193話 さ、寒い!
放課後になり、葵 月夜は冷たい風が吹き抜ける廊下を震えながら早足で地底探検部の部室へと向かっていた。
暖房で暖められた教室も生徒がいない放課後は火を落として熱が逃げている。
「ううっ……こんなことならファーコートを着てくればよかった」
ブルブル震えて薄手のジャンパーをぎゅっと体に密着させる。いくら黒タイツをはいて対策していても寒いものは寒いのだ。
そこまでしてギャル服にこだわる月夜。おしゃれは我慢なのだ。
月夜は電気ストーブの待つ部室へと急ぐ。
部室のドアを開け、暖気が身を包むのを感じ取ろうとした月夜だったが、なぜか暖かい空気が流れてこない。
「なんだ?」
不思議に思い中へと踏み込むと、そこには厚い上着を羽織った部員たちが縮こまって固まっていた。
「ど、どうしたんだ!? これは一体!?」
月夜が驚いていると、顔をあげた夏野 空が真剣な顔で近寄ってきた。
「聞いてください月夜先輩! 電気ストーブが壊れちゃったんです! それで、みどり先生が捨てに持っていきました」
「な、なんだとぉ!? 唯一の暖房器具が無くなったのか!!!」
「そうなんです。だからみんなで身を寄せ合って暖をとってたんです」
「なるほど。だからミドリちゃんはいなかったのか」
「さ、月夜先輩が真ん中にいていください。みんなで囲みますから」
どういうことかと疑問に思う月夜を連れて他の部員たちの中へと誘導する夏野。
すると倉井 最中や春木 桜、吹田 奏の部員たちが月夜にべったりと抱きつき始めた。
当然、夏野は正面から月夜の胸に顔を埋めるように抱きついてくる。
「ぬぁああ? これは?」
「前もこうやって寒さをしのいだじゃないですか。とりあえずはこれで」
月夜の疑問も夏野がよくわからない答えを口にする。
とはいえ、こうやって密着していると先ほどまでと違い体が暖かくなっていく。
夏野の鼻息が荒いことを除けば意外と快適だなと月夜は思った。
そこに秋風 紅葉にべったり抱きつかれている冬草 雪が聞いてきた。
「だいたいアタイらがいないときは、どうやって冬を過ごしたんだよ?」
見上げた夏野と月夜が目を合わすとお互いが苦笑する。
「うむ。最初はギャル先輩がたと学校を出て駅前にあるマク○ナルドへ行っていたんだよ。あそこなら暖房も効いているし、くつろげるからな」
「はあ!? いいのかそんなんで?」
思っていた部活の概念から逸脱した月夜たちの行動に冬草は声をあげた。
「ははは、問題ないぞ。ようは部活動の場所が部室からマ○クになっただけだ。当然ミドリちゃんも同行してたし」
「マジかよ。先生って食いもんがあれば、どこにでもほいほい行きそうだな……」
部活の顧問が公認しているのかと冬草は頭が痛くなってきた。
だが、都市と地方では違うのかもしれない。ここではこうした行いが当然なのだろう。
「わたしが入部してから部室に変更したんですよね?」
「うむ。空君が雰囲気が良くないからと、この部室へ戻ったわけだ」
夏野の言葉に冬草は苦い顔をした。先ほど思っていたことは違っていたからだ。都市だろうと地方だろうとダメなものはダメなのだ。
冬草の耳に顔を寄せた秋風が囁く。
「もちろん生徒会も学校も許可してないから。でも、雪が二人きりでいたいなら遠慮しないで言ってね」
「うわぁーーー」
秋風の甘い息が耳にかかり、顔を赤くする冬草。
逃げようにもがっちり抱きつかれているため、腰を浮かすこともできない。
しかも耳たぶをはむはむし始めた。むずむずするし、なにかドキドキして胸元がふわふわしてくる。
あきらめた冬草は秋風のされるままにしていた。
しばらくして岡山みどり先生が戻ってきた。
「あら、こうして見ると肉団子みたいね。鍋の季節だからかな?」
密着している部員たちを見て、みどり先生はクスクス笑う。
そんな笑い事ではない月夜たちはじとっと先生を見た。
「ミドリちゃん! 新しい暖房器具はないのかい?」
「残念ながらないの。新居はエアコンにホットカーペットだし。若いから体を動かしたら? 前に体育館でマットに埋もれてたけど」
「ぐぬぬ…この間、怒られたばっかりだし、ミドリちゃんも呼ばれて怒られてたのに」
「そうね、後から職員室で説教されてたっけ。ううっ、あまり思い出したくない……」
自分で振っておいて頭を抱えるみどり先生。生徒には一般常識を教えて厳しくしろと言われていたのだ。
