角兎討伐クエスト(1)
マシロたち四人組は、西洋風の城の前で馬車から降りた。
ウィスから、お礼の言葉と共に運賃を受け取った御者は、「それじゃ、お気を付けて!」と一言残して街から離れた別方向へと馬車を走らせる。
しばらく馬車を見送った後、四人が振り返ると、馬車の近づく音を聞いたのか、城を囲うようにしてある壁の門がズズズ……と音を立てながらゆっくりと開いていった。
「それでは皆さん、行きましょう!」
ウィスが声をかけると、残りの三人もこくりと頷いて、四人で並んで門を通り抜けていくことにした。
門の中は、幅が5メートルほど、長さが2メートルほどのトンネル状になっており、そこには機能性重視を重視したような軍の制服を着た職員が数名と、見た目を重視したような貴族風の服装をした中年男性が一人いた。
軍人達はこの門を守る役職で、中年男性の方は、クエストを受けにこの国に来た冒険者を出迎えるのが仕事のようだ。
ウィスを先頭に門の中に入ってきた四人の元に、たっぷり脂肪のついた身体を揺らしながら駆け寄ってくる。
「お待ちしておりました、冒険者殿! 私はこの国の大臣のレトリーです! 角兎討伐のクエストを受注して頂いたウィスタリア様ですね」
「はい。ウィスタリア以下四名、到着致しました。早速、クエストの詳細を伺いたいのですが……」
「もちろんですとも! ですがこのような場所では落ち着いて話も出来ませぬ。席を用意しておりますので、ご案内させて頂きたいのですが……」
「……わかりました。それではよろしくお願いします」
ウィスがそう答えると、レトリーは一安心したような表情をして、「ではこちらへどうぞ」と、門を抜けた城の中に四人を招き入れた。
レトリーは石畳の敷かれた道を進み、急勾配の階段を上って城内へと向かって歩いて行く。
途中、軍服をきた兵隊や使用人らしき格好をした人とすれ違ったが、その全員がレトリーに対して深く礼をして、レトリーはそれに対して丁寧に返事をしていた。
そんな様子を見て不思議に思ったマシロは、隣を歩いているウィスにひそひそと声量を抑えて話しかける。
「……ウィスさん、大臣自ら案内をするなんて、すごい良い待遇じゃないですか?」
「マシロちゃん、それはそうだよ。だって私たちはクエストツアーの一環としてここに来てるわけだから。そんなことしないけど、私たちが『このクエストは待遇が悪かった』って言っちゃうと、その噂はあっという間に広がって、国の信用にまで関わってくるからね」
「そうなんですね……でも、だったら普通の冒険者に依頼した方が良いんじゃないですか? 何でこんな、リスクのあるようなことをしているんでしょうか、この国は」
「そうだね。理由はいろいろあると思うよ。まず、リスクがあると同時に、うまくやれば宣伝にもなるってこともあるし、後は、クエストツアーだと『ギルド』からかなりの補助金が出るからね。あとは、冒険者に対する信頼ってのもあると思うけど」
「それは……そうなると、私たちも下手なことは出来ませんね」
「そうだよ。そこまで気にしすぎる必要はないけれど、少しは気を遣った方が良いかもね……特にミッシェル、気をつけてね!」
「俺かよ! って言うか、俺だけかよ!」
「そうだよ、ミッシェルはすぐ調子に乗るからね。マシロさんとウィス隊長は、大丈夫そうだけど……」
「おい! あまり調子に乗るなよ、スミス、お前だってなんだかんだ、あれだからな?」
ミッシェルとスミスがわやわやと小声で言い合っているのを見て、ウィスとマシロは顔を見合わせて苦笑した。
先頭を歩く大臣のレトリーも、いかにも冒険者らしい粗雑なやりとりを見て、思わず相好を崩すのを見て、慌ててウィスが声をかける。
「すいません、うちのメンバーが騒がしくて」
「いえいえ、ウィスさん。私どもは気にしてませんよ。それにいかにも冒険者らしくて良いじゃありませんか! ……それよりも、ご案内するのはこの部屋です。説明の準備をさせて頂きますので、中で少々お待ちください」
レトリーに案内されたのは、半円状の大きなテーブルがある、学校の教室の半分ぐらいの大きさの部屋だった。
中には制服を着た使用人が数名待機しており、部屋に入ってきたウィス達四人を、テーブルに備え付けられた椅子へと案内する。
あまり距離を離しても失礼という気遣いからか、10人は横に並べる半円のテーブルの半分以上は使わずに、一定間隔で外側からミッシェル、スミス、ウィス、マシロの順に座っておとなしく待つこと数分……
ようやく四人の気持ちが落ち着いてきた頃合いを見計らったかのように扉が開き、数枚の資料を手に持ったレトリーが部屋に戻ってきた。
「いやあ、お待たせして済まない。こちらが今回のクエストの資料になります。まずは目を通してください」
レトリーから受け取った資料に目を通すと、そこには角兎の目撃情報や、被害の情報が記載されていた。
それによると、主な被害はこの城がある場所から数キロ離れた場所にある農場で発生しており、足跡などから推測すると、50匹から多ければ100匹以上の角兎が生息しているという。
角兎は、角や毛皮や肉などの素材が高値で売れることもあり、クエストなどが発生しない場合は討伐することが禁止されている保護魔獣の一種でもある。
ただし今回の場合は、すでに無視できないレベルの被害が発生していることもあり、討伐数に制限はかけられていない。
むしろ討伐数が30を超えるごとに、追加報酬の用意すらあるという大盤振る舞いであった。
ミッシェルは、早々に資料を読むことを諦めて椅子にもたれかかり、マシロは、見慣れない用語が頻発するあまり「えっとつまり、これってどういうことなんです?」と、理解しようにも理解できない様子であった。
そんな中、スミスとウィスはしっかりと文章を理解している様子であった。二人で少し話し合った後、代表してウィスが顔を上げてレトリーに向かって右手をゆっくりと差し出した。
「レトリーさん、この内容で構いません。クエストを正式に受諾します」
「ありがとうございます、ウィスタリア様……」
レトリーはウィスの右手を両手でしっかりと包み込み、何度か手を上下させた。