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第九話:老婆との問答


 魔道具屋の老婆の露店があったところにたどり着くと、あたりはすっかり暗くなってしまっていた。昼間はごった返すような人で満たされていた大通りも、この時間帯に見るとどこか寂しさを感じる。とはいっても、大通りだけあって人通りはそれなりにはある。歓楽街への入り口付近などは昼間とは打って変わって賑わっているようだ。

 

 (くだん)の老婆は、僕たちを見つけると、その場から動かずにもの言いたげな視線をこちらへと向けてきた。


「お主ら、やっと来たか」

「遅かったですか?」

「そうじゃな、あまり老いぼれを待たせるものじゃないぞ。いつくたばるのかわからんのじゃからな」


 待たされた腹いせか、反応しづらい年寄りジョークを投下してきた老婆。

 僕は苦笑しながらもとりあえず謝っておくことにした。


「すみません」

「ええんじゃよ。冗談じゃ、冗談。おばあちゃんジョーク!」

「反応しづらい冗談言うんじゃないわよ。面倒くさいわね」

「ほ? そうかえ? 爆笑していいんじゃよ」


 年配の方の寿命ネタと痴呆ネタほど笑いづらいものもないだろう。

 もっとも、これは自虐ネタ全般にあてはまることではあるかもしれないが。

 そんな風に軽口を叩きながら、僕たちは露店の後片付けを終わらせる。


「早速じゃが、これから儂の家へと移動する」

「わかりました」


 纏めた荷物を台車に乗せると、僕たちは老婆の後に続いて移動を始めた。

 そこで僕は、未だに老婆の名前すら知らなかったことに思い当たった。


「そういえば、まだお婆さんの名前を聞いてませんでしたね」

「儂の名前か? そうじゃなあ、ロータスとでもよんでくれ」

「呼んでくれって……偽名なの?」

「それは秘密じゃよ」

「その返答は認めているようなものですよ。深くは追及しませんが」

「そうしてくれると助かるわい……おっと、そこの角を右じゃな」


 何やら含みのある言い方をするロータスさんだが、お互いの事情もあるのであまり問い詰めるのもよくないことだろう。あくまで僕たちは彼女に雇われただけの身なのだから、自分たちの仕事を全うすることだけを考えればいいわけだ。僕たち……特に僕にも詮索されたくないことは多々あるのだから。

 しかし、隠し事をするということは、それだけ知られたくない疚しいことがあるということでもある。

 そんな僕の危惧をよそに、ラナが老婆に質問する。


「ロータスはこの町にどれくらい住んでいるの?」

「そうじゃな、儂は五十年ぐらいずっとこの町じゃよ」

「五十年ですか……長いですね」

「そうじゃなあ、この町もだいぶ変わったが、住む人間はあまり変わらないものじゃなあ」

「それは、フイアル教の()()()かしらね」

「『おかげ』かのう。『せい』といった方が正しいと思うのじゃが」


 ロータスさんの発言に僕は違和感を覚えた。

 今の発言はフイアル教の否定にはならないだろうか。

 ちらとラナのほうを見ると、どうやら彼女も引っ掛かりを感じたようで、怪訝そうな表情をしている。フイアル教徒ではない僕でさえそう思ったのだから、仮にも教徒である彼女が気づかないわけがない。


「えっと、ロータスさんはフイアル教徒じゃないんですか?

「いんや、フイアル様を信じておるよ、儂は」

「でも、今のはフイアル教への不信に受け取れなくもないわよ」

「まさか! それに、そうだとしても大丈夫じゃよ。フイアル様は器の大きいお方じゃからな、大目に見てくださる」


 信じているというものの、老婆の態度からはまるで神に対する敬意や畏れというものが感じられない。


「……随分と自分に都合のいい考え方なのね」

「はっはっは、そうでなければこんなに長くは生きてられんよ。お主らはまだ若いからわからんかもしれんがな、世の中には矛盾があふれとる。それこそ、一つの物事の背後には一つの矛盾があると言っても過言でないほどにな」


 そう言って笑みを浮かべるロータスさんの表情はどこか不気味に感じられた。

 まるで、自分は全てを知っているとでも言いたげな表情だ。

 他の人ならばただの自惚れだろうと片付けられることではあるが、この人がそれを口にしたとすれば、思わず信じてしまいそうだ。そんな雰囲気がこの人からは感じられる。


「まあ、そんなことは些細なことじゃよ。それより、見たところお主らのほうこそ、フイアル様を信仰しているようには見えないのじゃがな」

「信仰してるわよ。()()()


 その言葉にロータスさんは面食らったように目を見開く。

 今のは完全に失言だ。僕はそう思った。


「……ラナ!」

「ははは、まさかそれを口にするとはのう。これこれ、少年、そう興奮するでない。心配せんでも儂はお主の信仰に口出しはせんよ。もっとも、お主の反応は正しい。この町では迂闊に口にするべきではない事じゃからな」

