3話 そもそも何で?
市立深原中学校・高等学校。葵 月夜たちが通う学校だ。
その昼休み、高等学校1年A組の教室で夏野 空と友人の春木 桜は机を挟んで持ってきたお弁当をそれぞれ広げていた。
「へ~面白いねー、その地底人って。どこの組?」
昨日の顛末を耳にして、だし巻き卵を食べながら春木が夏野に聞く。
「さあ? 少なくともわたしたちと同じA組じゃないよね。だとするとB組かC組じゃないかな」
ミートボールを頬張りながら夏野がどうでもいい風に答える。
ほんと葵先輩以外には興味が薄いなーと春木は思った。だいたいなんであんな茶髪の不良じみた先輩に好意を感じるんだろうか? いつも葵先輩の話題をする夏野に友達として危機感をつのらせていた。
「でも大丈夫なの? 葵先輩って怖くない?」
「え~、全然平気だよー。むしろポンコツだよー。どちらかというと引退した先輩たちの方が怖かったかなぁ…」
「ああそうねー。3年の人たちってギャルギャルしかったもん」
春木は東京のギャル然とした3年生のグループを思い出す。いや、東京のギャルがそうだとはわからないが。この田舎では遠く離れた東京はテレビ画面やネットを通じてしか知らないのだ。
ふと思って春木は聞いてみる。
「だけど、なんでそんな3年ギャルが部にいたの?」
「葵部長が言うには、校舎裏で授業サボって暇してた先輩たちを誘ったら入部してくれたみたい。でも、わたしが思うに、ダベる場所が欲しかったんじゃないかなー。私達が部活してても興味無さそうだったし」
「ふーん。人数あわせかぁー。でも、そのお陰で噂になってたよ」
「なんの?」
「深原高ギャルチームが東京に乗り込むとかなんとか…」
「ブッ!」
あまりの誇張ぶりに夏野は吹き出した。
目の前の春木はカラカラと笑ってその様子を見ていた。
放課後、夏野が部室に来ると、倉井 最中が1人、イスに座って待っていた。
「ちわ~、最中ちゃん早いね! あれ? 葵部長は?」
夏野が聞くと倉井は首を振って部長がいないことを示した。
口ベタなのかしら…? 夏野は倉井の隣に座る。
「ところで最中ちゃんって何組?」
「C組です」
「だからかぁー。わたしはA組なんだ。今度、お昼を一緒に食べない?」
コクコクと頷く倉井。同意してもらえた夏野は笑みを深くした。
そこで夏野はハタと気がつく。
「じゃ、じゃあ、葵部長も一緒だといいと思わない? そうだよ! 部員が一緒にお昼したっていいじゃない!」
再び頷く倉井。
手元をモジモジしていた倉井が夏野に何か言おうとしたとき、
バン! 部室のドアが豪快に開いた!
「遅くなってすまない!」
なにやら大荷物を持った葵月夜が現れ長机にまとめて置くと、ぐったりとイスに腰掛けた。
「は~、ミドリちゃんにつかまって、先輩たちから回収した荷物を持たされたよ~」
夏野は目の前に置かれた電気ポットや小型冷蔵庫などに“岡山みどりの私物!持ち出し厳禁!”と真新しいシールが貼ってあるのに気がついた。倉井は興味深そうにそれを眺めていた。
それから回復した葵部長の指示でみどり先生の私物を所定の位置に置くと電気ポットでお湯を沸かしてお茶をいれる。
一息ついた頃、倉井が葵を見て小さく手を上げた。何やら言いたいことがあるらしい。
気がついた葵がビシッと指をさす。
「はい! 最中君なにかな?」
「あの…この部って何をするんですか?」
モジモジと上目づかいで尋ねる。
「ん? ミドリちゃんは詳しく教えなかったのか?」
「なんか地底を探検するとかなんとか言ってましたけど……」
「ふ~やれやれ」
両肩を上げて首を振った葵は自分のカバンから一冊の本を取り出し、長机の上に置いた。
「これは知ってるかね?」
「えっと“地底旅行”? いえ。知りませんけど…」
おずおずと本のタイトルを読んだ倉井は不思議そうな顔をしている。本当に知らないようだ。
納得して頷いた葵は本を開き挿絵を見せる。
「これはフランスのジューヌ・ヴェルヌが1864年に発表した古典的なSF小説・冒険小説である。日本語タイトルは…」
「葵部長! ウィキペデ〇アまんまです!」
夏野のがスマホ片手に突っ込みをいれると葵は口を閉ざした。
そっと倉井は夏野のスマホを見て内容を把握する。
「オホン! つ、つまりだな、わたしは中3の冬に図書室でこの本と出会い衝撃を受けたのだ! それから地下世界や地底都市に魅せられてこの部を作ったというわけだ。言うなれば地下世界や地底都市を見学もとい探検する部だな」
「…浅いですね葵部長」
初めて知る事実に夏野は驚いた。だって、ほんの一年と少し前の事で、しかもそれほど熱心に調べてる感じもないからだ。
夏野の感想にムッとした葵は問いかける。
「確か夏野君は洞窟が好きだとかいっていたが、当然わたしより年季が違うんだろうね?」
「はい! 私、小学5年のとき親に連れられていった鍾乳洞に感動して、それからずっと好きですね。写真集をいくつか持ってますよ」
「な、なんだと…。すこぶる研究熱心じゃないか夏野君。……わたしの完敗だ」
すんなりと負けを認めてガックリと肩を落とした葵は、お茶を一気に飲み干す。
「で、でもでも、この間、部で鍾乳洞に行ったじゃないですか! 葵部長も立派な探検者ですよ!」
「そ、そうかな?」
「そうです! そうです!」
「よし! もっと探検して実績を上げるぞ! な、みんな!」
「おー!」「おー」
夏野のフォローにすっかり気を良くした葵は握りこぶしを突き上げ、倉井たちも後に続く。
葵は壁に並んでいるカラーボックスからこの地域の地図を取り出すと机に広げた。
「とりあえず今日は次の遠征に向けて計画を練ろう! 夏野君はどこか希望はあるかな?」
「そうですねー。秋芳洞に行ってみたいです!」
「それはどこだい?」
「えっと、山口県だったと思います」
とたん葵の顔が曇る。空気が変わったのに気がついて夏野が確かめる。
「…葵部長?」
「すまない! そんな遠くへは部費では足りないのだ! 自腹で行くにしても旅費が……」
「あっ! 気にしないでくださいっ! 今は行けないかもしれないけど、これからコツコツ積み立てましょうよ? ね?」
行くのをやめる選択肢に無い夏野が提案してきた。
葵はてっきり諦めるかと思っていたが当てが外れた。これで部室での飲食代が消えてしまうのか……。
いやいや、まてよ。月に500円づつ貯めるようにすれば、おやつ代は消えない…。葵の頭はフル回転で計算し始めていた。
そこに倉井が再び小さく手を上げた。
「なにかな? 最中君」
「あの…うちに来ませんか? これでも地底人ですし、地下に家がありますよ?」
その言葉に葵と夏野はハッと気がつく。
すっかり忘れていたが倉井は地底人だったのだ。当然、地底に住む世界がある。
「それだーーーー!!」
葵は倉井に指をさしながら絶叫した。