184話 寒くないぞ!
寒さが本格的になり始め、冷たい北風が吹いてくる。
地底探検部の部員たちはまとまって、たったひとつしかない電気ストーブの前で暖をとっていた。
部の中で一番背の高い葵 月夜に夏野 空と倉井 最中が抱きつき、春木 桜や吹田 奏が引っ付いている。
「確かに互いにくっつけば暖かくなるとは言ったが、なにも私に集まるとは思ってなかったな」
「でも、暖かいですよ?」
「うむ。そうなんだが空君。その…あまりきつく抱きつくと身動きがとれないのだが?」
「えへへ」
笑って誤魔化す夏野。これは意地でも離れないなと月夜は思った。
ここぞとばかりに夏野は月夜の匂いとか体温やら体のラインやらを堪能している。
月夜からは直接見えないため、夏野の行動がむずがゆい。
そこに背中に引っ付いていた春木が提案してきた。
「そんなに寒いなら体を動かせば? 多少は暖かくなるよ」
「激しい運動は嫌だが、軽く動かす分にはいいかもしれないな。いつまでも部活が終わるまでこのままいても仕方ない。みんな行くぞ!」
夏野たちを引っ付けたまま月夜がギギギと鈍く動き始めた。
誰も離れる気配もなく、ずるずると引きずるように進んでいる。
「もー! なにやっての! 最中も離れなさいよー!」
見かねた葵 海が文句を言いながら姉の月夜の後を追っていった。
今、電気ストーブの前では冬草 雪と秋風 紅葉の二人だけ。
「岡山先生がいないけど?」
「ああ。たぶん寒いから職員室にいるんじゃね? あたいなら暖かい場所から一歩も出ないね」
「私はずっと温かいよ」
「そりゃ、さっきからあたいに抱きついてるからだろ」
半目で睨んでくる冬草に、秋風は微笑むとマスクをずらして軽くキスをした。
そう、部室にはこの二人しかいないのだ。これで秋風の好きにやりたい放題だ。鈍感な冬草は気がついていないようだが。
しばらくして、月夜たちについて行けば良かったと、顔中にキスマークをつけて冬草は痛感していたのであった。
◇
海を引き連れて月たちが向かったのは体育館。
広くてヒンヤリしているとはいえ、ドアが閉まっており外界と遮断されているため身を切るような冷たい風はこない。
今日は体育館を使用している部活は少なく、室内の半分は空いている。
月夜は引っ付いている夏野たちを強引に引き剥がして身軽になった。名残惜しそうな夏野たち。
「とりあえず、安全のためにマットを敷こう」
月夜の掛け声の元、夏野たちは倉庫へと向かう。
倉庫には白いマットが整然と積み重ねられ出番を待っている。
月夜たちは三枚ほど引っ張り出して床に敷き始めた。
「さて。まずは体をほぐして、空手の形でも始めるか?」
「いやでーす!」
「それは無理!」
「死んじゃいます!」
「参加しないし!」
月夜の提案を渋い顔をした部員たちに次々と反対される。皆は知っているのだ月夜の指導は熱血タイプだと。ギャルな装いなくせに、昭和くさい指導法なのだ。
涙目になった月夜。
そこに春木がズルズルと新たなマットを引きづってやってきた。
「あたしさー。マットが重なっているとこ見たら閃いたんだけど。よっと!」
敷き詰められたマットの上にふわりと持ってきたマットを載せる。そこにはちょうどトンネルのように穴があいていた。
「じゃじゃーん! これって何かに似てない?」
両手を差し出してマットを示す春木に、部員たちはう~んと考える。どう見てもよれて波型になったマットだ。
なんとなくわかってしまった海が誰も答えないのを見て、渋々と口にした。
「ひょっとして、かまくら?」
「正解! マットを上手く巻いていけば、かまくらみたいになりそう!」
「わぁ~! 雪がないのにかまくらを作るなんて桜先輩って利発ですね! その発想力に痺れますぅ~!」
笑顔の吹田が手を叩いて春木を褒める。へへんと得意げな春木であった。
自分の案を却下された月夜はブツブツ言いながら、春木たちのかまくら作りを手伝っていた。
「体を動かす話だったのに、いつのまにかかまくらを作っている…これでも一応体を動かしているのか?」
「あまり深く考えないで月夜先輩。一緒に楽しみましょうよ」
「うむ。だが、先ほどは空君も私の案に反対していたじゃないか」
「あははは。だって空手なんで。わたしには難しいですよー」
「う~む。そんなものか?」
「そんなもんですよ!」
ニコニコしている夏野を見ていたら、先ほどは余計な考えだったかもと月夜は思い直した。
こうして部員たちは一致団結してマットでかまくら作りをするのであった。
