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第十話:魔道具作製①




「ここが儂の家じゃ。作業場も兼ねておる」

「狭いわね」

「ラナ、失礼だよ」

「いいんじゃよ。事実じゃからな……ああ。荷物はそこの物置に置いておいてくれ」


 言われるがままに、僕とラナは運んできた荷物を入り口すぐの物置に置く。少し埃っぽい匂いに思わずくしゃみをしてしまいそうになるが、何とかそれをこらえる。

 しかし、またしても、ラナが遠慮することなく言い放つ。


「埃っぽい。掃除してないの?」

「だからラナ……」

「ほっほ、それも事実じゃな」


 そう言って笑う老婆を呆れたような目で見るラナ。彼女は物置の恥の方に何かを見つけて怪訝そうに目を凝らしている。

 その視線の先には黒くブヨブヨとした丸い塊がある。


「……ねえ、この気持ち悪いのは何?」

「それは、動物の内臓を魔法処理したものじゃな」

「動物の内臓って……何でそんなものが裸で置いてあるのかっていうのは置いておいて、こんなに黒いものなの?」

「ああ、それは腐っておるからな」


 平然と言う、老婆の言葉にラナは一瞬固まり、伸ばしかけていた手を勢いよく体に引き寄せる。

 彼女の表情からは、怒りというよりも呆れが見て取れる。


「……触らなくてよかったわ」

「儂もうっかり忘れておったわ。捨ててよいぞ」

「だって、捨てていいわよ、リーオ」

「僕が捨てるの……?」

「だって私触りたくないし」

「いや、僕だって触りたくないよ!」


 いきなりこちらに押し付けてきたラナ。その身勝手な言い分に、僕は抗議する。しかし、その効果は薄いようだった。僕の反応を無視して、彼女は老婆に声をかける。


「それより、私に魔道具作製を手伝ってほしいって言ってたけど、私、一度も魔道具なんて作ったことないわよ」

「そんなこと知っておる。そもそも魔道具を作ったことのある者など稀少じゃからな。なに、心配するな最初から教えるつもりじゃよ」

「教えるって、そんな簡単にできるものなんですか?」


 あっさりと言うロータスさんに対して僕は疑問を投げかける。

 僕の言葉に、ロータスさんは『そんなことも知らぬのか』と言いたげな表情をする。


「……難しいに決まっておるじゃろ。もし簡単じゃったら魔道具が溢れかえっておるはずじゃ。もっとも、()()()()()()ならば世に多く出回っておるがな」

「魔道具もどき……ですか?」

「そうじゃ。魔力が込められておるが、具体的な機能を持たないものじゃよ。魔法使いの魔力源として活用することぐらいにしか使えぬものじゃ。もっとも、魔道具というものは基本的に込めた分の魔力しか使えぬ上にあまり多くの魔力は一度に注ぎ込むことはできぬのじゃ」

「つまり、そんな魔道具は役に立たないガラクタってことね」


 老婆は、ラナの言葉に小さく頷く。


「魔道具を作ろうと志す者の数は少なくはない。しかし、まともな代物を作れるものとなるとその数は数えるほどしかおらぬのじゃ」

「それを私に教えてくれるっていうの? 買ってくれるのは嬉しいけど、過大評価じゃないかしら。私だって自分の魔法の腕には自信はあるけど、始めてすぐそんな難しいことができるようになれるとは思えないんだけど」

「何じゃ、思ったより弱気じゃな」

「現実をしっかり見ていると言って頂戴」


 どこか馬鹿にするような老婆の発言に、ラナは不満げに返す。


「言ったじゃろ、お嬢ちゃんの魔法の腕を見込んで頼んだと。難しいとは言ったが、お嬢ちゃんの才能があれば十分可能じゃよ。それに、この儂が教えるんじゃからな。心配することはない」

「本当かしら」

「お主らに嘘をついて儂に何の得があるのじゃ」


 確かに、僕たち騙したところで得られるものなど何もない。

 僕たちは特に何も持っていないのだから。

 ラナも同じことを考えたようで、老婆の言葉に納得しているようだ。


「……それもそうね。じゃあ、よろしく頼むわ」

「うむ」


 老婆の表情からは悪意は窺えない。どうやら、本当に自分の仕事を手伝わせるために彼女に教えるようだ。

 もっとも、僕たちが騙されている可能性も考えられる。今までのやり取りから察するに、このロータスさんは僕たちよりも魔法にもこの世界にも詳しいようだから。僕たちの知らない方法で他人の心を誘導したり自分の邪心を隠したりする方法もあるのかもしれない。

 そんなことを考えたところで僕たちにはどうしようもないのだが。


 ただ、こうも疑いの念が僕の心に浮かび上がるのには少し訳があった。

 この老婆からは、人間ならば誰もが持ち合わせているような雑念やそこから生じる迷いのようなものが一切感じられないのだ。簡単に言えば、感情や自分の行動基準が揺るがないように見える。

 それは、まるであらかじめ役割を与えられた小説の登場人物のようだ。

 

 そんな僕の心中を知らない二人。

 「そういえば」とラナが疑問を口にする。


「作れるようになるまでにはどのくらい時間がかかるのかしら」

「それはお嬢ちゃん次第じゃが。数日あれば儂の手伝いくらいはさせられるかの。……お主らは急いでいるわけでもないのじゃろう?」


 僕たちの旅には目的がある。

 あのとき村で出会った二人、そしてそのうちの一人であるゼエラという男の口から出たプライアという組織。あの男は村を襲ったのは自分たちではないといったものの、彼らが何かを知っていたのは間違いはないようだった。

