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1.誕生日の贈り物



雪が降る静かな夜のことだった。


「…………何か、欲しい物はあるか?来週はお前の誕生日だろう」


仕事から帰ってきた父が、暖炉の前で外套を脱ぎながら口にした言葉に私はパチパチと目を瞬かせた。


1週間後は私の7歳の誕生日。普段、私に対して無関心を貫いている父がプレゼントの要望を尋ねてきたのは初めての事だ。


珍しい父の態度に対して戸惑いながらも、誕生日を覚えていてくれた事に対する喜びで思わず頬が緩んでいく。


「えっと、えっと……」


早く答えなければ、気まぐれな父はプレゼントを贈るのを辞めてしまうかもしれない。


新しいドレス。キラキラした宝石。可愛い動物のぬいぐるみ。物語が沢山詰まった絵本。美しい音色のオルゴール。


どれも我が家には有り余るほどあるし、特別これといって欲しい物は無い。


もしも、希望が通るのであれば、誕生日当日は家族皆で夕食を食べて「おめでとう」と言って欲しい。けれど、母が病気で他界してからというもの、父は仕事漬けで殆ど家に帰って来なくなってしまったし、年の離れた兄達は家を出て寮で生活している。希望を口にしたところで却下されるのは目に見えている。家族と一緒に誕生日を祝うなど、到底叶わぬ夢だろう。


どれにしようかと悩みに悩んでーーーーふと思い出した。


先日馬車で町を走っていた時に車窓から見えた、ショーウィンドウに飾られた綺麗な女の子のお人形。アメジストの瞳と蜂蜜色の髪が特徴的で、とても印象深かったのを覚えている。


「あの、お父さま!私、蜂蜜色の髪でアメジストの瞳のお人形が欲しいのです」


父に話しかけるのは久しぶりで、少し声が上擦った。ドキドキと緊張しながら父の返答をじっと待つ。


ゆっくりと振り返った父は私に一瞥をくれると「そうか」とだけ呟いて、またいつもの無関心な父に戻ってしまった。


その後ろ姿に寂しさを感じながら、私はそっと静かに目を伏せたのだった。



◆◇◆



1週間が経ち、誕生日当日になった。


「7歳のお誕生日おめでとうございます、ミアお嬢様」


「……ありがとう」


屋敷の使用人がささやかな誕生日会を開いてくれたが、そこに父の姿は無い。仕事の都合がつかなかったそうだ。兄二人も忙しいようで帰ってこない。


普段通りの誕生日である。期待していた訳ではない。わかりきっていた事だが、それでも心が沈むのは抑えられない。


落ち込む私を元気づけようと、使用人達が華やいだ声で「ほら見てください、お嬢様!こんなに沢山プレゼントが届いていますよ!」とか「今日はお嬢様がお好きなケーキを沢山ご用意していますからね」と励ましてくれる。


その言葉に何とか作り笑いを浮かべて喜んでみせようとするが、心が晴れるわけではない。


本来、誕生日は友人や親戚を招いて盛大に祝うものなのに、私の誕生日を祝ってくれるのは屋敷の使用人だけ。父の許可無しに屋敷の外に出られない私には、交友関係を広げる場も無く、友達の1人もいない。

友達もおらず、家族にすら祝われない私は、誰にも愛されていないのだ。


なんだか情けなくなって内心泣きたくなっていると、遠くでガチャリと玄関の扉が開く音がした。


誰か来たのだろうか。チラリと側にいたメイドを見上げると、彼女は優しく笑みを浮かべた。


「ミア様、お父上からの誕生日プレゼントが届いたようですよ」


「ほんと!?」


急いで椅子から飛び降り、ドレスを翻して玄関へと走る。淑女らしからぬ振る舞いだが、今はそんな事は気にしていられない。


バタバタと大慌てで階段を降りると、玄関先には二人の人間が立っていた。


一人はよく知っている。我が家の執事のメイソンである。しかし、その隣でぼんやりと突っ立っている小さな男の子は知らない。


くすんだ金髪に、光を失ったアメジスト色の瞳。首元には頑丈そうな鉄でできた首輪が嵌められていて、この寒い冬の季節だと言うのに、薄っぺらいつぎはぎのある服を着ている。指先は霜焼けになっているのか真っ赤になっているし、身体はガリガリで顔色は悪く、肌は白いが全体的に薄汚れている印象だ。


私の記憶の中にはこのような知り合いはいないし、本日のサプライズ招待客という訳でもないだろう。


私に追いつき、玄関へと到着したメイド達も、ぎょっとしたように目を見開く。


「あの、メイソン。その子は……?」


「旦那様からのミア様への贈り物を受け取りに行ったのではなくって?」


困惑したようにメイド達が疑問を投げかける。しかし、質問を受けたメイソンも困ったように眉を下げ、少し視線を彷徨わせてから、こう口にした。


「……この子が旦那様からのお嬢様への贈り物だそうだ」


「…………………………え?」


私が父に頼んだのは綺麗なお人形の女の子だったはずだ。間違っても薄汚れた格好の生身の人間の男の子ではない。


「まさか、そんな……何かの間違いではありませんか?これは奴隷の子じゃ……」


「それが……私もそう思って旦那様に確認したのだが、間違いなくこの子がプレゼントだそうだ。お嬢様が欲しいと望んだものだから、と」


「そうなのですか、ミア様?」


「えっと……」


周囲の視線が私へと集まる。可愛いドレスや絵本が好きな7歳の子供が奴隷を欲しいなんて言うわけがないというような疑うような目だ。どう考えても手違いだ。この場の全員がほぼ確信を持っている。しかし、だ。


私はチラリとメイソンの隣の子供を見やる。今にも死にそうなくらい顔色が悪く、表情は人形のように固まったまま。


きっと今まで酷い環境で過ごしてきたのだろう。私が手違いだったから要らないとこの子を突き返せばどうなるのだろうか。


私はぼんやりと突っ立ったままのその子に駆け寄ると、ぎゅっと手を握った。


「あっあのね、私、ずっとずっとお友達が欲しかったの!だからお父さまにお願いしたのよ!」


その気持ちは嘘ではない。お人形が欲しいと頼んだのも、家族がいない時間もお人形と一緒にいれば寂しくないと思ったからだ。


私の言葉に、使用人達は顔を見合わせた後、仕方がないというように息を吐く。


その後、「汚れたままの格好では屋敷の中に入れられないから」と男の子はメイド達によって湯浴みに連れて行かれ、男の子の体調が良くなるまでは絶対に会ってはならないと、私は約束させられた。


そのまま5日間、私は折角の父からの贈り物である彼に一度も会えずに、会いに行きたい気持ちを抑えながら過ごした。





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