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第十一話:魔道具作製②



「では、最初の工程、浸透について説明しようかの。まずベースとなる素材を用意する……今回の場合はこの銀製の指輪じゃな。これを、こっちの瓶に入った紫色の液体に浸す」


 そう言って、老婆は小さな容器に紫色の液体を注ぎ、その中に指輪を入れる。

 液体の中の指輪からは大量の気泡が浮き出してきた。


「これは、浸透液と言ってな、その名の通り素材に浸透させて用いる薬じゃ」

「それに何の意味があるの?」

「魔力の通りが均等になるのじゃ。どんなに上手く精錬したとしても元素の偏りは生じてしまうからのう。この操作が必要なのじゃよ」

「どうしてこんなにも泡が出てくるのですか?」


 もし仮に銀の成分が浮き出しているのだとしたら、素材が劣化してしまっているのではないのだろうか。

 僕は浮かび上がった疑問を口に出す。

 

「薬の中からいくつかの成分が指輪に移るのじゃ。そのときに泡が出る。決して指輪の素材が劣化しているわけではないからの。安心するのじゃ」

「そうなんですね、ありがとうございます」

 

 僕の疑問だけではなくその疑問の裏の憂慮まで読み取って老婆は答えてくれた。

 ラナも気になることがあるのか口を開く。


「この浸透液はどうやってできているの? どこかで買えるものなのかしら、それとも自分で調合するの?」

「これはメタトアドの消化液じゃよ」

「うわ、嘘でしょ……」

 

 老婆の返答を聞いて、ラナの表情が露骨に嫌そうに歪む。

 それもそのはずだ。メタトアドというのは、トアド種と呼ばれる巨大ガエルの中でもひと際大きくカラフルな魔物のことである。

 見るからに女性が嫌いそうな容姿をしている。


「メタトアドは大きいからのう、一匹から取れる液の量も多い。ただし、問題なのはメタトアド自体の狩猟量が多くないことじゃな」

「そりゃ、そうでしょうね。魔法使いでもなければあんなのを狩ろうなんて思わないわよ」


 ラナが『魔法使いでなければ』と言ったのには理由がある。一つは単純に近づきたくないという意味だろうが、もう一つはもう少し実際的理由だ。

 メタトアドを含めトアド種の体表は粘液性の分泌物で覆われており、刃物が通りづらいのだ。 そのため、魔法を使えない者が狩るのは少し苦戦する。


「市場に出回る量が少ないからのう。買うとなるとそこそこ値は張るのじゃ」

「それが魔道具の値段が高いことの原因ですか」


 僕の予測にロータスさんは少し複雑そうな表情をする。


「……そうじゃなあ。それも一つの要因とはなっておるじゃろうな。ただし、全体に占める割合はあまり大きくないかの。どちらかと言えば魔道具の価格は材料費よりもそのデザインと効果に依存しておるのじゃ」

 

 確かに、よく考えてみれば一点物の装飾品というのは材料よりもデザイン性のほうがより重要視されるような気がする。

 

 ロータスさんは僕とラナの様子を窺う。

 僕たちに質問がないことを確認すると、続けて説明を始めた。


「では、次の工程に移るぞ。次に行うのは施術じゃな。もっとも重要で難解な工程じゃ。魔道具の効果を決める魔法式を施す。実用に耐えるものを作るには魔法式の最適化が肝要じゃな」


 老婆の言葉を聞いて、僕はトウガさんから教えられた知識を思い出す。


 魔法式、それは魔法使いが魔法を発動する方法の一つである。

 魔法使いの魔法発動には基本的に二つの方法がある。

 一つは詠唱。これは読んで字のごとく、魔術言語と呼ばれる特定の文言によって世界に漂う精霊族(セイフィア)に語り掛けて四大元素を操作することで望む現象を引き起こす。

 もう一つの魔法式は、音ではなく魔法陣によって同様の目的を達する。すなわち、詠唱における魔術言語が精霊族(セイフィア)の言葉であるのに対して、魔法式というのは精霊族(セイフィア)の文字と解することができる。


 ただし、この二つの手段においては、それぞれの記号に魔力を込める必要がある。精霊族(セイフィア)の知覚機構は人間族とは異なっており、魔力を利用して世界を認識しているらしい。そのため、ただ音を発するだけでは精霊族(セイフィア)には届かないし、魔法陣を描くだけでも精霊族(セイフィア)の目には入らないのだ。