 彼らについての情報を集め、一刻も早く話を聞き出さなければ。


 しかし、旅を続けるにはお金が必要となるのも確かだった。今のところは村から持ち出したお金で何とかなってはいるが、収入減がなければいずれはそこを尽きてしまう。そうなっては旅を続けるどころではなくなる。

 実際は急いではいるのだが、ロータスさんの話は魅力的だった。

 ラナが魔道具を作れるようになれば、路銀を稼ぐくらいは訳もないだろう。この世界の金銭基準を未だに把握できていない僕でも、そのくらいのことは予測がつく。

 

 それなら、前向きな態度を見せておくのが吉だろう。


「はい、大丈夫です」

「それでは嬢ちゃんには早速魔道具の作製方法についてざっくりと教えようかの」

「ええ、頼むわ」

「作業部屋へと移動するぞ。ついておいで」


 そういって、ロータスさんはラナを誘導する。

 

「僕も見学してもいいですか?」

「まあ、構わんが、お主は魔法が使えんのじゃろう?」

「はい、ただ、興味があるので」


 自分が使えなくとも、知っておくことに意味はあるだろう。

 魔道具は魔法が使えない者でもその恩恵を受けることができる道具である。

 つまり、そもそも魔法を上手く使えない人向けのものであるのだ。

 それならば、僕もその原理を知っておくべきだろう。


 それに、まだこの人は信用できない。

 ラナと二人にさせるわけにはいかない。

 いくら彼女が優秀な魔法使いであるとしても、ロータスさんが罠を仕掛けていないとも限らないのだ。


 僕は警戒心を維持したまま、ロータスに誘導されるラナの後ろに続き、隣の部屋へと移動する。

 老婆が扉を開くと、不思議なにおいが鼻腔をくすぐった。

 よい香りかと言われれば答えに悩むが、かといって不快な臭いでは決してない。今までに嗅いだことのない匂いだった。

 例えるのならば洋梨とトマトを合わせたような臭いだろうか。


 しかし、ラナはあまり気に入らなかったのか、眉を(ひそ)めている。


「何? この変な臭い」

「ほっほ、魔道具を作るのにつかわれる薬品の臭いじゃよ。いくつか混ざっておるな」

「まあ、我慢できないわけではないからいいけど」


 作業部屋には棚が何段にも重なっており、そこを隙間なく薬瓶が埋めるように並んでいる。

 そのうちのいくつかの臭いが強いようで、蓋は閉めてあったが、臭いが漏れているようだ。

 

 老婆は部屋の中央に置かれた大きな台の上にワインカラーの敷物を敷く。

 そして、その中央に銀製の指輪を置き、棚から紫色の液体の入った瓶を手に取り指輪の隣に置いた。 


「魔道具の作製といっても、何をつくるのか、どのような魔法を付与するのかによって必要となる材料も手順も大きく異なるのじゃ。今からお主らに見せるのはその中でも最も単純な工程で作ることができるものじゃ」

「指輪?」

「そうじゃな、見た通りじゃ。指輪は装飾品の中でも付けやすく邪魔になりにくいからのう。年齢や職業を問わず人気じゃな」


 確かに、ネックレスや腕輪などと比べて邪魔にはなりづらそうだ。

 イヤリングなどとは異なり感染症のリスクも少なそうだし。


「指輪の素材には何か意味があるんですか? 見たところ銀が使われていると思うのですが」

「お主、いいところに目を付けたな。その通り、素材は重要じゃ。装飾品には基本的に金属が使われる。その中でも魔道具としてよく使われるのは銀、白金、金の三種類じゃな」


 いわゆる貴金属か。

 前の世界でも装飾品としてはメジャーな金属だ。

 熱伝導に優れ、電気の良導体でもある。おそらくはこの世界の魔力も通しやすいのだろう。

 僕はそう推測する。


「……ミスリルや魔昌が使われることもあるって聞いたことがあるんだけど」


 ラナがそう零すと、老婆は肯定するように頷く。

 この世界において、ミスリルというのは緑色をした金属のことを指し、金のような塑性と鋼のような強度、そしてカーボンのような軽さを併せ持っている。魔力を流し込むことで形状を変化させることができ、魔力操作の技術を身に着けた熟練の剣士が愛用している。詳しい発生機構は不明であり、その有用性から当然高価である。

 一方で魔晶というのは魔物の体内で結晶化した魔力の塊のことを指し、ミスリルと比べれば容易に手に入り安価である。ただし、ミスリルと比べるとその魔力伝導率の高さは遜色ないが、いかんせん強度が足りていない。そのため、単体で用いるということはあまりなく、他の金属に混ぜて利用するというやり方が一般的であるらしい。


「当然、魔法の触媒であるその二つも利用されることはある。ただし、高価じゃからな。今回はあくまで見本を見せるだけじゃから、そのような高級品は使わんよ」

「それもそう……か、まあ当然ね。それで、どんな効果の魔道具をつくるの?」

「そうじゃな、悩むところじゃが……身体強化などがわかりやすいかの、単純じゃし」


 身体強化……身に着けるだけでその恩恵を受けることのできる指輪をつくるのか。

 効果の強度はわからないが、有用であることは間違いないだろう。

 少なくとも、この世界に来てから僕は一度も目にしていない。

 それをいとも簡単そうに作ろうとするこの人が大物であることを改めて認識する。 


「――さっそく作っていくぞ。魔道具の作製は四つの工程からなる。浸透、施術、固定、開路の順番じゃが、まあ、実際に見ながら説明を聞くのが一番わかりやすいじゃろ」






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