「あら、そう。よかったじゃない、リーオ。この婆さんアンタのことを咎める気はないって」

「結果としてはそうなったけど」

「終わり良ければ全て良しよ。それに、これからお世話になるわけよね? 変に嘘をついて後からばれるよりもよっぽど心象はいいんじゃないかしら」

「その点についてはお嬢ちゃんの言い分は正しいのう。現に儂はお主たちの正直なところが気に入ったわい」

「……それなら、いいですが」


 今回も、僕は彼女のペースに乗せられてしまったようだ。それに、ロータスさんのほうも彼女の味方をするようだし、二対一ではいささか分が悪い。僕は潔く引き下がることにした。

 ラナは、僕の表情を見て、少し不満げに口を開く。


「言っておくけど、私だって、考えなしに言うつもりはないわよ。それに、アンタがフイアル様への信仰を持ってないことなんて今までの流れで一目瞭然じゃない。今更隠そうとしても意味ないわよ」


 確かに、彼女の言い分はもっともである。


「しかし、妙じゃな。少年、お主がフイアル様を信じていないとすれば、どうしてお主の瞳はそう綺麗な鉛色をしているんじゃろうな」


 なぜ、罪人になっていないのか。彼女の尋ねるところはそこなのだろう。今日の朝に老婆から聞いた話によれば、信仰心を持たない者である罪人の瞳は赤く染まる。

 つまり、瞳が赤く染まっていない僕には何かしらの信仰心が存在しているということになるのだ。

 僕は一瞬答えるか迷ったが、既に信仰がフイアル教に向いていないことが発覚している以上、今更取り繕ったところで何の意味もないと結論し、素直に答えることにした。


「僕にはフイアル教以外の独自の信仰があるんです」

「独自の信仰、かえ? それは、()()()()に属するものなのかのう」

「五大宗教? いえ、おそらく違いますが……その、五大宗教とは?」


 僕はこっそりとラナに視線を送る。

 もしかして、これも彼女が僕に教えてくれなかったことなのだろうか。

 そのような考え方が脳裏に浮かんだが、目が合った彼女は首を横に振って否定する。

 ……どうやら違うようだった。 


「私も聞いたことがないわね。信仰って、そもそもフイアル様以外に神なんているの?」

「そうか、お主らは田舎から来たのじゃったな。それならば知らぬのも無理はないのう」


 その言葉にラナは顔を顰める。どうやら田舎者だと馬鹿にされたように感じたようだ。僕も聞いていてあまりいい気分にはならないが、正直事実なので否定しようもない気もする。

 しかし、その思いを胸にしまっておけない困った子がここにはいる。


「なによ、馬鹿にしてるわけ?」

「違うわい。それに、田舎から来たのはただの事実だろうに。まあよい。それより、お主らも五大英雄の話くらいは来たことがあるじゃろう?」

「もちろんよ。遥か昔に各種族の勇者をフイアル様がまとめ上げてこの世界を支配していた邪悪な神をうち滅ぼしたってやつでしょ? 小さいころから耳が痛くなるほど聞かされる有名な伝説じゃない」

「そうじゃ。その勇者たちというのが、人間族(ヒュムス)()()()()()()()()()に加え、獣人族(サヴァーラ)竜人族(ドラキア)、そして魔族(アジューダ)のそれぞれの英雄である五人じゃ。彼らはその後それぞれの種族の信仰対象となっておるのじゃよ。それこそ、儂らがフイアル様を信仰するようにな」

「なるほど、五人の勇者のそれぞれを神として崇める宗教、それが五大宗教ですか」

「そうじゃ。儂らフイアル教徒からすれば異教にあたるかのう。当然のことじゃが、それぞれの種族は自分たちの種族の勇者が一番だと考えるものじゃからな。同じ教徒であるお主ならわかるじゃろう、嬢ちゃん」


 そう言って、ロータスさんはラナの方に目配せをする。視線を向けられた彼女は何食わぬ顔で口を開く。


「まあ、そうね、人間族の勇者が他の種族のそれよりも劣るっていうのには納得できないでしょうね」

「……かつて勇者たちが築いた()()は今となっては実現できないということですか」

「仕方のないことなのじゃよ。邪神という共通の敵がいなくなったのじゃから。今でこそ人間族はフイアル様の名のもとに一つにまとまっておるが、それも魔族(アジューダ)という共通の敵を得たからじゃ。お主たちは知らぬのじゃろうが、今から二、三十年前まではこの王国もいくつかに分裂して争っておったのじゃからな」

「人間同士で争うなんて愚かなことよ」


 戸惑うことなくそう言い切る彼女に、僕は少し複雑な心境に陥る。

人間同士で争うことは愚かであるにもかかわらず、相手が魔族になるとそれは愚かではなくなるのだろうか。


「ほっほ、少年よ、お主のわだかまり、言い当ててやろうか? 相手が魔族だとしても争いが愚かなことには変わりがないと、お主は考えておるのだろう?」

「……どうして、それを」

「そんなもの、顔を見ればわかる。お主の疑問はもっともかもしれんが、お嬢ちゃん、お主には何か反論はないかの」

「反論、ね。リーオが優しいのは私も知ってるわ。でも、結局私たちは何かを選択しなきゃいけないと思う。自分の中で優先順位をつけるの。でないと、何もかも失うことになりそうだから。魔族も仲間だと認めるとして、そしたら動物は? 虫は? 植物は? 最終的にはどこかで妥協しないといけないわ」

