7話 お弁当を食べよう!
──昼休み。
高等学校の校舎横にある長屋の廊下で夏野 空は友人の春木 桜と一緒にお弁当を持って部室に向かっていた。
「なんで桜も一緒にくるわけ?」
「いけない? だってあの部長が怪しいから空を守らないとね!」
「もー取り越し苦労だよー」
二人はキャッキャと話しながら部室のドアを開ける。
と、そこには岡山みどりが折り畳みイスに座ってくつろいでいた。
「あら? あなたたちどうしたの?」
「葵部長たちとお昼の約束をしたんです」
夏野は答えながら長机にお弁当を置き、春木は頭を軽く下げてみどり先生にあいさつした。
「ふーん。私はサボりじゃないからね? 休憩中だし」
「わかってますよ先生」
ははっと笑う夏野。
夏野たちがお茶を用意したところで葵 月夜と倉井 最中が一緒に部室にやってきた。
「おー、皆揃ったな! ミドリちゃんもいるのか! っと、君は誰だい?」
葵が夏野の隣に座る春木を見つめる。
「春木桜です。空の同級生ってか、幼なじみで親友」
挑発気味に自己紹介する春木。夏野は肘で春木をこづく。葵は頷くとニコッと親指を立てた。
「よし! それじゃあ、弁当を食べようか! なんかこういうのはワクワクするな? 最中君!」
「は、はい! ドキドキします!」
違う意味で倉井は緊張していた。初めて友達と呼べる人たちと昼食することになったから。
粗相をしないよう気を引き締めないと! 倉井は密かに決意していた。
夏野たちの向かい側に葵たちが座りお弁当を広げる。
パタパタと夏野が動き、お茶を用意して葵と倉井の前に置いた。
「どうぞ葵部長、最中ちゃん」
「ありがとう夏野君! 気が利くなぁ」
「ありがと」
2人に礼を言われ照れながら自分の席につく。今度は春木が肘で夏野をつついた。
葵は机に置いてある4人の弁当を見る。
夏野は可愛らしくトマトなど野菜中心のおかずのようだ。春木は小さいハンバーグにゆで卵、ブロッコリーなどが入っている。
倉井はパスタらしく少し大きめのタッパに入っている。
最後に、きっちり等分に分けたおかずがびっしり入っている自分の弁当を見る。それぞれ個性的だ。
なかなか他人の弁当を見る機会がないので葵は面白いと感じていた。
そこにみどり先生が感想を言ってきた。
「へ~、倉井さんはスパゲティなのかぁ。あまり地上と変わらないのねー」
「いえ、ちょっと違うんですけど…」
倉井は恥ずかしそうに言うと、夏野がヒョイとパスタを一つまみ箸で取り上げる。
「ねぇ、一口いいかな? すっごく興味ある!」
「ど、どうぞ。お口に合うかわからないけど…」
短めのパスタでかなり太めだ。食べると腰のないうどんのような感じでスパイシー。
「なんか不思議な味だね。でも美味しいよ! ちょっとパスタと違うようだけど?」
「はい、ミミズですよ。あ、食用だから…」
「ミ!?」
倉井以外の全員が固まった。
「あ、味はよかったよ! そう! 姿は気にしなければいいし!」
自分は食べた手前、慌ててフォローする夏野。
「へ~。あたしもいいかな?」
春木が倉井の同意がないままパスタを取って口に運ぶ。
「モグモグ。んー確かにスパイシーだね。意外とイケるかも!」
思いのほか評価がいいのでニコニコと倉井は嬉しそうだ。
しかし、それを大きく開けた目で葵は見ていた。…ゲテモノ食いだ。こいつら勇気ありすぎるだろ!
そんな葵の様子を見ていた夏野が勧める。
「葵部長も一口どうですか?」
「い、いや、わたしは遠慮しておくよ。これ以上食べたら最中君の分が無くなるからね!」
「大丈夫ですよ?」
やんわりと断った葵だが、倉井の一言にダメになる。
「あら? 葵さんって怖いモノ無しかと思ったけど、こういうのに弱いんだ?」
からかうようにみどり先生が笑う。
ムッとした葵が言い返す。
「そ、そんなことは無いぞ! 夏野君たちだって食べたんだ、わたしだって……」
最初は勢いよかったが、段々と尻つぼみになってくる。
そこに夏野が提案してくる。
「それじゃあ、葵部長が食べられなかったら、これから私を名前で呼んでください! 食べられたら私が月夜部長って呼びますから!」
「…夏野君それだとわたしに何のメリットもないんだが?」
「いいえ、あります! 私の事を“空”って言えますよ!」
「いや、それが…」
「いいから食べます? 食べないんですか?」
夏野の物言いにタジタジとなる葵。
隣で見ていた春木は口に手を当てて笑みを隠している。なるほど“ポンコツ”だな、確かに。
しかたなしに倉井のタッパから1本のミミズをプルプルと震える手で取り上げる。
全員が注目する中、ゴクッと喉を鳴らす葵。目をキョロキョロさせて周りを確認する。
……駄目だ視線が集中している。食べるふりして逃げようとしたけど無理。
ギュッと目をつむると意を決して口の中へと入れた!
ハッと気がついた葵は体を起こすと、体にかかっていた毛布が落ちた。
……ここは?
白いベッドの回りにカーテンがかかっている。どうやらここは保健室のようだ。
するとシャーッとカーテンが開かれ、明るい陽射しと共に夏野が現れた。
「月夜部長! 大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫。どうしてここに?」
「いやだなー、最中ちゃんのランチを食べようとしてそのまま倒れちゃったんですよー」
苦笑いで夏野に答えられ、ハタと葵は思い出した。
そうか、最後までは無理だったか…葵はうなだれた。
ニコニコと笑顔の夏野がベッドに腰かける。
「それでは約束を守ってくださいね?」
「むぅ、しかたない。そ、空君」
「はい!」
嬉しそうに夏野が返事をする。しかも、さりげなく自分の名前を呼ばれていたのに気づかない葵。
──グゥーーー
葵のお腹が盛大に鳴る。
ハハハと照れ笑いした葵に食べかけの弁当を夏野が差し出す。
「これ。月夜部長のです。冷蔵庫に入れて保管してましたから」
「ありがとう空君」
倉井の弁当じゃなくてホッとした葵だった。