191話 勘違いすんな!
冬草 雪は秋風 紅葉に連れられ、ターミナル駅へと向かっていた。
もちろん電車に乗って目的地へと向かう途中だ。
「新店舗をターミナル駅に出店するんだって。だからお祝いと視察に行くけど母さんいるかな?」
「連絡しとけよ。というか、流行ってるんだな紅葉んとこのスイーツ店は」
「ね? 不思議よね。でも、お母さんの美味しいからなー。わかる」
「わかってんのかよ! 不思議じゃねーじゃん!」
「ウフフ。雪ってかわいい」
「意味わかんねーよ!」
電車の座席でいちゃいちゃしてる秋風と冬草。
対面の席に座っている三十代とおぼしき女性は、目の前で繰り広げられている二人のいちゃつきぶりに眩しくて目を細めている。
若いっていいわね…そんな心の声が聞こえてきそうだ。
そんな周囲の反応にも気づかない冬草と秋風は、ターミナル駅に着くまで相変わらずであった。
駅を出ると秋風が冬草の手を引いて先導する。
新しい店舗は駅前通りの繁華街にあるようだ。
前に寄ったことのある店やカラオケ店など見慣れた光景に冬草は、ここには何度も来たなと慣れてきている自分に気がついた。
この地へ引越して一年以上だ。さすがにこの辺りの地理についても把握してきている。
最初は地方特有の移動の多さに辟易していたが、今ではすっかり当たり前になっている。
アタイもすっかり現地人だなと自称気味に思う冬草であった。
そうすると繁華街の一角、雑貨屋の隣に新店祝いの花が軒先に飾ってある店があった。
店内は賑わっているようで、外にも少数だが購入者の列ができている。
「あれよ。まだお客さんがまばらだから、今のうちに挨拶すれば良い感じね」
「いや。まばらって、並んでるぞ?」
「まだ六組ぐらでしょ。いこう!」
混んでいる店内へと秋風が冬草を引っ張って入っていった。
ショーケースに並ぶスイーツを選んでいる客を避けて、秋風たちはカウンターへ向かう。
「こんにちはー。盛況ですね。母はいますか?」
「紅葉さん、こんにちは。オーナーは厨房にいますよ」
「ありがとう。ほら、ケーキに目を奪われてないで行くよ雪」
カウンターにいた店員に声をかける秋風。なぜか他の客と一緒に商品を選び始める冬草を捕まえて厨房へ入っていった。
そこにはパティシエ姿の秋風の母が作業員と共に急ピッチでお菓子を作成している姿があった。
「お母さん!」
秋風が呼びかけると手を止めた母親が顔をあげ、視線を合わせた。秋風と冬草の二人を確認するとニコリとする。
「いらっしゃい。よく来たわね。今は手が離せないから落ち着いてからでいい?」
「何言ってんの! 私たちも手伝うから! ね、雪?」
「お、おう!」
いつの間にそんなことになったと思いながらも冬草は頷いた。
それから二人は両手を丁寧に洗い、エプロン姿になると作業員に混ざって母の手伝いを始めた。
さすがパティシエを目指す秋風はテキパキと足りない部分を補い、母と共に作成していく。
秋風のスイーツ作りをたまに手伝っていた経験がある冬草は、戸惑いながらも粉砂糖を振りかけたり、飾りつけを教えてもらいながら始めた。
次々に焼き上がる数種類の生地。せっせと割り当てた作業をこなしていく。
昨日のうちに準備していた個数はすでに売り尽くしたようで、時間のかからない追加分を作っていたのだ。
予想外の反響にお店は嬉しい悲鳴をあげていた。
自分の割り当て分を終え、暇になった冬草はグゥ〜っとなるお腹でまだお昼を食べていないことに気がついた。
厨房を見渡すと、まだまだ秋風親子や作業員は忙しそうだ。
一角にコンロを見つけて、冷蔵庫を勝手に開けて中を確かめる。なぜかスイーツ店なのに葉物や肉、米があった。
「まあ、いいか」
考えても無駄なので袖を捲った冬草は簡単な調理を始めた。
甘い匂いが立ち込める厨房で油臭を充満させてはまずいと、細心の注意をしながら囲いを作って換気扇をフル回転で作る。
