転生者の街にて(1)
マシロが目を開けると、そこは待合室のような狭い小部屋だった。
机や椅子といった家具のようなものは一切無く、石のように堅い素材で出来た足下には、黒い線で魔方陣のような図形が描かれている。
マシロは景色の変化の激しさに呆然としていると、目の前の扉から「コンコンコン……」とノックされる音が静かな部屋に響いた。
「はい、どうぞ」
「マシロ様……ですね? 今回は無事の転生、おめでとうございます……」
「その声、ラビさんですか?」
「はい、ラビです……。 べつの部屋を用意しましたので、……早速ですが移動してもらってもよろしいですか」
転生システムで声のみでやりとりをしていたので、ラビとマシロは互いに初対面となる。
扉を開けて姿を見せたラビは、『ラビ』という名にふさわしく、その頭には6組のうさ耳が生えており、それぞれが独立して動いているようにも見える。
そしてそれ以上にマシロに「異世界に転生した」という事実を突きつける何よりの証拠となった。
マシロはラビに促されて廊下を出て、すぐ隣の部屋に案内された。
そこは相変わらず物の少ない会議室のような部屋だったが、最低限、机と椅子は用意されており、机の上には紙の資料が数枚まとめられていた。
「それでは、マシロさん。 早速、転生の手続きを行います。
……まずはステータスカードの発行を行います……。 そちらの書類を読んで、同意いただける場合はサインを書いてください……」
「はい、わかりました。 あ、でもその前にラビさん、出来れば自分の姿を確認したいんですけど、どこかに鏡とかありませんか?」
「かしこまりました。 ただいま、鏡を用意しますので、マシロ様は書類に目を通しておいてください……」
そう言ってラビは扉を開けて部屋を出て行った。 おそらくどこかに鏡を探しに行ったのだろう。
マシロはその間、ラビに言われた通りに書類に目を通すことにした。
<<ステータスカード発行同意書>>というタイトルから始まる書類は、言ってしまえば簡単な同意書だった。
要約すると、
・ステータスカードを使用すると、ステータスが記録される。
・ステータスカードは、身分証明にも使うことが可能。
・ステータスカードを用いて、アイテムなどの鑑定を行うことも可能。
・ステータスカードの再発行には手数料がかかる。
のようなことが書かれている。
書類に目を通してしばらく待つと、ラビは一枚の紙切れを持って急いで戻ってきた。
「マシロ……さん。 そういえばペンを渡すのを忘れていました……。
同意書は、読んでもらえましたか? 内容を確認していただけたなら、そちらのサイン欄にサインを、お願いします……」
「はいわかりました」
マシロがラビから受け取ったペンで『水音 眞白』と書くと、紙が光の粒になって消え、代わりに一枚の透明なカードが現れた。
カードには<<使用者登録が完了しました>>というメッセージが現れた後、マシロの基本的なステータスが表示された。
マシロ=ミト
職業:冒険者
種族:碧眼紅眼アルビノダークエルフ(猫耳)
カードランク:無色
「それと、マシロさん……。 鏡も持ってきました。 今ここで発動しますね」
ラビはそう言って持ってきた紙を床に広げた。 紙には魔方陣のような図形が描かれており、ラビがその魔方陣に「えい!」と声をかけて魔力を流すと、幅一メートル、高さ二メートルの板状の銀色の物体が出現した。
ゆらゆらと揺らめいていた物体の表面は数秒で静まり、次の瞬間には一枚の巨大な鏡の板が完成した。
「これが、生まれ変わった私ですか」
鏡に映っていたのは、純白の皮膚に碧眼と紅眼を持ち、美しいブロンドの髪を持つ、小学生ぐらいの少女だった。
試しに鏡の前で「にこり」と笑ってみると、そこそこの美少女に見えないこともない。 当然、眼鏡はかけていない。 今後マシロが『眼鏡女』と呼ばれることはないだろう。
「やたらロリなのと、前世の面影は全く残っていないのには文句もありますが……、まあ、及第点です!
いえ、むしろ気に入りました!」
「それはなにより……です。 それでは、転生の手続きを、続けさせてもらいます……」