6話 お宅訪問! その2
キッと盛戸 沙知を睨む葵 月夜。
「嘘だ! だって胸がないじゃん?」
「うっ!」
盛戸は大ダメージを受け、床に倒れる。が、葵は追撃する。
「どう見たって美男子じゃん?」
「ううっ…」
ビクンと盛戸はダメージを受ける。
「それにスカートはいてないじゃん?」
「葵部長それは変ですから。女性だってズボンはきますから」
夏野 空が冷静に突っ込む。
「盛戸さんをいじめないでください! 葵部長!」
倉井 最中が盛戸をかばう。
「なんてことだ……。理想の人に出会えたのに……いや、まてよ。しかし…だが…う~ん」
葵はブツブツと口を動かしている。あまりの動揺で混乱しているようだ。
なんとか立ち直った盛戸は倉井の手をかりて立ち上がる。
こっちはこっちでブツブツと「もっと女らしくしなきゃ…でも、髪を伸ばす? ううん違う? 服装から…」などと呟いていて、ショックを受けていたようだ。
しばらくして、夏野と倉井は2人をなだめて落ち着かせることに成功すると先を急いだ。
通路を進むといくつか枝分かれしていて、その内の一つを倉井は迷うことなく選んでいた。
やがて通路の途中にあるドアの前で止まった。
「ここです。わたしも久しぶりなんです」
「ん? 久しぶり?」
ここから毎日学校に通ってるわけではないのか? 葵は疑問に思った。
さらに気がついたことがある。
色恋沙汰に気を取られて本来の目的を忘れてたことだ。憧れの地底都市に来ていたのに、まったく周りを見ていなかったことに葵は後悔した。
そんな葵のことなど気にしていない倉井はドア横の呼び鈴を押す。
するとドアが開き中年の男性が出てきた。口ひげを生やして、やや小太りだが骨太そうな体格をしている。
「こんにちは、よく来たね。最中の父です。さ、どうぞ」
柔らかい声で倉井たちを中へ案内する。
葵と夏野が挨拶して自己紹介する。だが倉井の様子を見て葵は不思議に思った。久しぶりにしては淡々としているな…。
室内は2DKのマンションみたいな間取りで何か地上の物件とあまりかわらない。
リビングに通された葵たち、そこには倉井の母がお茶を用意しているところだった。
「あら! 思ったより早かったわね。さ、座って!」
明るい雰囲気に葵は自分の母親を思い浮かべて比較した。そして、お土産の入った紙袋を渡すと喜ばれた。
それぞれソファーに座ってお茶をもらう。
ふぅと一息つけた葵がグッと身を乗り出した。
「ところでどうして地下で生活しているんですか?」
聞いた倉井の父と母は顔を合わせると笑い合う。
「ははは、すまない。我々は昔からだからね、どうしてもと聞かれても答えに困るわけだよ。それに、我々は一か所に留まることなく地下を移動しているんだ」
「まるで遊牧民みたいな感じですね」
「そう、それだ! 地下資源は乏しいので採取しながら移動していくんだ。それを売ったりして生活しているんだよ」
倉井の父親はそういうと満足したようにお茶をすすった。
それまで話を聞いていた夏野が質問する。
「ちなみに町とかはあるんですか?」
「いや、地上で言う町などは無いな。我々は家族単位で生活しているんだ。たまに出会ったときは物々交換などをしているね」
答えを聞いて葵はガッカリする。
ということは、あの通路が延々と続いていて、たまに居住ドアがあって人がいる…思ったのと違って寂しそうな感じだ。
そこに倉井の母親が口を開いた。
「私達の生活だとなかなか友人ができないから、最中に友達ができてよかったわ」
嬉しそうに娘の腕をなでる。最中は照れて下を向いていた。
行きに乗ってきた円筒形の小屋は大型のエレベーターで、地上からの物資の搬入や地下でとれた資源の搬出に使っているとのことだった。
地上にはいくつか同じような施設があり、そこで地上と地下との交流があるようだ。
エレベーターが地上に出るのに時間がかかるということで、葵たちは早めに帰ることにした。
倉井一家も総出でエレベーターの所まで来るようだ。
エレベーターの入り口には恐々と盛戸が待っていた。
葵を発見すると身を隠す場所がないので壁に張り付いて注視している。
その様子を見た葵は気恥ずかしそうに盛戸へ近づいていき、目の前まで来と声をかけた。
「そ、その…先ほどは申し訳なかった! 怖がらせるつもりはなかったんだ! せめて友達になってください!」
頭を下げ、右手を差し出す葵。
「ごめんさい。イヤです! キライです! 近づかないでくださーーい!」
間髪入れず盛戸が叫ぶ。
そのままの姿勢で固まる葵。まったく動く気配がない。どうやらショックで動きが止まったようだ。
夏野と最中は黙って葵を引きずりエレベーターのイスへと連れていく。
すると倉井ファミリー全員がイスに座り、シートベルトを締めていた。
あれ? と思った夏野は最中に聞く。
「ご両親も地上に出るの?」
「ううん、うちは地上で暮らしてるよ。今日は空ちゃんたちが来るから、降りてきてもらったんだ」
「ええっ! やらせ!?」
「違うよ。仕込み」
ニコッと答える最中。どう違うのか…夏野は思った。
「まあ、ずーっと地下で生活するのは厳しいもんな。ワハハ!」
なに当たり前のこと言ってるの的な感じで最中の父が笑う。
……何とも言えず夏野は愛想笑いで合わせた。
あとで葵部長が知ったら、なんて思うんだろうか…不安を覚えていた。
いつの間にか盛戸も乗り込んでイスに座ると、備え付けの電話機を操作する。
するとゴウン! とエレベーターが震えて登り始めた。
行と違って帰りはゆっくりと上へとあがっていく。
夏野はしばらく倉井ファミリーと世間話をして暇をつぶしていたが、ネタが無くなると静かになった。
なんでこういうときに葵部長は固まってるの? いつまでも復活しない葵に夏野は腹を立てていた。
そして、なんとも気まずい沈黙が地上まで続いていた──
「ハッ! ここは!?」
「もう地上ですよ葵部長」
気がついた葵に夏野が教える。
葵は頭を巡らし周囲を見る。そこは最初に訪れた倉庫前だった。
そこには倉井ファミリーとびくびくしている盛戸がいた。
「な、なんで皆さんお揃いで……?」
訳も分からない葵はプルプルと震える指をさす。
「えーと、倉井さんの家族は少し離れた場所のアパートで暮らしてるそうです。盛戸さんは別のアパートで」
「は?」
「だから今は地底で暮らしていないそうです」
夏野の解説に葵は脱力する。
それでなんとなく察した。
これは私たちをもてなすために仕組んだことだったのだ。だから久しぶりに訪れたと本人は言っていたのか……。
なんて良い人達なんだろか。
心遣いに感動した葵は、倉井ファミリーと盛戸に向け腰を90度に曲げた。
「おつかれさまでしたーー!」