店頭に出ている人の数を合わせてまかない料理を用意した。
器は厨房にあったデザート用プラカップの中に紙のフードカップを入れ、そこにリゾット風雑煮を流し込む。最後にスプーンを刺して出来上がりだ。
スイーツ用の四角いトレーに並べて冬草は作業員たちへ、まかない料理を配り始めた。
「熱いから気をつけなよ。小腹空いてたろ?」
「あ、はい」
急に現れた冬草に渡され戸惑う作業員。それでもチーズの匂いにたまらずお腹が鳴る。
作業員が受け取ると、次へと冬草は向かった。作業員たちは立ち食い状態でガツガツとリゾット風雑煮を味わっている。
やがて秋風親子の元へ来ると二人へと手渡す。
「ほら、どうぞ」
「ありがと雪。ね、私の言った通りでしょ母さん」
「そうね。ほんとよく気がつく良い子ね」
受け取った秋風親子と一緒に冬草をその場で食べ始めた。
「すごく美味しい! 料理が上手になったね雪!」
「うっせーよ!」
秋風の褒め言葉に照れてぶっきらぼうに返す冬草。母親はニコニコして味わっている。
食べ終わると片付けて秋風と冬草は、まだ食べていないカウンターにいる店員と交代した。
店内は落ち着いたとはいえ、客足が途切れていない。
秋風と冬草はそのままカウンターにいてレジや商品を包んで渡すことを続けていた。
ショーケースには『売り切れ』のポップがあちこちに立っている。
多少手が空いてきた冬草が秋風に質問してきた。
「ところで、なんで来たんだ。開店祝いとか言ってたけどホントは手伝いじゃねえのか?」
「うふふ。両方ね」
微笑む秋風を見て何も言えない冬草。今に始まった事ではないが、秋風は思いついたらすぐ行動する性分のようだ。
「でもね、母さんに今の雪を知ってほしくて。雪って自分で思ってるより他に気が利くし、よく見てるから」
「そんなことねーよ。自分のためだよ」
「ふふふ。そういうことにしておく」
信頼されている笑みを向けられて、どうにも居心地が悪い冬草は照れてそっぽを向いた。
そこに秋風の母がカウンターへやってきた。
「どうしたの母さん?」
「もう材料がないから次で出す分で今日はおしまい。それと……」
秋風の母がガバッと冬草に抱きついた。
「大好き」
「うぁわああ〜〜!? なんだぁ!?」
「ちょっと! 私の雪に何してんの!!!」
抱きつかれた冬草が慌てて、秋風が二人を引き離そうと間に入る。
「何してんの母さん!」
「だって、感謝の気持ちだから……」
「もうちょっと違う形があるでしょ?」
親子が言い合っているのをポカンと冬草が見ている。
はたと気がついた冬草が店内を見渡せば、お客がひそひそと注目していた。
「三角関係かしら?」「母娘がひとりを取り合ってるの?」「それとも三人で?」
瞬く間に噂になる光景に冬草はクラクラしてきた。
「おいっ! 二人ともやめろよ! みんな見てるぞ!」
慌てて冬草が止めると秋風親子は気がついたようで、気まずそうにお客に揃って謝り頭を下げた。
しかし、この場にいた客は気にすることがないようで、
「素敵ですね」「また来ますね。店員さんのお名前は?」「次はいつ見れますか?」「絶対にまた来ますから」
などなど声をかけられてしまう。
どうしてこうなるんだと冬草は頭を抱えた。
その隣では秋風親子がニコニコとしている。
こうして新店舗のオープン日は盛況のうちに終わるのだった。
ちなみに店員たちにまかない料理を配ったことで、冬草の評価はうなぎ登りだ。
小腹を満たすガッツリ飯の味もよいことながら、がさつそうな雰囲気なのに気配りができることが受けていた。
どうやらファンになったようで、オーナーである秋風の母に次はいつくるのかと催促されていた。
仕方なしに冬草のバイト先を教えたところ、通い詰める店員がいるとかいないとか。
こうして人知れずモテていた冬草であった。