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196話 クリスマスだ!

 雪が積もる本格的な冬になり、とうとう例の日が訪れいていた。

 そう、念願のクリスマス。

 葵 月夜(あおいつきよ)の家では準備が進み、地底探検部の部員たちも集まって手伝っていた。

「うむ、こんなものかな。そちらはどうかな空君?」

「ほとんど終わりましたー。あとは雪先輩たちのケーキを待つだけです!」

「ふふふ。楽しみだな」

「ですね!」

 月夜と夏野 空(なつのそら)が楽しそうに話している。

 ケーキ担当の秋風 紅葉(あきかぜもみじ)冬草 雪(ふゆくさゆき)がくれば完璧だ。

 倉井 最中(くらいもなか)葵 海(あおいうみ)は座布団を人数分セットし、春木 桜(はるきさくら)吹田 奏(ふきたかなで)も惣菜の配膳を手伝っている。

 暖房で暖められた広間では皆が主役の登場を待ちわびていた。


 部員たちが楽しく待っている間、夏野と倉井は静かに燃えていた。

 この日のために選んだプレゼントが、あと数時間で相手に渡すことになるから。

 二人ともいつもよりオシャレをしてはやる気持ちを抑えていた。そう、勝負になる運命かもしれない日だから胸の高まりも当然かもしれない。

 相手の葵姉妹はいつもと変わらぬ態度で皆と接している。

 緊張したおもむきの倉井の表情は硬い。

 そんな倉井に屈託(くったく)のない顔を向ける海。

「どうしたの最中? なんかぎこちないけど」

 こてんと首を斜めにして最近下ろした髪がさらさらと流れる。

 ただでさえ美少女なのに、いつもより十倍は可愛く見える。頬を染めた倉井は余計に緊張してきた。

「う、ううん。普通だよ?」

「全然普通じゃないし。ひょっとしてトイレ我慢してるの? ケーキが来る前に行ってきたら?」

「そ、そうする」

 自分の気持ちを誤魔化すように倉井はそそくさとトイレへ逃げるように向かった。

 こんな調子でプレゼントはちゃんと渡せるのだろうか? ドキドキしつつ足早になる。

 そんな倉井の背中を変なのと海は不思議そうに見つめていた。


 しばらくすると大きな包みを持った秋風と冬草がやってきた。

 どこかで合流したのか岡山(おかやま)みどり先生と岩手 紫(いわてむらさき)先生も一緒だ。

「お待たせ! 雪と二人で作った愛の結晶を持ってきたよ!」

「愛の結晶って言うな! 勘違いするだろ!」

 にこやかな秋風に冬草がツッコミを入れる。その後ろでは、みどり先生と紫先生が苦笑していた。

 諸手を挙げて歓迎された秋風たちは、用意されたテーブルの真ん中に包みを置いた。

 上着を脱いで荷物とまとめて隅へ寄せた秋風たちは、再びテーブルの前についた。

 みどり先生と紫先生は気を利かせた部員たちが二人並んで座れるようにしている。テーブルを離して別の島のようにしてもよかったが、それだと疎外感があるように見えたのでやめたようだ。

 次々に飲み物が運ばれ、皆の前に並べられる。

 そして皆が見守る前で秋風が包みを解いて中身を公開した。

「じゃじゃーん! これが愛の結晶よ! 存分に味わって!」

「「「おおーーー!!!」」」

 部員たちの感嘆の声が上がる中、見事なクリスマースケーキがどどーんと存在感あらわに登場した。

 生クリームに包まれた二段重ねのスポンジ。そこにはメリークリスマスとチョコで書かれている。少しアンバランスなのは冬草が担当したからか。

 ケーキの段差と上部に蝋燭をイメージしたイチゴが赤々と照らして取り囲み、部員たちを模した砂糖菓子が楽しげに並んでいる。そこに散りばめられたフルーツが彩りを添えていた。