ヨロヨロとみどり先生は葵 海の隣へ座る。
海は姉の月夜に抱きつくのが恥ずかしいから、ひとり離れて寒さをしのいでいた。
こういうときは倉井のように素直になれたらと、ちょっと寂しく思う海。
そんな海に気遣ってか身を寄せたみどり先生は仕方ないわねと微笑む。
「べ、別にひとりでいたいからここにいただけ」
「そうね。でもちょっと寒いでしょ?」
「ちょっとだけね」
顔を赤くする海にみどり先生は少し笑って温かいお茶を用意し始めた。
「しかし、このままでは明日以降の部活動も支障がでるぞ」
「ですね。といっても前みたいに暖かい部屋を探しに学校中を徘徊するのもダメですよね?」
「むぅ〜」
眉を寄せて考え込む月夜と何かないかと夏野も周囲を見渡す。
月夜に抱きついている他の部員たちはヒソヒソと雑談中だ。
困った月夜はみどり先生に助けを求めた。
「ミドリちゃん?」
「葵さんの家には何かないの? 古い家だから何かありそうだけど」
「う〜む。火鉢とか練炭とかは物置にあるが、どれも部室に持ってきたら火事になりそうだな」
「それはだめね。危険だし。意外とこういう器具ってないわね」
すでに誰かが暖房器具を部室に持ち込むつもりで話している月夜とみどり先生。
聞いていた夏野は、冬場はどこの家も暖房を使っているから、手放すなんて難しいんじゃないかなと思っていた。
思い当たる節がなくなった月夜が溜息をつくと、みどり先生が提案した。
「とりあえず今日は校外活動ってことでいいんじゃない?」
「む? それは暖かいマクド○ルドでいいのか!」
「そうね。そこでだったら何か思いつくかも?」
「よし! そうと決まれば行くぞ! みんな立ち上がるんだ!」
みどり先生のお墨付きに元気になった月夜はぐわっと席をたちあがり、抱きついている部員たちを振り解いた。
成り行きを見守っていた冬草が眉を寄せる。
「さっきはダメって言ってなかったか?」
「先生も寒いからじゃない。それに熱いフライドポテトをつまめるし」
クスクス笑う秋風が推測する。
確かにそのとおりだなと、冬草はいそいそと支度をはじめたみどり先生を見て思った。
こうして部員たちはそれぞれカバンを持ち、駅前へと向かう。
寒い風に身を震わせながら集団で歩いていく。
だが、みどり先生を含め部員たちの胸は暖かった。
彼女らの頭にはアップルパイやクリームスープなどのほかほかメニューが浮かんでいる。
月夜はひそかにみどり先生がおごってくれるのを勝手に期待していた。
早い夕日を背景に早足で向かう一同。
国道をまたぐ赤い信号が青に変わるのをじりじりして待ち、駅前へとやってきた!
嬉々とした月夜たちがマク○ナルドの店舗前へと急ぐ。
『新装開店準備のため、しばらく閉店します。近日ニューオープン! お楽しみに!』
開かない自動ドアに貼られた無慈悲なプリント紙が月夜たちに突き刺さる。
「そ、そんなぁ〜」
ガックリと膝から崩れ落ちる月夜。
「熱いパイを楽しみにしてたのに!」
夏野も残念そうな顔だ。
期待が裏切られた部員たちに冷たい風が吹く。
そう、普段あまり電車を使わなかったので誰もマクド○ルドの近状を知らなかったのだ。
うなだれた部員たちを前にみどり先生も気落ちしていた。
キッと顔を上げた月夜がみどり先生に顔を向け、にかっと笑う。
「大丈夫! まだ私たちには地元の憩いの場があるではないか!」
「ま、まさか……」
はっとしたみどり先生は戦慄が走った。このままではいけない!
ピンときた夏野が声をあげる。
「喫茶店ですね! 今日はやってますよ!」
「あ、ああ……」
とうとう言ってしまった。
いくら自分たちがバイトをしているからといって、そこに部活動で行くであろうか。
このままだとおごりになりそうな気配に、みどり先生はちょっと抵抗した。
「いい? 先生は半分までしか出さないから!」
「よし! 聞いたかみんな! ミドリちゃんは半分も出してくれるぞ!」
「おおぉーー!」
パチパチと拍手が湧き上がる。思いもよらぬ先生の奮発にみなが笑顔になる。
言って失敗したとみどり先生は気がついた。どうせなら全部出すつもりはないと言えばよかった。
こうして計画を変更した部員たちは、駅の反対側にある馴染みの喫茶店へと足を向けるのであった。
自分の発言に後悔しているみどり先生の手を引きながら。