16話 視察⑧
サムエル様のお隣に座るのっていつぶりかしら?
馬車には領主の男……名前は何でしたっけ?
夫人なら覚えているのですがまあ、いいわ。その男が座っている為、必然的に妻である私がサムエル様のお隣に座れましたわ。
「いやぁ、王子殿下も王太子妃様も美男美女で絵になる夫婦ですなぁ」
「私とローズはまだ婚約者です」
そうです。そんな未来のお話。最高ですわ。あとでこっそりお名前覚えて差し上げます。
家族とサムエル様以外の男性で名前を覚えるだなんて使用人くらいね。三日ほど覚えていればいいかしら?
「そうでした。そういえばどちらに向かわれているのですか?」
「お前にはわからん場所だ」
「あら、それは楽しみね」
私を知らない素敵な場所に連れてってくださるのですね。本当に素敵な方ですわ。
私は全力の笑顔でサムエル様を見つめますと、サムエル様はなぜか一瞬だけぎょっとしたような表情をし、すぐにいつもの素敵な……先ほども素敵でしたわね。まあ、いいわ。素敵な表情を持続されていますわ。何が言いたいの私。
「なるほど、楽しませられなかったらどうなるか怖くてかなわないな」
「……そうですか。より楽しみになりましたわ」
まさか、連れて行ったあとの私の喜びようはしゃぎようで馬車が壊れるのが怖い。と、いうことですね。楽しみです。
馬車が停まると、大きな風車がいくつも並んでいる光景。
「これは?」
「風車だ。中に入っても問題ないな?」
「ええ、どうぞどうぞ」
風車? 中? え? 建物に何か羽がついてグルグル回っているだけしかイメージがつかないのですが。
ああ、そういえば風車の中って受けた風を動力に何かをしていたんでしたね。
「これはなんの粉ですか?」
「小麦粉だ。風車内では麦を製粉し、粉にしてその粉を使ってパンを作っている」
「これがパンになるんですか?」
さらさらしていてなんだかわかりませんし、パンになる過程が理解できませんね。
本当にパンになるんですか? まあ、サムエル様が言うことに間違いは御座いませんでしょう。
知識では知っていましたが、本当に麦からパンを作るのですね。
「興味津々だな」
小麦粉をまじまじと見ていますと、サムエル様が私に声をかけてきました。
「ええ、植物が粉になってそしてこれがさらにパンになるのですね」
「その前に生地になる」
「生地? ああ、焼き上がり前のあのもちもちしたあれですね」
「そういう認識か」
しかし、この粉が今度はあのもちもちしたものに変わってしまうのですね。
ウィンドミルと呼ばれるそれは、東の国の技術流用らしく、風の力を利用して小麦を小麦粉に変えるのですね。
「上に行ってみるか?」
「え? ええ。わかりましたわ」
木製の階段を上り、上の部屋に入れて頂きました。なんだかヒモや木でできた何かがぐるぐる回っていてお互いが連鎖して動いているのは私にもわかります。
「風車が回ると中のものが連動して動いてさきほどの製粉作業に繋がるのですね」
「理解が早いな」
「常識がないのと理解力がないのは別に決まっているでしょう?」
「そうか? お前たまに俺の言っていることが通じているか怪しい時あるぞ?」
「はて?」
まさか、心と心が通じ合っている私達おしどり夫婦が? あ、まだ婚約でしたね。
周りを見渡しますと、どうやら窓らしきものがありましたので、領主の方に許可を取り窓を開けさせて頂きましたわ。
「え、怖い高い」
「下を見ないでもっと遠くを見たらどうだ?」
「は、はい」
私はすぐに下を見てしまいましたが、サムエル様が肩をしっかりと支えてくださり、私はゆっくりと視線を上げました。
「え…………」
目の前には夕日で照らされた麦畑。風になびく穂は、まるで波のようであたり一面がオレンジ色の海のような光景が広がっていました。
「楽しめたか?」
「どう見えますか?」
「君はあまり嬉しそうな表情にならないからな……多分、今は楽しそうな表情なんじゃないか?」
あれ? なんですかその自信のない回答。私だけがサムエル様のお気持ちを完全に察知しているということ?
そんなはずありません。照れているに決まってます。であれば、今の発言はつまりこういう意味です。
『君の心が完全に読み取れた。だが、はっきり言葉にすると赤面してカミカミになってしまうからわからないということで話させてもらおう。君が最高にうれしそうな表情が可愛いがそれを口に出すのは恥ずかしい。嬉しそうに見えなくもないと言わせてくれ』
ですね。完璧に理解しました。さすが私達以心伝心です。もう円満夫婦生活待ったなしです。
「そうですね。サムエル様の想像通りで問題ありませんわ」
「…………安心して、いいんだよな?」
何故かぎこちないサムエル様のお返事に最大限の照れ隠しを感じた私はそれに満足し、広大な麦畑を見下ろし続けるのでした。
ローズちゃんのキレッキレ加減戻した方がいいのかな? よーわからん
今回もありがとうございました。