186話 味比べだ!
地底探検部の部室では、部員たちが集合していた。
ひとつきりの電気ストーブの前に密着しながら薄い暖を取っている。
部室の窓やドアを閉めて人口密度が高くなっているとはいえ、薄いプレハブでは外の冷気がひしひしと進入することを防ぐことができない。
そんなわけで、室内にもかかわらず部員たちはダウンコートなどの上着に身を包み寒さをしのいでいた。
今日は珍しく冬草 雪とべったりしてない秋風 紅葉が大きな包を長机の真ん中へとドンと置いた。
「ちょっとみんなに手伝って欲しいことがあるの。時間はある?」
「時間もなにも、今は部活中なんだが」
秋風の言葉を受けて葵 月夜がツッコミを入れた。
「そんなの見ればわかるでしょ。みんなでくっついてストーブの前にいるより、私の手伝いをしてほしいってこと」
「なんだねそれは?」
秋風の手伝いとは奇妙な話だ。今まで一回も部員に対して手伝いを申し出たことがないからだ。
警戒した月夜は知っているかと視線を冬草に送るが、ブンブンと首を横に振って否定された。ということは冬草は知らない案件らしい。
興味深そうに包みを覗き込む部員たち。
少々じらし気味にゆっくりと秋風は包みを開け始めた。
「これよ!」
ジャーンと登場したのは、色とりどりのお菓子。
定番のクッキーやマカロンなどや見たこともない品まである。まるで品評会をするかのような多彩な種類のお菓子が並んでいた。
「どう? 今度母の店で新作のお菓子を出す予定なんだけど、私もいくつか提案するつもりなの。それで試作を部員のみんなに試食してもらって意見を聞こうってわけ」
「おおー-!? すごいぞ! お菓子がこんなに!」
「聞いてるの?」
「もちろん聞いてたよ。試食というからには食べていいんだな?」
「もちろん。だけど、ちゃんと味見して感想を言ってもらわないと困るけど」
「はっはっは。任せたまえ!」
やたら自信満々な月夜に不安を覚える秋風。
先ほどまでは他人事のように机の隅で生徒のやりとりを見ていた顧問の岡山みどり先生が、いつのまにか部員に混ざってお菓子を凝視していた。
元気に手を上げた春木 桜が秋風に質問した。
「はい! はい! これって全部たべていいの? この人数だと少ないと思うんだけど?」
「大丈夫。これは見本よ。残りはボストンバッグに詰めてきたから安心して」
にんまりと秋風が答えるとぱぁあっと部員たちの顔が明かるくなる。
つまりは試食とはいえ、お菓子が食べ放題なのだ。
いつもは市販の安いお菓子を口にしてきたが、今日はスイーツ店クオリティのお菓子が食べられる……。
部員たちはつばをゴクリと飲み込んだ。もちろん先生も。
「それじゃ、机に並んで座って。配るから」
「配給かな?」
首をひねる月夜。隣には夏野 空が座り、わくわくとお菓子を待っている。
そんな部員たちの前に紙皿が配られ、その上に秋風手作りのお菓子が並べられていく。
よく秋風の母のお店に行ったり、お菓子作りを手伝う冬草は、目の前のお菓子たちにおやと思った。
完全に新作のようで、どれも初めて見るものばかりだ。
いつの間に作ったのだろうかと、いつもべったりしている秋風を不思議そうに眺めていると目が合ってウインクされる。
なんだか恥ずかしくなった冬草は、目の前にある一つに手を伸ばしてマスクを下げると口にした。
「ん? んんん!? にげぇ!」
最初はチョコのコーティングが口の中を甘くし、続いてなにやら苦みが襲ってくる。
「なんだこれ!? 甘いのは最初だけだぞ!」
「あはは。そんな反応だと失敗ね。中身はカカオとコーヒーを混ぜているの。甘味をすごく抑えているから苦いのが嫌いな人には合わないわね」
冬草に近寄り、頭をなでる秋風。
慌ててペットボトルを傾けお茶で苦みを飲み込む冬草を見て部員たちの手が止まった。
もしかして、とんでもないものを作っているのかと疑心暗鬼におちいっていた。