「なるほどね。魔法式を利用すれば魔力を流し込むだけで効果が発動するわけか。当たり前だけどよくできているわね」

「そうじゃろう? ただし、魔道具に刻む魔法陣には通常の魔法陣に少し工夫を加える必要があるのじゃ」

「工夫?」


 ラナが首をかしげる。


「お主も知っての通り通常の魔法式は使い捨てじゃ。魔法発動後に精霊からの応答を表す式が書き加えられる。この応答式が加えられた魔法式は精霊への語り掛けの効果を失う」

「ええ。知っているわ。だからこそ魔法式は詠唱と比べて使用者が少ないのよね。いちいち魔法陣を書くのなんて面倒だし効率が悪いから」

「そうじゃ。ここで、考えてみてほしいのじゃが、もし通常利用する魔法式を魔道具に利用したらどうなるかの?」


 僕はすぐに一つの問題に思い当たった。

 

「一回しか利用できないのではないですか?」

「そうじゃ。じゃからこの施術の工程で刻む魔法陣にはある細工を施す必要がある」

「細工って……まさかとは思うけど、応答式を消しでもするの?」

「まあ、そうなるのう」

「それって、本気で言ってるの?」


 ラナが怪訝そうな視線をロータスさんへと向ける。


 『応答式を消す』

 そう言われても魔法使いではない僕にはいまいちピンとこない。

 先ほどの話からすると精霊からの応答の印を消すということなのだろうが。


 ラナの様子を見ると、それが普通ではないことはわかる。


「それって凄いことなの?」


 僕の質問にラナは呆れながら答える。


「そうね。わかりやすく例えるなら、魔法陣を細かい砂粒で描いた模様とするなら、応答式っていうのはそこへ石を投げこむようなものよ。石が投げこまれたら、砂でできた模様はどうなると思う?」

「えっと、崩れる?」

「そうよ。だから、応答式を消して再利用するには、投げ込まれた石を取り除くだけじゃなくて模様を元通りにしてあげる必要があるの……それも、他の砂粒を崩さないようにしながらね」


 ラナの説明で先ほどの彼女の反応に納得がいく。

 僕たちのやり取りを眺めながら、老婆は愉快そうに笑みを浮かべる。


「嬢ちゃんの危惧は当然のものじゃな。魔法使いであればその難しさは誰でも知っておる。もしそれを容易に行えるのであれば、今よりも魔法式の有用性は格段に跳ね上がるからのう」

「でも、アンタの口ぶりからするとそれをするように聞こえたわよ」

「そうじゃな。当然、することになる。でなければまともな魔道具を作ることなどできんからのう」


 こちらを焦らす様に遠回しな言い方をする老婆に、ラナが少し苛立っているのがわかる。

 相変わらず短気である。

 僕は、さり気なく老婆に先を促す様にアイコンタクトを送ってみる。

 老婆がそれを理解したのかは不明だが、どうやら先へ話を進めてくれるようだ。


「そう焦らずとも、ちゃんと教えるわい。とは言っても、やること自体は至極単純じゃ。先ほどの嬢ちゃんの説明を使うのならば、魔法陣を砂ではなくより丈夫なもので描けばよいのじゃ。それこそ、金属とかでのう」


 老婆の言った言葉の意味はわかる。

 だけど、そもそもそれが簡単にできることなら最初から問題にはなっていないだろう。

 ラナもおそらく似たようなことを考えているのだろう。

 納得のいかずにいる僕たちを見ながら老婆は続ける。


「お主ら、何か勘違いしておるようじゃのう。……儂が一度でも簡単にできるなどといったかのう? まあ、見ておれ、少年はともかく、魔法使いの嬢ちゃんのほうは何をやっておるのかくらいはわかるじゃろう」


 そう言うと、老婆は紫色の薬に沈んだ指輪へと手を伸ばした。

 取り出された指輪は、一呼吸おいて発光を始める。

 僕には何が起きているのか全く分からないが、隣にいるラナを見ると、驚愕の表情を浮かべている。

 恐らく、ロータスさんが驚くようなことをしているのだろう。

 

「……そんな、こんな簡単に……でも、確かに、これなら……」


 ラナの口から感嘆の声が漏れる。

 あまり見られたものではない珍しい表情に改めて老婆の凄さが伝わってきた。

 同時に、その凄さを理解することのできない自分の能力不足が少し悔しい。


 指輪の発光は十数秒で収束した。

 目を凝らしてみると、明らかな変化が指輪に訪れていた。

 浮かび上がる魔法陣、小さな指輪に収まるように緻密に描かれた幾何学模様は、見続けると目が疲れてしまうほどの細かさだ。

 もっとも、素人の僕が見た感想であるため、その凄さは細かさとは別にあるのかもしれないが。


「どうじゃ、何か掴めたかの?」


 老婆の問いかけに、ラナが戸惑いながら答えを口にする。


「少しは。確かに、今の手順で魔法式を構築すれば、応答式の消去は可能かもしれない。でも、夢でも見てるみたい……なんて速さで構築してるのよ」

「ほう、一回見せただけで魔法式の内容まで理解するか。思っていたよりも手間はかからなそうじゃな……安心せい、何も最初から今の速さでできる必要は全くないのじゃ。浸透液の効果が薄れぬうちに終わらせられるようにできればそれでよい」

