192話 予定は決めました!
深原高等学校にある地底探検部の部室では部員たちが集まって、いつものように電気ストーブの前でだらだらしていた。
バァアアアン!
勢いよく開け放たれたドアから部員である春 木桜と吹田 奏が、ゴロゴロと台座に乗った浅く凹みが並ぶドラム缶を引いてやってきた。
「おまたせ! 今日はスティールパンだよ!」
そう皆に声をかけると春木と吹田は所定の位置につき、マレットと呼ばれる先端にゴムを巻いた専用の棒を構える。
二人は目を合わせ頷くと一斉に演奏を始めた。
ここまで一分もかからない早技に、葵 月夜をはじめ部員たちがツッコミする暇がない。
ぽかんとする面々を前に爽やかで軽快な南国の風が吹いてきた。
あ……聞いたことがある音色。誰もが頭にディ○ニー映画にあった海中で繰り広げられるエビや人魚たちの歌の場面を思い浮かべた。
軽やかなで耳ざわりが心地よいメロディーが部室を満たし、開けたままのドアを通り越して廊下へと流れていく。
しかも練習していたようで、迷いのない揃った動きをはじめ、各パートを織り混ぜていく。
寒いはずの部室に、暖かな夏の訪れを知らせるような音色に誰もが耳を傾ける。
余韻を残して演奏が終わると、パチパチと部員たちから拍手が起きた。
「ありがとう! これって、楽器を禁止された中で落ちていたドラム缶を利用して叩いたのが始まりなんだって。それも禁止されて後の時代にドラム缶を修繕する過程で生まれたものなんだって。すごいよね!」
「そんな悲しい話をされても。せっかく常夏の気分になったのに」
沈んだ顔で月夜が言うと春木は笑顔で答えた。
「それも踏まえて楽しむのがいいんでしょ! ね、奏」
「その通りです。過去の負の部分を受け止めて、なお素晴らしいスティールパンの音色を皆で共有できるからこそ新しい価値が生まれるんです! そういうところを踏まえている桜先輩は素敵です!」
「なんか難しいこと語り始めたぞ」
秋風 紅葉に抱きつかれている冬草 雪が困惑している。
にししと苦笑した春木は手を挙げた。
「それじゃあ次いくよー!」
「いきましょー!」
吹田が応じると再びスティールパンを叩き始めた。
岡山みどり先生が、地底探検部の部室へ向かって廊下を歩いていると耳に軽やかな音が響いてきた。
「何かしら? 南国の砂浜にいるような気分ね」
耳馴染みのある曲にフンフンと鼻歌を始めるみどり先生。意外とノリがいいようだ。
地底探検部に近づくと音が大きくなってくる。どうやら流れてくる音楽の発生源は部室みたいだ。
これはきっと春木と吹田のコンビに違いないとみどり先生は確信する。
いままで何度も起きたことなので、さすがにみどり先生も慣れてきたようだ。
案の定、部室に入ると春木と吹田がスティールパンで演奏する姿が目に映った。
みどり先生は二人の邪魔にならないように長机に移動すると、夏野 空に尋ねた。
「これはどうしたの?」
「えっと、桜が奏ちゃんとスティールパンっていう楽器を持ってきて演奏しているところです」
「スティールパン…今日は菓子パンを持ってくればよかった」
どうやら食べ物を連想してしまうあたり、みどり先生はブレてない。夏野は苦笑してお菓子をそっと差し出した。
春木と吹田の演奏する曲を背景に夏野は本題に入ることにした。
「みなさん。今日は議題があります。重要なので全員参加してください!」
それまで雑談していた部員たちが口を閉じ夏野に注目する。
こほんと咳払いをして一拍空けた夏野が話し始めた。
「そろそろ近づいてきたクリスマス。今年はちゃんと分担をしてケーキが被らないようにしたいと思います!」
ずるっ。
聞いていたみどり先生はずっこけた。当然部活動の話かと思っていたから。
しかし部員たちの反応はまじめだ。そうだなと頷き、真剣に誰が作るのかと会議を始めた。
これはまずい流れだ。みどり先生は冷や汗をかいた。
今年のクリスマスは恋人の岩手 紫先生とターミナル駅のホテルを予約して、朝までしっぽりと濃厚にすごす予定を立てていたからだ。
このままでは自分も参加する流れになりそうで恐ろしい。
そんなことを思いつつも部員たちは話し合っている。
「なにか提案はありますか?」
「そうだなぁ。うーん。頭に思い浮かぶのはかき氷にプール、ソフトクリーム──くっ、南を思わせる音色にどうしても夏に欲しいものになってしまう!」
月夜が音楽に引っ張られているのを悔しそうに机を叩く。
にししと歯を見せる春木に月夜はぐぬぬと目をむいている。
このちょっとした間にみどり先生が提案した。
「こ、今年は部員だけで集まって楽しむのはどうかしら?」
「安心してください。紫先生も呼びますからみどり先生も楽しめますよ」
ニコリとした夏野が答える。
そうじゃないの。そういうことじゃないのとみどり先生は困り顔だ。
と、月夜が口を挟んだ。
「違うぞ空君。ミドリちゃんは紫ちゃんと一緒にいたいのだ」
その言葉にみどり先生の顔がぱっと明るくなる。ちゃんと自分のことを理解している部員もいるのだ。
「だから二人は別に机を用意していつでも隣同士になるようにしたほうがいい」
「なるほど。そうですよね。クリスマスだし付き合っていますから」
月夜と夏野が、どうだといわんばかりの笑顔をみどり先生に向ける。
ぜんぜん違うのよと喉まで出かかったみどり先生は、なんとか飲み込んで作り笑顔で応える。まったく理解してなかった。
……後で紫と話し合おうとみどり先生は心に決めた。
これでクリスマスの予定が決まってしまったみどり先生。しっぽり濃厚はお預けで、また別の日になりそうだ。
残念そうな顔をしたみどり先生は、そのあとの部員の話は上の空だった。
スティールパンの夏を思わせる音色に引きづられつつも話がまとまっていく。
夏野が秋風に提案する。
「それじゃあ、ケーキ担当は秋風先輩でいいですね?」
「いや。やらない」
「せっかく雪先輩も手伝ってくれるっていってますから、二人で共同作業してください」
「やる!」
「おいっ!? いつ手伝うって言ったんだよ!?」
うまく夏野に誘導された秋風がケーキ担当に決まる。勝手に決められた冬草はぶつくさ文句を言っているが。
その他、会場は去年から引き続き葵家の広間を借りることになり、惣菜などを月夜と妹の海、倉井 最中が担当する。
残った夏野や春木、吹田たちは買い出しや会場の設置などの雑用をすることになった。
こうしてクリスマスの予定は決まった。
三年の月夜と冬草に秋風は高校生最後のクリスマスだ。
夏野は思い出に残るように燃えていた。主にプレゼントで。ちゃんと想いが伝わるようなアイテムを選ぶつもりだ。
今年は負けないと夏野は密かに決意するのであった。
そんな夏野の視線にブルルと月夜は背中を震わせていた。
あれこれ楽しそうに話している部員たちを見ながら、みどり先生は手帳を開いてクリスマスの日付にバツ印を書き込んでいた。
BGMのスティールパンの曲にのせて。