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183話 嬉しい風邪引き

 風呂上がりの夏野 空(なつのそら)は、ポカポカと温まった体のままイスに座り、自室で編み物に集中していた。

 今年のクリスマスに葵 月夜(あおいつきよ)へマフラーをプレゼントしようと画策していた。

 慣れない手つきで編み棒を動かし、スマホの動画を見本にせっせと編む。

「あぁ……あーあ。ほつれたぁー」

 どこか編み方が間違っていたのか毛糸がほつればらばらになる。

 くぅ〜っと目を閉じた夏野はもう一度、最初から始めた。

 そう、夏野は初めての編み物に苦戦していたのだ。はた目には簡単そうに見えていたが、実際に始めてみるとなかなかに難しい。

 こんなことなら地底探検部顧問の岡山(おかやま)みどり先生に教えてもらえばよかったと、夏野はいまさらながら後悔していた。

 みどり先生は大学でハンドクラフトをしていて、今でもたまに何かを作っていると小耳に挟んでいたから。

 とはいえ、まだ自力でできる範囲はやっておこうと夏野は編み棒をぎゅっと握った。

 難しい網目や模様はなしで、シンプルなマフラーに決めていた。

 月夜はどうせギャル服だし、派手目な姿だから、かえってシンプルな方が引き立つだろう。

 自分の作ったマフラーを月夜が巻いている姿を妄想しては、夏野はニヤニヤとしていた。

 まだできていないのに。

 そんなこんなで、まだ十二月は先だが、いい物を作ろうと夏野は編み物で夜なべしていた。

 スマホに映っている編み物の先生は優しく説明しながら軽快に編んでいる。秋も深まり気温も下がっている中で夏野はパジャマ姿でせっせと編み棒を動かしていた。

 後の騒動になるとは思わずに。


 ◇


 翌日、学校へ登校した夏野はいつも通りに授業を受け、友人の春木 桜(はるきさくら)倉井 最中(くらいもなか)と楽しくすごしていた。

 異変が起きたのは午後すぎて最後の授業の途中からだった。

 ──あれ? なんだか体がだるいな……

 ちょっとした違和感に夏野は不思議になるが、問題ないだろうと授業を続けていた。

 終業後のホームルームの頃にはなんだか体が火照(ほて)ってきたように、ポカポカと温かくなっている。

 教室を掃除し終えて、地底探検部へ向かうときに足取りがなんだかフワフワと軽く感じてきた。

 なんとなくいつもと違う夏野に倉井は心配げに声をかける。

「空ちゃん大丈夫? なんかフラフラしてるよ」

「うん。へーきへーき。なんだか体が熱くて軽いんだよねー。変だよねー」

 えへへと笑う夏野に倉井は眉を寄せてじっと顔を見た。

 なんだか顔が赤い気がするし、体もふらついている。

 ちょうど春木は後輩のところへ向かって行ったので、この場には夏野と倉井しかいない。

 誰かにアドバイスをしてもらいたかったが、倉井だけでは夏野の症状について判断ができないでいた。


 そうこうしているうちに部室につき、ドアを開けて中へと入っていく。

 部室にはすでに月夜やみどり先生、葵 海(あおいうみ)がいて夏野と倉井が来るのを待っていたようだ。

「こんにちワ゛ー……」

 元気に挨拶する夏野だったが、どこか声がかすれはじめた。

 倉井は海を見つけると満面の笑みで向かっていたので夏野の状態に気がつかなかった。

 そこに、いち早く気がついたのは月夜だった。

「おつかれー。って、空君大丈夫かね?」

「は、はい。というが…こえ゛がへん゛でず?」

「声がかすれてる。それに顔が赤いじゃないか! どれどれ…」

 夏野に近づいた月夜は額に手を当てる。ひんやりした月夜の手の平が夏野には気持ちよかった。

「むう。これはいかん! 熱があるぞ! すぐに保健室へ行こう!」

「べ?」

 驚く夏野だったが、ふと体の力が抜けてストンと落ちそうになる。

「おっと!? みどりちゃん後は頼む! 空君を連れて行ってくる!」

 倒れそうになった夏野を抱えて月夜は急いで保健室へと向かった。

 ちなみにお姫様抱っこだったので、フワフワと熱に浮かれた頭で夏野は元気だったらもっと良かったのにと残念がっていた。


 保険室へと連れてこられた夏野は、有無を言わさずにベッドへ寝かされ体温を計らされた。

 だんだん具合が悪くなってきた夏野。もはやぐったりとしていた。

 保険の先生が夏野の様子をみて体温計を確認する。

「三十七・七度…これは風邪ね。今日はすぐに帰って薬を飲んで安静にしてた方がいいわね。心配だったら医者に見せて処方してもらうのもいいけど?」

「そうか。なら私が空君を家に送って行こう。お医者に診せるかはご両親に判断を仰ぐよ」

「わかった。私が車を出すけど?」

「いや、大丈夫だ。ありがとう先生」

「それじゃ、気をつけてね」

 ぼんやりと月夜と先生のやりとりを聞いていた夏野は、しばらくして寝ていたベッドから離されことに気がついた。

「空君、しっかりしてくれよ。これから空君の家へ送るから」

 いつの間にか月夜の背中にいた夏野は、どうしてとうつらうつら疑問に思っている間に自宅へと運ばれた。


 ◇


「あらー大変! 元気だけが取り柄だったのに風邪なの? とりあえず空の部屋にお願い。薬は後で持っていくから」

「わかった。二階でいいのかな?」

「ええ。よろしくね」

 母親の声で目が覚めた夏野は月夜に運ばれ、自室のベッドに寝かされた。

「これで一安心だな。しかし、制服のまま寝かせるのはさすがにまずい気がするな……」