スイーツ店の娘でお菓子作りを得意としているのにハズレがあるのかと。
とりあえず冬草が手にしたお菓子は食べずにおこうと部員たちの間に暗黙の了解ができていた。
「どうしたの? みんな食べて。お菓子好きでしょ?」
そう秋風に言われて皆は渋々手を出した。
恐る恐る丸いドーナツ状のお菓子を手に取った吹田 奏が、遠慮気味に少しかじる。
「あっ。これは美味しいです!」
焼きドーナツな外側にスポンジの中にはクリームが入っている。
外側はサクッと中はしっとり。甘さはほどほどだが、クリームがおぎない食べても飽きがこない。
どうやら当たりだったようで、ほくほくと嬉しそうにほおばり始める吹田。それを見て春木も同じものを食べ始めた。
そんな二人を見ていた葵 海が倉井 最中へ声をかけようとした。
「なんだか不安だけど、最中は無理しなくて……」
いいよと言う前に倉井はすでに違うお菓子をもぐもぐと食べていた。
「それ美味しい!?」
「うん。甘くておいしいよ。海さんもどうぞ」
「そ、そう…なら食べておこうかな」
海は倉井と同じお菓子を手に取った。
意外と倉井が食いしん坊なことを海は忘れていたのだ。特にお菓子に目がないのは地底生活が長かったから、あまり甘い物を口にする機会がなかったのかもしれない。
とりあえず倉井が勧めたお菓子は美味しく、余分にあればもう一つ欲しくなってしまうほどだ。
あれこれ感想を言い合いながら海と倉井は紙皿に並ぶお菓子に手を付け始めた。
先ほどの苦いお菓子を除いて。
部員たちが騒がしくお菓子について言い始め、秋風はメモ帳に聞いた意見を書き込み始めていた。
予想通りの反応もあったが、自分の思案とは別の意見もあって秋風は嬉しそうにメモしていく。
「なあ? これどうすんの? 本当に新作を出すのか?」
こんどはちゃんとした甘いお菓子を食べながら冬草が秋風に聞いてきた。
「ふふ。そうなったらいいけどね。学校を卒業するまでに、ここまで私はできるのってお母さんに見せたいんだよね」
こそっと秋風が冬草に耳打ちする。
なるほどと冬草は頷いた。
どうやら秋風は、フランスへ留学する前に今の自分の腕を母親に見せたいようだ。
心配しなくてもちゃんとやっていけると。だから楽しみにしてほしいと。
そんな親思いの秋風に冬草はもくもくとお菓子を食べ始めた。
母親を大切にしているのは冬草も同じだ。秋風の気持ちを思うと、いつもより真剣に冬草は味見しはじめた。
「苦~~!? これはお菓子じゃないぞ。空君これは危険だ!」
「月夜先輩。それ、さっき雪先輩が食べて苦いって言ってましたよ? ちゃんと見てました?」
「むう。そうだったか? 他のを食べているので夢中で気がつかなかった」
「温かいお茶を飲んで苦いのを流してください。いつまでも口の中が苦いままですよ?」
「う、うむ。なんだろう。なにか介護されているような……」
「いいですから、ほら」
月夜と夏野のは相変わらずの掛け合いをしているようだ。すっかり秋風の言っていたことを忘れて、夏野が月夜を世話している。
その横では海と倉井が感想を言い合いながら楽しそうに食べ比べをしている。
たまに気がついては海が秋風にどのお菓子が好きかを報告していた。
春木は両手にお菓子を持って、嬉しそうにぱくついているし、吹田は一口食べては褒めるのを忘れない。
なんとも個性的な部員たちだが、その中でもみどり先生は違っていた。
ひとりもくもくと目の前に並んでいるお菓子を順番に口に運んでいる。
ときには渋そうな顔になり、次には目尻が垂れて嬉しそうな顔に。ほくほくと嬉しそうな顔になったり、泣きそうな顔になったり。
百面相を静かにしているみどり先生を見て秋風は吹いた。
そんな秋風のメモは、お菓子の名前の下に部員たちの感想のほかに、先生の顔を模したニコニコマークを付け足していた。