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9話 雨宿り

 部活のない放課後、校舎から出た倉井 最中(くらい もなか)が校庭を通り帰宅していく。

 道路にさしかかったとき、ポツンと頬に水滴が落ちた。

 何事かと見上げると、辺りを包むように広がっている真っ黒な雨雲があった。今にも泣きそうな雰囲気だ。

 歩きながらカバンの中を確かめるが、やはり傘は入ってなかった。

 地底では雨なんて降らないもんな…倉井は独りごちる。目指すバス停にはあと少しだ。

 するとザーっと大粒の雨が急に降り始めた。辺りを見渡したが、一旦校舎に戻る以外は雨を防ぐ場所はなさそうだった。

 雨に濡れながらため息を一つつくと、倉井はトボトボと家へと向かう道を歩き始めた。


「最中くーーん!」

 倉井は呼ばれて立ち止まり振り返ると、葵 月夜(あおい つきよ)が傘を片手に向かってくるところだった。

「ずぶ濡れじゃないか!? 大丈夫かい?」

「はい。大丈夫です」

 葵が声をかけながら倉井を傘に入れる。

「家はここから近いのかい? 送って行くよ」

「いえ、バスに乗っていくので…」

「なんだと! それでは風邪を引くぞ!? 少し歩くがうちにきたまえ!」

「いえ、いえ。そんな……」

「いいから! 君が風邪を引いて部活を休んだら、わたしが寂しいじゃないか!」

 濡れた倉井の腰に手を回して引き寄せた葵は、強引に自宅へと進み始める。

 なんだか怖いとカバンを両手で抱きしめた倉井は大人しく葵の家へと連れられていった。


 なだらかな丘にそびえ立つ書院造りの家を見てビビった倉井。

 帰ろうとするが無理矢理に家の中へと連れてこられる。

「あら!? お友達かしら!」

 葵の母が倉井を見て嬉しそうに出迎えた。

「は、初めまして…」

 うつむいて照れながら言葉を交わす倉井。

「彼女は最中君だ。友人であり部員でもある。さ、お母さま風呂の準備を! 風邪を引かないうちに!」

「ほんと、よく見たら2人ともびっしょりね。早く上がって」

 葵の母に言われて倉井は気がついた。

 よく考えれば月夜部長の持っていたのは折り畳みの小さな傘だった。体をを引き寄せたのは、これ以上濡れないようにするためだったのだ。

 ちらりと感謝の意を込めて葵月夜に目を向けるが、彼女は気にした風もなく部屋へ案内した。


「さ、上着を脱いでくれ。いまから洗濯すれば2時間もあれば乾くから」

 自室に倉井を連れて来た葵月夜はさっそく制服を脱ぎだす。

「え!? ここで?」

「そうだが。大丈夫、お父さまは自室にこもってるから」

 ひゃーっと小さな悲鳴を上げる倉井を無視して制服を脱がす。

 そしてタンスから替えの下着を倉井に差し出す。が、彼女は受け取らずにジッと見ている。

「……」

「どうした?」

「あの…月夜部長のサイズは、わたしにはちょっと大きいかなって……」

「なるほど! わたしとしたことが! 少し待っててくれ」

 そう言うと下着姿の葵月夜は自室のふすまを開けて廊下を渡ると、向かい側のふすまに近づく。

(うみ)~。ちょっと下着を貸してくれないか?」

 すると内側から怒鳴り声が聞こえた。

「だめだかんね! 絶対イヤ! すぐわたしに泣きつく!」

「そう言わないでおくれよー。大事な友人が困ってるんだ! それに(うみ)と同じ地底探検部の部員なんだ。同じ部員が困ってたら助け合うだろ? なんてたって海は優しいから……」

