195話 トンネルだ!
どんよりと灰色がかっている一面の空は、冷たい風と相まって冷凍庫に閉じ込められた気分になる。
本格的な冬の到来に葵 月夜はブルブルと体を震わせた。
「さ、寒い……そ、空君、早く暖かいところへ行こう!」
「なんでミニスカはいてきたんですか? もう少し暖かい格好してくださいよー」
「むう。おしゃれは我慢なのだ」
上着だけはもこもこの暖かい格好なのにミニスカートで来た月夜。
さっきから夏野 空の視線は月夜の艶かしい太ももに釘付けだった。
しかし、パンチラできそうなスカートの短さに夏野は嬉しい反面、季節感のない服装に不満のようだ。
気を取り直した部長の夏野は、地底探検部の部員が集まっている方へ向いた。
「それでは移動しまーす。きっと地下は風がこないから暖かいはず」
「マジかよ。確証がないぞ!?」
月夜と同じように震えている冬草 雪がツッコミを入れる。
そんな声を無視して夏野はスマホを取り出して地図アプリを起動させると歩き始めた。
「それじゃあ行きますよー! 月夜先輩たちもちゃんとついてきてくださいねー!」
先導する夏野の後を部員たちは追いかけるようについていく。
完全防寒仕様で全身が着膨れている岡山みどり先生は、温かいうどんが食べたいと現実逃避していた。
この日は部活動で学校裏手の畑を突っ切り、住宅街を抜けた先へ向かっていた。
夏野が地下空間を探していると母に相談したところ、なんと心当たりがあると応じてもらっていたのだ。
喜んだ夏野は母から詳細を教えてもらい、地図にピンを立てた。
しかも、その場所は学校から歩いていける距離にあるのだ。
これはいける! 寒い部室より校外へ出て体を動かしていた方がまだ暖かい。
寒い中で身を寄せ合うのも月夜と密着できていいが、少し物足りない気がする夏野であった。
母の話を信じればちょっとした地下道があるということだったが……。
不安定な天候に自然と足が早くなる。
ここは部長として部員たちを鼓舞しようと夏野が振り返る。
「みんなーあああ?」
夏野が目を見張る先では遅れて部員たちが体を寄せながら、ひと固まりの集団で歩いている姿がそこにあった。
どうやら一人で冷たい風に吹かれながら歩くより、固まったほうがいいと気がついたのだろう。
まるで南極の猛吹雪に耐えるペンギンの円陣のようだ。ペンギンと同じように中側と外側がたまに入れ替わっている。
「ず……」
プルプル震えた夏野は月夜たちの方へ駆け出した。
「ずるいーー!! わたしも入れてぇーーー!!!」
叫んだ夏野が円陣へと突っ込む。
ついでに月夜の隣にちゃっかり入りこんで加わった。
奇妙なひと固まりの物体が道路をもそもそと進んでいる。
女子高生の集団が互いに密着しながら、おしくらまんじゅう状態で歩いている。
遠目で見ると多脚の妖怪のように見えなくもない。幸いにも通りに人影はなく、通報される事態にはならなかった。
しかしと、夏野は思った。
これって部室にいるときと変わらなくない? むしろ移動している分、大変だ。
互いの足を踏まないようにそろそろと進み、体が離れないよう相手をしっかりとつかまえている。
だが、隣でハーハーと荒く息をつく月夜に身を寄せ、まんざらでもない夏野だった。
そうこうしている内に目的地へと近づいてきている。
「もう少しですよ!」
「ふむ。住宅地を抜けて辺りは田畑だけだが。とても地下への道があるようには見えないな」
「ふふふ。それがあるみたいなんです。わたしも初めてだから不安ですけど」
「はっはっは。安心しろ空君。私も同じように不安だよ」
あはははと不安同士、夏野と月夜はから笑いして誤魔化している。
そんな二人の会話を聞いていたみどり先生は、やっぱり鍋がいいかなと現実逃避を続行していた。
しばらく田畑の間を進んでいくとちょっとした丘が見えてきた。
すると道がその丘の下へと向かっていく。
「おお! あれがひょっとして地下道かな!?」
「た、たぶん?」
月夜の指摘にスマホに表示されているマップを確認しながら夏野が答える。
地図上では地下になるトンネルの存在が表示されていないので、確実だと夏野は断言できなかったのだ。
この深原のような地方ではストリー○ビュー的なものもないから、実際に見るまではわからない。
やがて道は曲がり、歩道だけが分離して真っ直ぐ先へ延びている。
歩道はやがて下っていき、ぽっかりと空いたトンネルの中へと続いていた。
「やっぱりありましたよ!」
本当にあってホッとした夏野が嬉しそうに指をさした。