何枚のマットを使ったか不明だが、うまいこと偽かまくらが出来上がった。
しかも巨大で、ここにいる全員が入れるぐらいだ。
春木たちは満足げにかまくらを見渡した後、マット運びで火照った体を冷まさないよう、すぐに中に入った。
中は薄暗いが入口が狭いため、熱がこもって外よりも暖かい。
しかし、月夜は眉を寄せてクンクンとその場の臭いをかいだ。
「なにかカビくさくないか?」
「だね。だってマットって洗わないし。かまくらなんて普通作らないよね。アハハハハ」
春木が答えて笑う。それもそうだなと月夜も笑った。
それでも皆がまとまって中にいるとポカポカしてくる。多少の臭いも慣れてきた。
部員たちは身を寄せ合うようにまとまって座り、落ち着くと談笑しはじめた。
先に体育館で部活を行っていた生徒たちは目撃していた。
地底探検部の部員たちがひとりの生徒につかまりながらやってきて、倉庫からマットを取り出してくるのを。
そして、マットを無理矢理立たせたり曲げたりして何かを造り出し始めた。
マットを全部使ったのか、なかなかの大きさのドームが造られ、その中へと部員たちが吸い込まれて行く。
他の生徒たちは思った。関わらないようにしよう、と。これは絶対に後で怒られるやつだから。
こうして月夜たちは放って置かれることになった。
一方、かまくら内にいる月夜たちは、雑談している最中にも暖かくなるのを実感していた。
総勢六名が狭い中にひしめくので温度も上昇中だ。
マットのカビ臭さもあって、独特な空間に部員たちは楽しんでいた。
しばらくして、月夜は首筋に汗が浮かび流れていくのをぬぐう。
「なんだか汗をかいてきたな」
「ですね。なんとなく思ったんですけど、サウナっぽくないですか?」
「それだ空君! 狭い空間に人間が集まって水蒸気が大量に発生したんだ。しかもマットは吸水しないから蒸れてきたんだ」
「ということは蒸し風呂ですね」
「うむ。しかし汗をかいたまま寒い外に出ると風邪を引くかもしれない。空君は先日、風邪を引いたばかりだから気をつけないと」
「大丈夫です。月夜先輩にくっついてますから、体温で守りますから」
ニコニコ言う夏野に、月夜はそれはちょっと違うんじゃないかと思った。
しかし、こう蒸してくると息が苦しくなる。
春木や倉井などは気にしていないのか、楽しそうに雑談していた。
そこで月夜は気がついた。
座っているが背が高いので、皆より頭ひとつぶん上にあることに。
暖かく湿った空気が上部に集まり、月夜が思いっきりその中に頭を出していることに。
「これはまずいぞ……」
身の危険を感じた月夜は、身近にあったマットの端を持ち上げようと腕を入れ、引っ張り出した。
そこに空気穴を作って風通しをよくしようとしたのだが……。
ドサ、ドサドサドサドサドサドサァアアアアアアアア!!!
「ぎゃーーーー!」
「雪崩がおきたぁあーーー!!!」
「ひゃあ〜〜!」
まるでジェ○ガの積み木が一斉に崩れるように、マットで造られたかまくらが崩壊していく。
中に入っていた部員たちは、そのままマットに飲み込まれて下敷きになってしまった。
阿鼻叫喚な惨状に離れて部活をしていた生徒たちは顔を向けて固まってしまう。一体何事かと。
すると、マットの一部がグググと盛り上がってきた。
「ぬぁおおおおーーーー!」
ギャルっぽくない声をあげながら月夜が下からマットを持ち上げ放り投げた!
もう一枚をどかし、中から夏野を引っ張り上げる。
「大丈夫か空君!?」
「あ、はい」
「よし! 海や最中君たちを救出しなくては! 手伝ってくれ!」
「はい!」
月夜と夏野は協力してマットを取り除いて部員たちを救出した。といってもマット数枚程度だが。
全員が救出されると、ぐったりと月夜と夏野は息も荒くマットの上に寝転ぶ。
「これが一番疲れたかも」
「ですね」
感想を言う月夜たちの横では、救出された春木たちが笑いながら「怖かったね〜」とか話していた。
崩れて散乱しているマットの上で月夜たちがくつろいでいると、心配した他の部活の生徒から呼び出された先生が登場した。
「な、なにやってんだーー!?」
マットの惨状をひと目見た先生が叫ぶ。あちこち散らばったマットの上で月夜や夏野たちが楽しそうに話していたからだ。
今さらながら、しまったと月夜たちは思い出した。
見つかる前にちゃんと倉庫にマットをしまっておくのを忘れていたからだ。おかげで寒さがぶっ飛んでいた。
その後、先生の前で正座させられて説教される地底探検部の六人だった。