「少年と神様」
鉄砲をかまえて身を潜めている少年に神様が問いかけた。
「少年よ、なぜお前はそんな所で鉄砲なんてかまえているんだ?」
突然現れた神様に驚く事もなく少年は答えた。
「ここで敵を迎え撃たなきゃ村が襲われるからさ、仲間達は既に戦い始めているはずだし。僕はここで最終防衛する手はずだ」
「ほほう、ところで敵ってのは一体何者じゃ?」
「山を越えた隣村の奴らだよ、隣町で害虫が発生して飢きん状態だそうだ、あんたは神様なのに知らないのかよ」
「フォッフォッ、神だって居眠りして見落とす事もあるのだよ」
少年は一瞬口元を緩めたが、すぐに厳しい顔に戻った。
いつ敵が攻めてくるのか分からないのだ。
「ところで少年、お前が手にしているのは人を殺す為の道具じゃぞ、お前は人殺しかい?」
「随分つまらない事を言う神様だな、敵が鉄砲持って攻めてくるんだから仕方ないじゃないか」
「ほほう、つまり人を撃ち殺す事は理解しているのじゃな」
その問いに少年は答えなかった。
「しかし、隣町の人達も可哀想じゃな、食べる物がなくなって他から奪い取るしかなかったんじゃろう」
「だからって僕の村を襲わせるわけにはいかないんだよ、僕達だって食料が有り余ってるわけじゃないんだ」
「少しくらい分けてやってもいいんじゃないか?」
「村長だって彼らと話し合いはしたさ、けどこっちが提示した量じゃ全く足りないんだとさ、半分よこせと言いやがる」
「それで戦い、殺し合いで奪い合う事になったってわけか」
少年は黙って頷きそうになったがすぐに頭を振った。
「奪い合いじゃなくて、一方的に奪われそうなんだけどな」
神様は長い髭を撫で、天を仰ぎながらボソボソと呟き始めた。
「食料がない村人達が飢え死ぬ、食料を奪う為に戦っても双方の村人が戦死する、さて、それでは食料を半分分け与えたらどれ位の人達が死ぬのじゃろうな」
少年が黙っているので神様は続ける。
「例えばじゃか、いくつかの村で少しずつ支援すれば誰も死なずに済むんじゃないかの?」
少年は天を見上げしばし考えた。
「たしかにそうかもしれないけど、そういった交渉はヤツらがするべきだ、実際僕の村には交渉しに来たんだしな、他の村も廻らずに安直に僕らの村を襲おうってんだから返り討ちにするしかないだろ」
「はて、飢きんで餓死寸前の村人達が周りの村々にお願いして廻るのか、そんな余裕があるのじゃろうか?気力も体力も限界だったんじゃないかね」
「じゃあ神様は僕達が近隣の村にお願いするべきだって言うのか?」
「いや、それはお前達自身で決める事だろう、本当のベストとは何かとね。本当に全てやり尽くした上で人を殺そうとしてるのかと思っただけさ」
少年はやっと前方から視線を外し、やがて少年らしい表情に変わった。
「なあ、今からでも間に合うかな?」
少年は鉄砲を背中に担ぎ、懇願するような目で神様に聞いた。
「そればっかりはワシにも分からん、お前達次第だし時間の問題でもある、間に合えばいいのじゃがな」
少年が踵を返し村へ走り出そうとしたその時、遠く前方で叫び合う声と銃声が近づく音が聞こえた。
少年はヴーッと小さな唸り声を上げ、再び鉄砲をかまえ身を潜めた。
神様の姿はもう消えていた。
おしまい。