月夜も確認すると難しい顔をする。どうやら元部長として近隣で知らない場所があったことに傷ついたのだろうか。
「こんなところに地下へ続くトンネルか……意外とご近所に地下が多い。ひょっとして灯台下暗しか?」
「あまりこっち側には来ませんからね」
「確かに。我々は駅方面にばかり行っていたからなぁ。反対側のこちらは未体験ゾーンだな」
「あはは、ですね」
笑う夏野と月夜。
特に月夜は傷ついていなかったようだ。むしろ遊び場が増えてラッキーとすら思っているよう。
しかしここで問題が起きた。
「そ、空君。この状態ではトンネルに入れないぞ!?」
「あ!? 確かに、こんなに固まっていると無理ですね。寒くなりますが、離れましょう」
「ううっ。ポカポカで良かったのに……」
残念そうな月夜を置いて、部員たちはバラバラに分離した。
密着していて暖められた部分が、つめたい風に一気に冷める。
ぞぞぞと背中に悪感が走った。
「うぉーーーー寒い!!!」
「我慢してくださいよー。おしゃれは我慢って言ったじゃないですかー」
「それでも寒いーーーーー!」
月夜と夏野が騒いでいる間、みどり先生はトンネルの先を見た。
幅三メートル弱ある半円状トンネルの天井には蛍光灯が一列に並び奥へと続いている。
ねずみ色の天候だが、トンネル内は薄明るく照らされていて思ったより怖くない。
「これなら安全そうね。夏野さん行きましょ」
「あ、はい!」
みどり先生に言われて夏野が先頭に立ち、怖がりな月夜はその後ろへピッタリとくっついた。
「それじゃあ、行きますね! レッツ冒険!」
夏野が皆に声をかけ、トンネルへと突入する。
多少湿った空気を感じるが、整備されたトンネル内は経年劣化で汚れているぐらいで歩きやすい。
地下へと下り、一本道のトンネルを感想を言いつつ進む部員たち。
予想より長いトンネルはやがて上へ向かう坂となって出口の空を見せていた。
あっけない終わりに夏野は少しがっかりした。
「もう終わりですね」
もうちょっとハプニング的なことを期待していたのだ。それで月夜と密着できればと胸の内でドキドキしていたのに。
しかたなしに出口へ向かうと世界が一変していた。
「ゆ、雪だ!」
思わず月夜が叫ぶ。
そう、トンネルを抜けたら白い雪景色。
薄暗い空からはちらほらと小さな雪が降っている。
「どうりで寒いと思ったよ。もうすっかり雪が積もっているじゃないか」
「で、でもでも変ですよね? トンネルを入ってきたときは降ってなかったじゃないですか。それに積もるほど長く歩いてないですよ?」
「うーむ。実に不思議だ」
トンネルを出た先で話す月夜と夏野。
そんな二人に構わず他の部員たちははしゃいでいる。
「わー雪!」
「積もっているから何か雪だるま作ろうよ!」
倉井 最中と葵 海がさっそく雪を集めだした。
「あたしらもやろう!」
「もうこんな季節なんですね。さすが地底探検部、手付かずの雪一面の世界に来ました!」
春木 桜と吹田 奏が倉井たちに続く。
「マジかよ! もー帰りてぇ」
「この様子見てるかぎり無理でしょ。ほら、抱き合って温め合いましょ」
「おわぁあ!?」
冬草を強引に抱き寄せ密着する秋風 紅葉。逃げようとする冬草をガッチリ捕まえている。
「ああ。雪鍋もいいわね」
みどり先生は絶賛現実逃避中だ。
とにかく初雪にはしゃぐ部員たち。笑い声が辺りを包んでいる。
歩道の両端にある縁石には小さな雪だるまが並び、白い妖精のように見守っている。
雪で遊んだ部員たちは満足して帰ることにした。
来た道を戻り、再びトンネルへと入っていく。
やがてトンネルから出ると、こちらでも雪が降っていた。積もってはいなかったが。
雪だ! 雪だ! と楽しそうにしている部員たちは、再び合体してひと固まりになって道をゆっくりと進み始めた。
やれやれと、みどり先生はトンネルを振り返った。
すると、トンネル前の歩道の両脇には先ほど部員たちが作った雪だるまが並んでいる。
「は?」
目の錯覚かとパシパシと目をまたたき、メガネをかけ直すみどり先生。
じっと見つめるその先の雪だるまの一体が、丸い頭でちょこんとお辞儀した。
つられて頭を下げたみどり先生は、勢い振り返り部員たちの後を追うように小走りした。
きっと気のせい。
そう、トンネルの向こう側で作った雪だるまが、いつのまにかこっち側に来ているなんてありえない。
これは記憶が混乱しているだけだ。さっきから鍋料理ばかり思い浮かべていたせいだ。
必死に見た事実を否定するみどり先生。
絶対にこのことは部員たちには言えない。そうしてみどり先生はまたも怪事件を見なかったことにした。