「浸透液の持続時間はどのくらいなの?」

「素材にもよるが、大体二、三時間ほどじゃのう」


 それを聞いたラナは顎に手を当てて、考えこむ素振りを見せる。


「二、三時間か……少しキツいわね」


 ラナが二、三時間で難しいという工程を、この老婆はたった十数秒で終わらせたのか。

 ようやく、その凄さが僕にも理解できた。

 

 老婆は、優し気な笑みを浮かべて自信の無さげなラナを鼓舞する。


「大丈夫じゃよ。お主なら、すぐにできるようになるわい」

「……心配されなくても、やってやるわよ」

「ほっほ、頼もしいのう。まあ、この施術の工程は一番難しいからのう。少しずつ練習していけばよいのじゃ」


 老婆は説明を続ける。


「それでは次の工程について説明しようかの。三つ目の工程は固定じゃ。先ほどに付与した魔法式を定着させる。この工程が終わると魔法式の修正が効かなくなるから気をつけるのじゃ」


 そう言って老婆は棚から薬瓶を手に取った。

 緑色の液体の入ったその瓶は浸透液の隣に置いてあった。

 

「この工程も浸透と同じじゃ。難しいことは何もない、ただこの固定液に指輪を浸して終わりじゃな。ただ、その時間が重要じゃ。当然、素材の差はある。今回の場合はまあ三分といったところかの」


 そう言って、先ほど使用した容器とは別の容器へと緑色の液体を注ぎ込み、指輪をそこへとつける。その後、机の上にある砂時計を逆さまにひっくり返した。


「待っている間に最後である工程である開口について説明するぞ。この工程では魔法式への魔力の通り道を作るのじゃ。どんな術式でも魔力が通らなければ発動しない。逆にどこから魔力を注ぎ込んでも発動するような代物など危なっかしくて使ってられん」

「まあ、そうなるわよね。それで、具体的にはどうやって通路を作るのかしら」

「これを使うのじゃ」


 そう言って老婆が取り出したのは、透明なジェル状の液体が入ったチューブ容器だった。

 そして、もう一つ、彫刻刀のようなものを取り出した。


「えっと、物理的に彫るんですか?」

「そうじゃな。彫ってできた溝に魔力伝導性の高いものを流し込む。そうすれば優先的にそこへと魔力が流れ込む通り道へと変化するのじゃ」


 そこで、老婆は先ほど固定液に浸していた指輪を取り出し、表面の水分をあらかじめ準備していた布切れで拭き取った。

 

「それでは、早速やってみるとしようかの。今回の魔道具は指輪じゃからな。身に着けたもののみが魔力供給を行えるように回路を形成するかの」


 そういって、老婆は慣れた手つきで指輪に刃を入れていく。そうして指輪の内側にできた溝へと、先ほどのジェルを流し込んでいく。


「乾くまで少し待つとするかの」

「これで、完成なの?」

「最後に仕上げが必要じゃな。このままじゃと、まだ外部からの魔力に反応してしまうからのう。作った回路以外の面を魔力を通さない遮断剤で覆う必要があるのじゃ」

「なるほどね」


 

 

 それから、数分が経ち、老婆が指輪に触れる。


「よし、乾いたようじゃな。それでは、遮断剤を塗っていくぞ」


 そう言って老婆は、指輪に刷毛(はけ)で遮断剤を塗っていく。

 ささっと塗り終えると、老婆は満足げに頷いた。


「とまあこんな感じじゃな」

「なんか、思ったより簡単そうね。難しいのは施術くらいかしらね……まあ、その施術にすごく苦戦しそうではあるけど」


 ラナの言葉に、僕も内心同意する。

 確かに、この人の流れるような手つきを見ると、とても簡単そうに見える。

 だけど、恐らくは、この人の技術がそう見せているだけなのだろう。

 魔法使いではない僕には本当のところはわからない。ただ、ラナが上手くいくことを祈ることぐらいしかできない。


「とりあえずは、これで説明は終わりじゃな。明日から本格的に教えていくからのう。少年も、家事や掃除の類は明日からでよいぞ。お主らも長旅で疲れているのじゃろう? 今日はもう休め」


 僕たちはその言葉に甘えて、就寝の準備を進めた。

 ただ一つ気になったのは、寝室と言っていた部屋が誇りを被っていたことくらいだろうか。

 

 こうして、僕たちのこの街での最初の日は終わりを迎えた。


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