「もぉおおおおおお!! 今度が最後だかんね! いいね!」

 ふすまが少し開いて新品の下着が放り出される。そしてピシャっと音を立てて閉じた。

「サンキュー! やっぱり海は頼りになるなぁ!」

 ふすまに礼を言いながら倉井に顔を向けてウインクする葵月夜。

 どんな家庭なの? 倉井は下着姿のまま戸惑っていた。


 風呂をあがり、ジャージに着替えた2人は居間にいた。

 倉井のジャージは月夜から借りたものだ。大きいサイズなので手足が余っていた。

 温かいお茶を飲んでくつろいでいた倉井に葵月夜が聞く。

「家に連絡しなくていいのかい?」

「あ! そうでした」

 カバンからスマホを取り出したところで葵の母がお茶菓子を持ってやってきた。

「ご両親に電話するの? どうせなら泊まっていけば? 嫌なら車で送って行くけど」

「え…」

 思わぬ言葉に倉井は戸惑う。

「なるほど! さすがお母さま! それがいいよ最中君!」

「えっと。どうしよう…そうします」

 短い思考の後、家に帰るのがおっくうになった倉井は同意し、家には部長の家に泊まると連絡した。


 やがて夕食どきになると葵月夜は母を手伝いに台所に向かってしまった。

 ポツンと残された倉井は手持無沙汰でテレビの番組をボーっと見ていた。

 そこに葵 海(あおい うみ)がやってきた。ポニーテールの美少女が寝巻き姿で葵の向かいに座る。

「あ、いたの? 初めまして。海です」

「あ…初めまして。えっと倉井最中です。し、下着ありがとう」

「いいよ。またお姉ちゃんが迷惑かけたんでしょ」

「い、いえ。そんなわけじゃ……」

 ハキハキして、あまり人の意見を聞かない海に姉妹だなぁと倉井は感じた。

 年上として話をリードしなきゃと倉井が話題を探していたところに姉の月夜が来た。

「ご飯の準備ができたよ。お! 海もいたのか! さ、一緒に食べよう!」

「何言ってんの!? あたしはお姉ちゃんの顔を見たくないから早く食べにきたんでしょ!」

「ふふっ。可愛いなぁ」

「違うよバーカ!」

 月夜が来るなり喧嘩腰の妹。倉井は目の当たりにしてアワアワしていた。

「さ、最中君も来たまえ」

「…はい」

 言われて姉妹の後を追う倉井。座敷の奥にある食卓へと通される。

 月夜の母がちょうどご飯を並べているところだった。

「あまりないけど最中さんもいっぱい食べてね」

 そう言われたが、倉井の目には5皿以上のおかずが並んでいただけで豪華に見える。

 皆が席に着くといただきますをして食事が始まった。

 葵姉妹がワーワーと言い合いしながら食事をとり、母が温かく見守っていた。

 たまに月夜が倉井に話題を振り、アタフタと対応する。

 賑やかな食事に兄妹のいない倉井は少し羨ましくなった。


 歯磨きを終えると倉井は月夜の部屋へと戻った。

 先ほどは慌ただしかったのでよく見ていなかったが、壁一面を支配している書籍棚にはびっしりと本が並んでいる。その他は机とベッドそしてタンスがあるだけの質素な部屋だった。

 本棚には難しそうな題名の本が並び、ある一角に前に教えてもらった“地底旅行”の書籍があった。

 倉井が興味深そうに見ていると寝巻き用のパーカーに着替えた月夜が後ろにいた。

「そのあたりは地底や地下都市、空洞説などの本なんだ。知ってるかい? あまり地下世界に関する書籍は少ないんだよ。たぶん地下は息苦しいから皆は興味がないかまもしれないね。ははは」

「でも、こんなにあるなんて凄いですよ」

「そうかい? でも、まだまだかな」

 そこで倉井はふと思った。前に夏野 空(なつの そら)に言っていたことを。

「本当は、月夜部長は詳しいんじゃないですか? その…地底について」

「しーっ! 空君には黙ってて!」

 唇に人差し指を当てて月夜がニコリとする。

 プッと吹き出した倉井はそのまま笑い、月夜も一緒に笑った。


 布団を並べて眠りにつく2人。

 もう寝たのかなと月夜に顔を向けた倉井は(つぶや)いてみる。

「月夜部長、寝ました?」

「どうしたんだい? もう寝てるよ」

「プッ、違います。その…わたし部長の事、勘違いしてました。もっと怖い人かと思ってたけど違いました」

「そうかい?」

「そうです。思ったより変な人でした。ふふふ…」

「なんてことだ…それも空君には秘密にしてくれたまえ」

「もう無理ですよ月夜部長」

「まいったなぁ……」

 それから互いに寝につくまでヒソヒソと2人は話し合っていた。

 向かい側の部屋で妹が聞き耳を立ててるとは知らないで。

 夜が明ける頃には、大降りの雨は上がっていた。

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