で彼に教え、なぜ今その名前で呼びかけているのか。疑問は尽きず、問いかけたいという気持ちが募る。

 だが、問えばこちらが状況を掴めていないことを白状するも同然だ。

 上空で続いている空中戦に耳を澄ませる。

 雷鳴が轟き、閃光が走る。依然、戦闘は続いている。

 ザイアユーネが敵を制圧するか、リーエンの窮地に気付くかして助けに来てくれるまで、とにかく時間稼ぎをする以外に道はないように思われた。

 リーエンの沈黙をどう捉えたのか。

 〝天騎士〟が一歩踏み出し、手を伸ばしてくる。

「もう邪魔は入らない。安心していいよ」

 安らかに死ねとでも言いたいのか。

 実力で勝てるとは思っていないが、流石にかちんときた。

「本当にそう思う?」

 右手で小型剣〝無銘〟を抜き払う。左の〝自在剣〟は使わない。刀身に用いている〝自在鉄〟は〝天騎士〟が操る武装の数々と同じものだ。形状を変えるのがやっとのリーエンの制御など、一瞬で奪われて敵の武器にされかねない。

 同時に、焦点を〝天騎士〟から外し、敵をぼんやりと捉える。

 動き出しを察知するにはこの方がいい、というのが理由のひとつ。

 臨戦態勢を取ったリーエンに反応して、〝天騎士〟がすっと手を下ろす。

「まだ敵がいるの?」

 思った通り〝天騎士〟は目がいい。リーエンの言葉と視線に反応して、周囲に意識が割かれるのが分かった。これで多少は時間を稼ぎつつ、あわよくば隙を見出せないかと思ったが、どうやらそれほど甘くはなかったようだ。

 真夏にも関わらず〝天騎士〟が着こんだ分厚い外套の裾から、無数のナイフが湧き出て彼を守るように空中に浮かぶ。騎士でありながら剣の一本も帯びていない理由がようやく理解できた。本人もまた地面から離れて浮かび上がる。

 ここまでの戦闘で見せた戦術を、人間サイズでも実行できるということか。

 侮ったつもりはなかったが、見誤った。

 中心となって動く、もっとも大きな飛翔体の中に〝天騎士〟本人がいると思いこんで疑いもしなかった。事実、最初の襲撃時はそうだった。墜落地点から声がしたことから考えても、飛翔体の内部に彼がいたのは間違いない。

 考えてみれば、当然のこと。

 銀槍を遠隔操作できているのだから〝本体〟を動かせても不思議はない。

 最初の襲撃が上手くいかなかったのだから、リーエンたちが〝天騎士〟対策を行ったように〝天騎士〟も失策への対応をした。簡単な理屈だ。

 きぃん、という高い金属音が辺りに響く。

 〝天騎士〟はそれにじっと耳を澄ますと、黙ってうなずいた。

「反響も魔力反応もなし。あの〝魔人〟は単独で潜りこんだみたいだね」

 エコーによる索敵。ブラフは一瞬で看破され、相手はすでに戦闘態勢だ。じっと見つめられ、ザイアユーネがどうしているかを確認する余裕もない。

 すっと位置を下げた〝天騎士〟が軽く地を蹴り。

 反応すら困難な速度で飛びこんできた。

 剣を合わせることすらできず。

 死を覚悟したその瞬間。

 リーエンは〝天騎士〟に抱きつかれていた。

 頭から飛びこんできて、胸に顔を埋めるようにしている。

「は……? ちょっ」

 混乱の極みにある中で、そのまま押し倒される。

「よかった……リーエンなんて名乗っているものだから、危うくユカリを殺すところだった。会えて嬉しいよ……君に誓った通り、僕はこんなに強くなったんだ」

 感極まった様子の〝天騎士〟だが、リーエンは全くついていけない。

 まだ殺されていないところを見ると、どうやら殺意はないらしい。

 しかし、なぜ〝魔人〟と人族の裏切り者を殺すために差し向けられた〝天騎士〟が自分に懐いているのか、それが分からないままでは恐怖しかない。右手に握った〝無銘〟で無防備な背を突けば仕留められそうだったが、それも躊躇われる。

 動揺のあまり、ずっと聞きたかった質問が口を突いて出た。

「ねえ、君、どこの誰?」

 リーエンの言葉を聞いた〝天騎士〟が目を剥く。

 この世の終わりでも目にしたような表情だった。

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