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断章1

「隠してることがあるでしょ」

 少女の態度から察して、問いかける。

「……その、大人たちが言うには、勇者の一行が全滅したそうです」

「……はあ?」

 我ながら間抜けな声が出た、とリーエンは思う。

 〝勇者の斥候〟リーエンが病に倒れ、村に置き去りにされて一月足らず。ようやく起き上がれるようになり、早く勇者の後を追わねばと思っていた矢先だった。

「死体は確認したのか。誰がそんなことを言っている」

 酷く不機嫌な声になった。何くれとなく世話をしてくれていた少女が怯えた表情を見せる。親切心から伝えてくれたのだろうに、悪いことをした。

「……ごめん。君に怒っているわけじゃないんだ」

 少女は目を伏せ、ぎゅっとスカートを握り締める。

「いえ、謝るのは私の方です。リーエンさんの気持ちも考えないで……けど、恐くてたまらなくて……私たち、これからどうなるんでしょう」

 ここは〝人外の領域〟にある人族の村だ。勇者が死に、領土を奪還する目が潰えた今、諸王連合が人族に対してどのような手を打つのか全く読めなかった。彼らが結束していた理由である勇者が死んだのなら、誰がどう動いてもおかしくない。

「いつでも逃げ出せる備えをしておいた方がいい。いざって時はダクエル要塞を目指すんだ。あそこなら避難民を受け入れる用意もあるから心配ない」

 リーエンの言葉に、口を引き結んだ少女がうなずく。

 勇者なら、もっと上手く励まし、元気づけただろう。そういう才能はリーエンにはない。口を突いて出るのは、突き放したように素っ気ない言葉ばかりだ。

「大人から聞いたって言ったね。他に言っていたことは……」

 冷淡の誹りを受けるのは慣れている。斥候というのはそういうものだ。

 周囲を取り巻く現実を把握し、その先へと想像を巡らせる。

 片時も考えることを止めず、敵の思考と行動を読んで優位を得る。

「その……私、村の人たちがひそひそ話してるのを聞いちゃって……」

 少女は酷く落ち着かない様子だった。無理もない。

 気の利いた言葉で緊張をほぐしてやれれば、ともどかしく思う。

 だが、彼女の言葉が出てくるまで悠長に待っている間にも事態は進んでいく。

 一ヶ月に及ぶ療養生活で鈍ったのか、勇者の死に動揺したのか。

 密やかな息遣いと、衣擦れや足音を隠そうとする気配。

 気付いた時には、建物は取り囲まれていた。

 相手を予想するのは容易だった。

 勇者が死んだという噂話をしていた村人だ。おそらくは保身のため、勇者の仲間であるリーエンを殺すか捕らえるかして、諸王連合に差し出すつもりだろう。

 幸い、すぐに突っこんでくる気配はない。素早く剣帯と外套を身に付け、ブーツの紐を締め直す。背負い袋にはロープや布、保存食など最低限の物資が詰めてある。旅立つ準備はこれで終わりだ。三十秒もかければ完璧に整う。

 一度だけ、深呼吸。

「ありがとう。世話になった。脅されて仕方なかった、って言うんだよ」

「え、リーエンさん……?」

 勢いよく扉を蹴り開ける。反射的に放たれる飛び道具はなし。一呼吸置いて、全力の一歩手前くらいの速度で走り出す。正面には斧を構えた村人。他にも鉈や弓を構えた村人が数人、リーエンの匿われていた家を半円状に取り囲んでいた。

 もっとも腕が立つのは正面に立つ斧男だ。あえて真っ直ぐ突撃し、抜きざまに腕を斬りつける。斧を取り落とし、悲鳴を上げる口に手甲を叩きこんで黙らせた。何を血迷ったか、同士討ちになる可能性も厭わず射かけられた矢を切り払う。

 腕自慢を最初に叩いて出鼻は挫いた。弓手が二の矢を番える前に距離を詰めて斬ってしまえば、全員を斬り伏せるのも容易い。報いを、鏖殺を与えよう。一人残らず念入りに刻んで、裏切りの代償を血で払わせてやろう。

「……違うだろ」

 舌打ちする。目の前に倒れる男の眼窩に剣を突き入れたい衝動を抑え、ありったけの理性をかき集めて剣身を鞘に収める。無銘の魔剣。使い手の剣技を達人のそれへと変えるが、精神の高揚をもたらすために冷静な判断を妨げる厄介な代物だ。

 剣帯に固定されたもう一本の剣を左手で抜き放つ。太く分厚い短剣だ。無造作に後ろへ向けると、ぐにゃりと形を変えて取り回しのいい小型盾になる。これも魔剣の一種だ。使い手の意思とイメージに応じて形を変える〝自在剣〟の一種。

 後方から飛来した矢を盾で受け止める。弓持ちが数人。裏口からの逃亡に備え、弓手はそちらへ重点的に配置していたのだろう。一本でも食らえば死ぬ。

 潮時だろう。ここで粘る意味もない。細かく方向を変えて弓の狙いを逸らしながら、前方の森へ向けて駆ける。足と体力にはそこそこ自信がある。魔法で強化できる連中とは比べものにならないが、村の狩人くらいなら撒ける自信があった。

「さて、これからどうするか……」

 ようやく追っ手を撒き、干し肉を囓りながら思案する。

 情報の真偽を確かめるのはリスクが高い。ただの村人にまで情報が出回っているのだ。勇者の死が真実であれば、いずれ明らかになる。今は逃げるべきだ。人類に残された最後の砦、難攻不落のダクエル要塞へ。あそこまで行けば安全だ。

 頭では分かっている。誰がどう考えたってそうすべきだ。

「くそっ、勇者が死んだだと? ふざけるなよ」

 馬鹿なことをしている。その自覚はあった。

 それでも、自身の足が〝人外の領域〟の深奥へと動くのを止められなかった。

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