 ベッドに横になっている夏野を見て月夜が(つぶや)く。

 寒そうに眉を寄せる夏野の表情に早く暖かくしたほうがいい気もするが、月夜はおろおろと部屋で着替えを探し始める。

 そこに夏野の母がお盆にグラスと薬を乗せてやって来た。

「薬を持ってきたけど……」

「あ、空君のお母さん。ちょうどいいところに。空君の着替えをお願いできるだろうか?」

「あらら。じゃ、まず薬を飲ませてからね」

 あまり心配していないのか夏野の母はニコニコと娘の元へと行き、月夜も手伝い上半身を起こすと薬を飲ませる。

 その頃には夏野は半分夢うつつで母と月夜にされるがままだった。

 母と月夜に勝手にタンスをあさられ、適当な服に着替えさせられ寝かされている。

 すやすやと目を閉じている夏野を後に母と月夜は下の階へと降りて行った。


 ふと目を覚ました夏野は見慣れたベッドの上にいることに気がついた。

 あれ? そういえば保健室のベッドじゃなかったっけ? 記憶が少々混乱しているが、おぼろげながら月夜が家まで運んでくれたことを夏野は思い出した。

 なんと自分の部屋まで来てくれて、さらに母と一緒に着替えまでしてもらったのだ。

 かけてある布団をそっと持ち上げてみる。着ていたのは制服ではなくジャージになっていた。

 下着姿を月夜に見られたかと思うと恥ずかしくなる夏野。でも、ちょっと嬉しい気もしていた。

 薬が効いてきたのか保健室にいるよりも、いくぶん気分がやわらいでいるようだ。熱も下がっているのか頭はハッキリしている。

 部屋には自分ひとりしかいない。

 月夜先輩は帰ったのかな……ちょっと残念に思う夏野だった。

 そんな思いが通じたのか部屋のドアが開けられ、月夜がひょっこりと顔を出した。

「おや、起きたようだね。気分はどうだい?」

「月夜先輩!? ずっとうちにいたんですか!?」

「うむ。心配だったので空君のお母さんと夕食を作っていたのだ。ちょうどお(かゆ)を持ってきたのだが食欲はあるかな?」

「あります! あります!」

 月夜の手料理を食べられるとあって、夏野は手を上げて元気に主張した。

 苦笑した月夜はベッドに腰かけるとお盆を膝の上へと置く。夏野はもそもそと上半身を起こした。

「ほら、あーん」

「ふぁああ!?」

「面白い掛け声だ。あーんだ、あーん」

 お粥をスプーンですくって夏野の口元へと運ぶ月夜。

 こんなご褒美あっていいのかと夏野はだらしない顔で口を開けた。

 一口入れると、優しい味が体に染みわたる。薄く感じられる出汁だが、お米にふわふわ卵などの具材に調和してあっさりとしている。

 普段ならもっと濃い味を求めるところだが、今の夏野にはぴったりの味になっている。

「おいふぃい」

 もぐもぐとほおばる夏野は幸せそうに感想を述べた。

「それは良かった。お代わりはいるかな?」

 微笑む月夜に頬を染めた夏野が(うなず)き、再びスプーンで運んでもらう。

 あまりお腹が空いていないと思っていたが、いざ食べると味のおいしさか次々に口に運んでしまう。結局、夏野は一皿分を平らげていた。


 満腹すると体がポカポカと温かくなってくる。

 それにつられて再び眠気が夏野を襲ってきた。まぶたが段々と重くなって閉じかけたとき、月夜の発言でぱっちりと目が覚めた。

「空君には悪いと思ったが、部屋が散らかっていてね。少し整理をさせてもらったよ。特に毛糸玉があちらこちらに転がっていたからまとめておいた──」

「わぁああ!!! み、見たんですか!? 見たんですよね!?」

 クリスマスまでの秘密を目撃されたとあって、慌てた夏野はガバッと上半身を起こした。

「う、うむ。そりゃあ部屋に入ったら、否が応でも目についたからな」

「うぁわああーーー! み、見ちゃ駄目です! こっち見てください!」

 夏野は両手で月夜の顔を挟むとぐりんと自分に向けさせる。

「そうは言うがすでに片付けた後だからな……」

「駄目なんです……」

 月夜と目が合った夏野。強引に向けたせいで互いの顔が近い。

 こ、これってなんかやばいかも……。心臓がドキドキしてきた夏野に月夜の唇が視界に入る。

 ちょっとキスしても今なら大丈夫かもしれない。そう思う夏野。まだ熱があるようだ。

 頬を染めた夏野が顔を寄せる──


「空〜! 見舞いに来たよー! 月夜先輩は帰った……の?」

 突然部屋に入ってきた春木が夏野たちを見て固まった。どう見ても夏野と月夜がキスの一歩手前。

「アハハハ。お取り込み中だったみたい。こ、これお見舞いだから後で食べて。元気そうでよかった」

「ちょっと待て桜君! 何か誤解しているぞ!?」

 そっと部屋に菓子の包みを置いて出て行く春木。いつもと違い、こういう場面が苦手なのか冷や汗をかいていた。

 慌てた月夜が追いかけていく。

 せっかくのチャンスを逃した夏野はぱふっと枕に頭を沈めた。

 なんか今日はいろいろとありすぎた……。月夜先輩に編み物をしているとバレてしまったし……。

 薬が効いているのか食事のおかげか、だいぶ今の症状は安定している。

 下の階から月夜と春木、そして夏野の母が話している声が聞こえる。ときおり笑い声が聞こえ楽しそうだ。

 そういえばと部屋のドアが開けっ放しなことに気がついた夏野は、誰か閉めてくれないかなと思いながら目を閉じた。


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