28話 結婚⑥
朝目が覚めて私は即座にサムエル様のお部屋に突入しました。
ノックもなしに入ってきた私を見たサムエル様は、気まずそうな表情をされています。
昨晩のことを気にされているのでしょうか。
「ローズ、昨晩のことは気にしないで欲しいと言うのは無理があるな。だが、今日も執務がある。昼食後、一度話し合おう」
「…………はい」
ちゃんとお時間を作ってくださるのでしたら、それに従いましょう。
午前中は王妃様と妃教育に励み、昼食はユルシュルとシュザンヌが用意してくださったもので済ませます。
サムエル様はまだお昼がお済でないようですので、少々時間が空きましたが、東屋で刺繍をしながら待つことにしました。
待つこと数十分。サムエル様がまっすぐこちらに向かってきていらっしゃいます。
「待たせたな」
「気にしていません。待たされることなど想定内です」
私がそうお答えしてハッとしました。いけません。ユルシュルたちから使ってはいけない言葉に挙げられたものを使ってしまいました。
冷たく突き放しているように聞こえるだとかなんとか。
「あ、その今のは違いまして」
「違う?」
「えーっと。そのお言葉で非常に難しいのですが、あのですね」
「はっきりしないな。いつもらしくないぞ」
ひぇ。サムエル様にとってのいつも私ってどうなっているのでしょうか。
ここでひいたらおしまい。昨日のサムエル様のご様子。もう勘違いでもいい。
私とサムエル様はお互いに愛し合っている。けど、愛し合っている事実を確認できていない。
だから突き進む。私達はもうじき結婚する。お互いの気持ちが曖昧なままだなんて嫌。
貴族同士、嫌い合っている夫婦だって普通にいらっしゃいますが、昨晩のサムエル様のあのご様子が私のことを嫌っていると考えることができない。
「サムエル様!」
勘違いじゃない。思い過ごしじゃない。
あとはもう口に出した言葉で作られた未来を進むだけ。
「私はそのいっつも素直に素直に。…………素直にお言葉を選べずにいました!」
私がそう力強く口にすると、サムエル様は黙ってお話を聞いてくださりました。
「ローズ、俺がどうしてお前を婚約者に選んだ知っているか?」
「え? サムエル様がお選びに?」
てっきり、王妃様に気に入られたからだと思っていましたが、そうではないのでしょうか。
「幼い頃のことを覚えているか?」
「幼い頃? どこかでお会いしましたっけ?」
「やはり覚えていないんだな。茶会で再会した時、君は俺の初めましてという挨拶に何の疑問を感じていなかったな」
「ええ、初対面ですよね?」
「違う! 俺とお前はもっと前に幼い頃一緒に池に落ちたんだ」
「はあ?」
何を仰っているのでしょうか。幼い頃にサムエル様とお会いしたことなど一度もありません。
池に落ちたことはありましたね。確かあの日は午前中の記憶がスッポリ。スッポリ?
え?
失われた記憶で私はこの人とお会いしていたというのですか?
「何か私達は約束事とかを?」
「それはしていないな」
「そうですか」
「だが、あの日から俺にとっての一番は君のままだった」
そう言われ、私は目を見開いて驚いてしまいました。確かに私のことですから、幼き頃も素敵だったかもしれませんが、今の美しい私ではなくあの頃から今まで私が一番?
「ごめんなさい。私あの日の記憶がスッポリと抜け落ちているの。ちょうど池に落ちる前の記憶がね」
「そうか」
「でも私、あなたと初めて会った時! いいえ、そうじゃないのですよね。再会した時に一目ぼれだったわ。貴方の綺麗な瞳に美しい髪。一目見た時からお慕いしておりました」
言えた。初めて本当の気持ちを吐露できた。サムエル様から一番だと言われ、やっと言えた本当の気持ち。
私の気持ちは無自覚にふさぎ込まれていたのでしょうか?
私がサムエル様の胸に飛び込むと、サムエル様は支えるように抱きしめてくださいました。
なんとなくおわかりだったと思いましたが、相思相愛な二人。
今回もありがとうございました。