「ラナの考え方はわかるよ。でも、それを判断するのは感情で、理性じゃないと思う。僕らはどんなに平等に接しようとしても必ず無意識に対応に差をつけてしまうから、せめて意識だけでも平等に考えようとすることが大切だと思うんだ」

「平行線ね。まあ、リーオはしたいようにすればいいと思うわ。私もそうするし」


 この会話自体は、幾度か僕とラナの間で既に行われたことのあるやり取りだった。だから僕も彼女も互いの考え方は既にわかっているし、双方がそれを譲ることがないことも十分に理解していた。

言ってしまえば、ただの今の会話はただの確認に終わったわけだが、それを知らない老婆はなぜか感心したように頷いている。


「何よ、人のことじろじろと見て」

「いや、感心しておるのじゃよ。その若さにしては、いや、()()()()()()()()()としては珍しいと思ってのう」

「珍しい、ですか?」


 ロータスさんの核心を突いた発言に、僕は内心ヒヤッとした。

 もしや、この老婆は僕が他の世界からきている人間ではないかと疑っているのではないだろうか。

 そんな疑念が頭をよぎったが、僕はそれをすぐに否定した。

 いや、考えすぎだろう。ただ単純に、あまり見ないといった程度の意味に過ぎないはずだ。それに、よく考えてみれば別に僕が他の世界から来たということが発覚したところで別段問題にもならないような気もする。

 

 しかし、何がそんなにも珍しいのだろうか。僕たちぐらいの年齢にもなれば周りと異なる自分の意見を持つことなどよくあることだと思うのだが。

 僕の問いに、老婆は答える。


「そうじゃ。まず、お嬢ちゃんの理由にも驚いたのう。大抵魔族と戦うことに賛成の者はその理由として魔族が悪だというのじゃよ。魔族が魔族であるというただそれだけの理由で彼らを悪だと考える者がほとんどじゃ。しかし、お嬢ちゃんは違う。全てを助けることはできない、簡単に言えばそういったわけじゃな。それはつまり、助けられるのならば魔族でも助けたいということではないか?」

「……私は魔物が憎いわ。でもだからといって理由もなく死んでほしいとは思ってない」

「じゃが、お前さんらの故郷は魔族に滅ぼされたのではないのか?」

「確かに、私は村を襲撃した魔族、あるいは魔物たちが許せない。でも、それは襲った奴が悪いだけで、奴らの存在自体が悪かどうかは関係ないわ」

「なるほどのう。お嬢ちゃんの考え方はいくらかわかってきた……じゃが、妙じゃの……その考え方はフイアル教というより……」


 ラナの発言を聞いて納得しているロータスさん。しかし、その後怪訝そうに何かを呟いていた。その呟きは、とても小さかったため、僕にも上手く聞き取ることができなかった。

 

 会話を続けながら歩く僕たち三人。

 いつの間にか、結構な距離を歩いたことに気づく。先ほどまでとは雰囲気が変わり、周囲はとても閑散としている。


「もうすぐ儂の家につくぞ。この路地の突き当りじゃ」


 そう言って老婆が指さしたのは大通りから入っていく小さな路地だ。薄暗く人気のない雰囲気が漂っており、僕は警戒する。

 これまでの言動からして老婆からは悪意は感じられないが、それも一つの作戦なのかもしれない。世の中には確信犯という者もいるのだから、悪意がないことと身の危険がないことは必ずしもつながらないわけだ。怪しい場所では常に気を引き締めなければならない。

 隣にいるラナを見てみると、彼女も同じように考えているのか僕と目が合い小さく頷いた。


「この先、ですか?」

「そう不安そうにするでない。王都の地価は高いのじゃよ。儂のような一般人はあまり華やかなところには住めんでな」

「そう、ですか」


 一般人というようにはとても見えないのだがと僕は思った。なぜかはわからないがこの人には違和感を覚える。しかし、それをここで指摘してもどうしようもない。僕は大人しく老婆のあとに続いて路地に入っていく。

 すると、老婆の言っていた通り、突き当りに扉が見えてくる。そこがおそらくこの人の家なのだろう。

 台車を押しながら僕たち三人がギリギリ通れるほどの細い道をそのまま進んでいく。道路の整備もあまり行き届いていないようで、荷車の車輪がガタガタと音を立てる。その音は周囲が静かなこともあり、少し耳障りだった。

 荷車をぶつけないように気を付けながら進み、何とか扉の前までたどり着いた。


「着いたぞ。ここが儂の家じゃ。二人とも荷物を運んでくれたこと感謝するぞえ。さあさ、遠慮せずに中へと入ってよいぞ」




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