真央、次なる旅立ちへ。
ダークネスロードが考えることが分からずに真央は顔色を伺うようにダークネスロードを覗き込む。
「だーくん? 何を思いついたの〜?」
一見幼馴染の男を挑発するかのようにも捉えられかねない物言いだがダークネスロードはそこには一切触れずに話を進める。
「主よ、ここから先…我は本来のこの姿を悟られぬように精神スキルを用いる」
「??」
「……古代の猛虎と同じ理由だ。我も魔物だからな」
「あっ、人のいる場所に行くとびっくりさせちゃうからってことだっけ?」
「ああ、加えてここから先は無闇やたらに力を使用することも控えたほうがよい。余計な勘繰りをされる可能性もある…まあこの世界における強者程度に抑えると言ったほうが明確か」
ダークネスロードが対策として考えていたこととは崖を登った先はいよいよ平原へと足を踏み入れることになり、より慎重な行動を取るように意識しなければならないことに対しての処置ともいえる物であった。
さらに言えばダークネスロード程の力を持つ者が悪目立ちしてしまえばすぐさま危険対象として警戒されてしまうため、ある意味最も解決しなければならない事項であるともいえる。
「ヴァンパイアクイーンに関して言えば先程行った透明化のスキルがある故、このままそれを用いながら追従するか?」
「いえ、わたくしもここからはダークネスロード様と同じく精神スキルで姿を変えて行きますわ」
「あ、そういえばここから森を抜けるけどヴァンパイアクイーンさん陽射し大丈夫……?」
陽射しに晒して消失させてしまった失敗から学んだ真央は、森から抜ける際の陽射しの注意点を見落とさずヴァンパイアクイーンに確認する。
ヴァンパイアクイーンも真央の様子から配慮を忘れていないことに微笑を浮かべる。
「ご安心を主様。クリアスキンでは陽射しの当たる場所へ出ることは出来ませんが、この精神スキルであれば支障はございませんので……」
「なるほどな…たしかに最上級以上でなければ扱えないこの精神スキルならばより確実であるな」
ダークネスロードとヴァンパイアクイーンのみが相互理解をしている状態で話を進められもどかしい気分になりやや不機嫌になる真央。
「も〜…さっきからその精神スキルってなんなのさ」
「なに、今から見せる」
ダークネスロードのその一言を皮切りに、伝説級の魔物である2人は真央の前に並び立つと揃って右腕を上げた。
「レイスイリュージョン」
揃えた詠唱によりダークネスロードとヴァンパイアクイーンは全身がベールに包まれその内から見える両者の影がみるみる変容していくのがはっきりと目視できた。
またもや未知の体験に真央は驚愕の顔で文字通りのイリュージョンに目を馳せる。
「え…なにが起きるんだろ……?」
固唾を飲んで見守る真央の目の前にはベールが消え失せ精神スキルを唱え終えたダークネスロードとヴァンパイアクイーンがいた。
「またせたな、主よ」
「お待たせ致しました主様」
そこにいるのは先程までと変わらない話し方をしているダークネスロードとヴァンパイアクイーンではあった。
だが明確に変わっている部分が真央本人もすぐに分かった。
「だーくんとヴァンパイアクイーンさんが人間の姿になっちゃった……!?」
あの異形の姿をしていた面影はどこにもなく、そこにはどう見ても人間にしか見えないダークネスロードとヴァンパイアクイーンの姿があった。
ダークネスロードは髪型が逆立ったままなものの髪色は紫色から薄い茶色に変化しており青白かった肌はやや日焼けしたかのような浅黒い肌色になって、自身が装着していた禍々しい漆黒の鎧は消え去りただの黒いローブを纏っていた。
一方ヴァンパイアクイーンは元より容姿自体は人に近かったのもあり白い肌に真紅の髪や瞳はそのままで、翼や唇から見えていた牙が無くなり鮮血の装束が気品ある高貴なドレスに変わっているだけでダークネスロード程の変化は見られなかった。
「よし、後はこの世界で用いる偽名を決めねばな…」
「偽名?」
「一応我等はこの世界へ潜り込む形になるわけであるからな、姿を変えたのもそのためだ」
ははーん、と関心を示す真央。
「主様、このレイスイリュージョンのスキルについてですがこの精神スキルはいわば擬似的に別の種族に変化する物だと思っていただければ
分かりやすいかと思いますわ」
「つまり今は本当に人間になっているから陽射しも大丈夫ってこと?」
「その通りでございます」
「英雄規模の精神スキルであるレイスイリュージョンの最大のメリットは言わずもがな人の姿であるために余計な詮索をされずに情報を集められることだ、まあこの姿でいる間は本来の力を出せないというデメリットが生じるが……」
「英雄規模? なにそれ?」
「まあ要約するならばスキルの格のような物と思えばよい。また別の機会に詳しく補足する」
ダークネスロードの言うデメリットは明確な弱体化を意味するもので、自身の用いることのできるスキルの効力が1段階下がることにもなる。
例えばダークネスロードの破壊スキルで最も威力のあるダークネスバーストは使えば一国が消し飛ぶ程の威力があるが、レイスイリュージョンで人の姿になった状態で使えば精々半壊する程度に落ちるだろう。
また、単純なステータスも下がるためにこの姿のまま戦闘をするとなると無敵とまでは行かなくなる可能性もあるのだ。
「ふーんなるほどねぇ……でもたしかに人の姿になってたほうが街とか行きやすいからいいと思う!」
「ああ、それでこの姿でいる間に名乗る偽名についてだが主が我を呼称する際に決めた物から応用してダークンにしようかと思うのだが……どうだろう?
