エピローグ、あるいは犯人について
翌日、リーエンの姿は疾駆する馬上にあった。
後ろにはザイアユーネ。腰に手を回して抱きつくようにしている。何でも走るか飛ぶかした方が早いとのことで、馬には乗ったことがないらしい。余りにも目立つので、リーエンからお願いして後ろに乗ってもらっている。
ザイアユーネ曰く〝貸しひとつですよ〟とのことだが、納得がいかない。
併走する替え馬には食料と携行品に加えて、金のぎっしり詰まった革袋も乗っている。依頼達成の報酬と新たな依頼の前払い金に餞別を加えたもの、とペリエスは言っていた。あって困るものではないので、ありがたくもらっておいた。
彼が白々しくも口にした〝もうひとつの依頼〟とは、次のような内容だ。
『忘れたのですかリーエン。でしたらもう一度だけ説明いたしましょう。貴方に依頼したいのは、遠方から訪れて伝染病の治療に力を貸していただいたお客人を、故郷まで丁重に送り届けることです。理解できたら、すぐにも出発してください』
そういうわけで、ダクエル山脈を目指している。
問題は、諸王連合を迎え撃つ最後の砦であるダクエル要塞をどうやって抜けるかだ。要塞そのものは迂回するにしても、山脈に張り巡らされた監視網を掻い潜るのは並大抵のことではない。あっさり捕まって処刑されることもあり得る。
こういうことは経験者に聞くに限る。
というわけで、食事の際にザイアユーネに聞いてみた。
「ところでザイアユーネはこっちに来る時、どうやって来たんだ? まさか、人族に知られていない秘密の抜け道なんてあったりするのか?」
「抜け道なんてわたしは知らないし、必要ありません。ちょっと嵐を呼んで、それに紛れて警戒線を超えれば簡単よ。無駄に争うのはスマートじゃないもの」
今、聞き捨てならないことを彼女は口にしなかったか。
考えこむリーエンを余所に、ザイアユーネは続ける。
「人族は総じて取るに足らないけれど、あの要塞に詰めている兵士は少しだけマシね。うっかりすると殺されるかも、くらいの危険度とわたしは認知しています」
褒めているのですよ、という雰囲気を漂わせる彼女に質問をぶつける。
「ザイアユーネ。その嵐を呼んだのっていつ?」
「ちょうど一ヶ月くらい前ね。それがどうかしたかしら?」
いっそ無邪気とも見えるほど朗らかに魔人は嗤う。
こうしてザイアユーネとの長い旅は始まったのだった。