 見た目も賑やかだが、美味しそうな出来栄えに自然と部員たちの喉を鳴らした。


「最後のケーキも来たことだし、それでは始めよう! メリクリーーー!」

「「「メリクリーー!!」」」

 月夜の掛け声に部員たちがジュースの入ったグラスをあげて祝う。

 そしてクリスマスパーティーが始まった。

 今回は月夜と海の母も最初から参加している。みどり先生たちと雑談で盛り上がっているようだ。

 からあげやチキン、サラダなどのお惣菜に手を伸ばす部員たち。さらに大皿にのったパスタやグラタンに目を光らせていた。

 頃合いを見てケーキを切り分け、それぞれが味わう。

「おいしーーー!」

 幸せそうに頬を膨らませた夏野が感想を叫ぶ。

 隣で食べていた月夜や倉井も口をもごもご動かしつつ賛同の(うなず)きをしていた。

 ケーキの層になったスポンジの間には、生クリームに包まれたフルーツが顔を覗かせている。

 どこを切っても美味しいケーキに部員や先生、月夜の母は満足そうに味わう。

 去年の各自が持ち寄ったパーティーも楽しかったが、今回のように役割を決めて用意したのも一貫性があって楽しい。

 弾む会話に美味しい食事。親しい友人たちとすごす時間はとても温かく流れていた。


 お腹も満たされ頃合いを見た夏野はさっそく行動することにした。

 自分のリュックに向かうと小袋をとりだした。

「みなさん! ハッピークリスマス〜! プレゼントでーす!」

 そう言いながら部員たちへ配り始める。

「さすが部長! ありがとうございま〜す!」

 感激した吹田が受け取りながらヨイショして、他の部員たちも嬉しそうに手を伸ばしていた。

 そう、これは撒き餌。

 こうやって皆に配っておいて、後からこっそり本人に別のプレゼントを渡すための餌なのだ。

 サプライズを演出しつつ、本命にしっかりと印象づけを行う夏野の計画。

 しかも、皆に配るプレゼントは部費を使っている。さすが部長の夏野はちゃっかりさんなのだ。

 素直に喜んでいる部員たちに夏野は計画が順調に進んでいるとほくそ笑んでいた。


 やがて夏野が待ち望んでいたときがやってきた。

「うむ。お腹がちゃぽんちゃぽんだ」

 ジュースを飲みすぎた月夜がトイレへと立ち上がったのだ。

 月夜が廊下へと姿を消すと、後を追うようにプレゼントを胸に抱えた夏野がダッシュする。

「月夜先輩〜〜」

「うん? ああ、空君か。おしっこが漏れそうなのか?」

「違います!」

「それはすまない」

 月夜は自分と同じと勘違いしていたようだ。

 ここは勢いが大事と胸に抱えていたプレゼントを月夜に差し出した。

「こ、これ! 月夜先輩にプレゼントですっ!」

「おおっ!? 私にか! ありがとう空君!」

 驚いたが嬉しそうに月夜が受け取る。

 やり()げた夏野は内心ホッとしていた。このチャンスを逃したらいつ渡せるのかわからないから。

 そんな夏野に月夜がポケットからリボンのついた小さな箱を夏野へ贈った。

「これは私からだ。いつもありがとう空君」

「はえ!?」

 まさかお返しされるとは思わなかった夏野は戸惑いながらも箱を手にする。

 徐々にプレゼントをもらった実感が込み上げてきて、夏野の顔が赤くなっていく。

「あ、ありがとうございます! すっごく嬉しいです!」

「そんなに喜ばれるほどの物ではないんだが、嬉しそうでよかった」

「絶対に大切にしますね!」

「ふふ。私も空君のプレゼントを大事にするよ」

 にこりと微笑んだ月夜に改めて惚れ直した夏野は、真っ赤な顔で笑顔になる。月夜がちゃんと自分のことを考えてくれていたことに気がついたから。

 心臓はドキドキと早鐘のように鳴っているが、それが気にならなくなるくらい夏野は嬉しさで胸がいっぱいだった。

 月夜も照れているようでそわそわと体を動かしている。

 ひょっとして意識してくれているのかなと夏野が思っていると月夜が汗をかきはじめてきていた。

 何を焦ったのか急に夏野の両肩をつかむ。ドキっと夏野の心臓が飛び跳ねた!

「そ、空君!」

「はいっ!」

「もう我慢できない!」

「はい!」

「も、漏れそうだから先にトイレに失敬するよ!」

「はい?」

「では後で!」

 そう言うと月夜はぴゅーっとトイレに駆け込んでいってしまった。

 そっちか…期待していた展開と違った夏野は肩透かしをくらった気分。

 とはいえ目的は果たせたので問題はないが、もうちょっと盛り上がったらよかったのになと夏野はちょぴり残念がった。


 まだチャンスはあるからと、夏野は気を取り直して広間の方へと振り返る。

 と、そこには廊下を覗き込んでいた部員たちがいた。皆、にやにやと夏野に顔を向けていた。

「……見てました?」

「おたくらの声がよく通るからな」

 代表して冬草が答える。

 かーっとさらに顔が赤くなる夏野。こんな一部始終を見られたら恥ずかしすぎる。

「ふぁあああー--! 見なかったことにしてぇえええー---!」

 頭を抱えた夏野が叫ぶ。

「わははは。まーとにかくプレゼントを渡せてよかったな!」

 冬草は笑いながら言うと顔を引っ込め、他の部員たちも後に続いた。

 告白するところを見られたような恥ずかしさに夏野はぎこちない動きで席に戻っていった。

 もはや夏野が月夜のことを好きなのを知っている部員たちは、(ねぎら)いの言葉をかけて励ます。

 ただ、月夜の母だけは優しい眼差しで夏野を観察していた。そう、母はこの日に初めて知ったのだ。娘に好意を寄せる人物に。

 今までのことを思い出して、そういうことかと合点がいった。なんとも初々しい恋心に月夜の母は可愛らしいと微笑んでいた。

 そんな親バレに気がついていない夏野は、がんばった成果を春木たちに釈明していた。


 ちなみに倉井は、夏野と月夜が廊下にいて部員たちが注目しているうちに海にこっそりとプレゼントを渡していた。

 海ははにかみながらも嬉しそうに受け取り、用意していたプレゼントを倉井にお返ししていた。

 終始二人は(なご)やかに進んで、ほっこりと自分たちの世界に包まれていた。


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