ダークネスロードの申し出を受け屈託のない笑みを浮かべる真央。
自分の考えたあだ名をちゃんと尊重してくれたことに対して嬉しさが溢れ出す。
「もちろんいいよ!」
「ああ、ではそれで行かせてもらおう」
真央の喜びにダークネスロードが僅かに笑みを浮かべていたのをその場にいたヴァンパイアクイーンははっきりと目視しており、ヴァンパイアクイーンの胸の奥に得体の知れない小さな黒い霧のようなものが立ち込めていた。
それが何なのかはヴァンパイアクイーン自身知る由もないが、和やかな真央とダークネスロードに割り込むようにヴァンパイアクイーンは真央に近付く。
「え? ヴァンパイアクイーンさんどうしたの?」
「わたくしも偽名を考えているのですが……主様に決めて頂きたいですわ」
上目遣いで欲しい物をおねだりするように真央に懇願するヴァンパイアクイーン。
その嫉妬めいた物言いの意図に気付かずに真央は素直に承諾し、ヴァンパイアクイーンのあだ名を考え始める。
「う〜ん……」
しばらく考えていた真央だったが、ふとなにか閃いたような顔になるとヴァンパイアクイーンの方を向く。
「じゃあ、ばーちゃんで!」
「…………あ、ありがとうございます」
一瞬沈黙した後苦々しい顔になるヴァンパイアクイーン。
ダークネスロードのあだ名が単純過ぎた時点で予想はできたはずだが、主である真央に名付けて欲しいという欲求のせいで判断が鈍ってしまっていたのだった。
「よし、これで粗方の準備は整った。これより崖を超えた後、平原にて人のいる場所を見つけ情報収集を行う……異存無いな?」
先程までの和やかな雰囲気から一変、いよいよ本格的に現地行動を始めるべく厳格に確認を行うダークネスロード。
「ええ、異存ございません」
それに伴いヴァンパイアクイーンも神妙な顔付きに変わる。
「よし、では古代の猛虎とはここで別れよう」
「あ…うん、しょうがないよね……」
いよいよ別れの時がやってきてしまい、短い間ではあったが愛着が湧いていたために名残惜しい表情になる真央。
「なに、元からこの森を住処としているゆえに我等を崖付近まで運ばせた後は森での見張り役を任せておけばよかろう。一応は拠点もあるからな」
「うん…そうなんだけどさ。もう会えないと思うと寂しくなっちゃうというか……」
「ここにはまた戻ってくるぞ? 少なくとも主の目的が達成するまではここを第1拠点にするつもりであるからな」
思いがけないことに曇っていた表情がみるみる明るくなる真央。
「そうなの!? ならまた会えるね!」
喜び勇み古代の猛虎に抱きつく真央。
「ぐるるるる……」
じゃれ合うのを好んで顔を擦り付ける古代の猛虎。再び会えることを願いそのまま古代の猛虎は森の奥深くへと去っていった。
その様子を見送った後、真央一行は崖上を見つめる。
「本当に飛び乗れるのかなぁ……」
「主はまだ自らの力を全て使いこなしていないからな。我等から先に跳躍する故、後から続いてくれ」
「大丈夫ですわ主様。1度慣れればすぐに行けますから」
実際にスキルではない自身の身体能力を試したことがないためにそびえ立つ崖を跳躍のみで超えられるか疑問と不安に苛まれる真央。
現実世界における真央がどれほどの身体能力があったのか記憶にはないが、一般的な女子高生が崖を跳躍だけで飛び超えられるはずもなく躊躇するのは無理もない話であった。
「一応言っておくが、この崖を飛び越えたら我々は今までの姿、力、身分も隠した状態で行動することになる。身分については追々決めるとして……乗り込む準備はいいか?」
神妙に問い掛けるダークネスロード。
いよいよ本格的にこの世界の探索が始まる直前であることを実感した真央は恐怖や懸念等は一切無いと分かる爛漫な表情になる。
「うん! 2人共行こう!」
真央を合図にダークネスロードとヴァンパイアクイーンは一気に崖上を跳躍して平原へと飛び越えていく。
それに続くように真央も大きく深呼吸をすると意を決した目付きになり腰を低くする。
「いっせ〜の!!」
叫びと共に地面を蹴り飛ばすような足の力で真央は勢いよく上空へ届くかのような速度で上昇した。
真央にとって初めての行為であり且つ常軌を逸する魔王の膂力のためにダークネスロードやヴァンパイアクイーンの跳躍を遥かに凌駕する吹っ飛び具合であった。
「あああああ力入れ過ぎたあああああ!!!」
現在進行で上昇していく真央は予想だにしなかった自身の跳躍力にパニック状態に陥りそうになる。
しかしその刹那平原の辺り一面を確認できる状態であることにも気付いた真央はなんとか冷静さを保ちつつ街等がないか確認を行う。
するとちょうど真央から見た真っ直ぐの方角に小さな村があった。
「あ! あそこに村っぽいのがある!」
それと同時にようやく跳躍による上昇が止まりゆっくり加速しながら下降していった。
そして跳躍した高さも高さだけあって初めは緩やかだった加速は尋常じゃない速さとなりながら真下の平原目掛けて弾頭の如く落ちていく。
「いやあああ呑気に探してる場合じゃなかったあああ助けてえええ!!」
泣き喚きながら両腕を万歳状態で急速落下する真央。
すると平原の方から物凄い跳躍でこちらに向かってくる者がいた。
「だーくん!」
あっという間に真央の所まで接近すると即座に真央を抱きかかえるとそのまま平原の草の生い茂る場へ飛び降りた。
柔らかい草場がクッションとなりダークネスロードと真央は支障の無い状態で落ち着いた。
「主よ、大事ないか?」
抱きかかえたまま真央の安否を確認するダークネスロード。
奇しくも抱き方がお姫様抱っこの形となっており、真央はダークネスロードへ感謝しなければならない場面なのだが華の女子高生である立場でお姫様抱っこをされるのは初体験だったために赤面するのを誤魔化すことに必死であった。
「あ……う、うん平気平気大丈夫でーす………」
「ならよい」
真央の返事を聞き終わるとすぐに真央を降ろすダークネスロード。
淡白じみた行動に自分だけ舞い上がっていたことが途端に馬鹿らしくなる真央。
「主様、ご無事でございますか?」
すぐさまヴァンパイアクイーンも真央の元へ駆け寄る。
「あ、ばーちゃんも心配させてごめんね。初めてだったから加減間違えちゃって……えへへ」
「一応は助けを求めていた故に手助けはしたが、あのまま主のみで着地しても問題はなかったと思うぞ」
「そればっかりは女子高生だった時の感覚が残ってたせいだとしか言いようがないね……面目ない」
バツの悪い顔で頭を掻く真央。
ただの女子高生だった彼女がいきなり上空まで飛んでしまったらあのまま動揺せずに着地するというのは無理な話である。
「ふむ…それに関しては我には理解が及ばぬために意見しかねるが…」
「あ、それよりさジャンプし過ぎた時に遠くの平原を見てたら村っぽい場所があったんだけど」
「ああ、その村は我とヴァンパイアクイーンも平原に辿り着いた際に確認済みだ。ここから歩いて半日あれば辿り着けよう」
「流石にさっきみたいにジャンプして向かうのはダメだよね…また歩くのかぁ……」
ようやく見つけた人のいそうな村であったが、またもや距離があるために落胆する真央。
加えて今度は古代の猛虎もいないために正真正銘歩いて行かなければならない。
「どうしても歩くのか嫌であれば先程したように抱きかかえて行く手もあるが……」
「それは絶対に嫌!!!」
「ふふふ……」
忘れ掛けていた恥ずかしい記憶が呼び覚まされあたふたしながら拒否する真央。
その理由が分かるはずもなく疑問に思うダークネスロードを見つめつつ静かに笑うヴァンパイアクイーン。
そんなこんなでややグダ付きながら魔王真央一行は村を目指して歩き始めるのであった。
しがまおを読んでくださりありがとうございます!!
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