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182話 どっかいちゃった!?

 葵 月夜(あおいつきよ)は青ざめた顔で、部屋の中を探し回っていた。

「やばい……やばい……」

 タンスはもちろん押し入れや机の引き出しを調べても無い。何かの隙間にないかと部屋を見回るが何もない。

 ジャージ姿の月夜はいったん動きを止めると、その場に正座して静かに目を閉じる。

 思い出せ……。ここまでの自分の行動を……。確か学校から帰ってすぐにトイレに駆け込んだはず……。

 そう、月夜は記憶を頼りに探そうとしていたのだ。

 しばらく記憶を巡っていたが、日常の流れの中で特に気をつけているわけではないので場面がおぼろげだ。

 なんとなく経路は覚えているが細かい所までは思い出せない。

 ガックリと月夜は両手をついた。

「だめだ……思い出せない」

 かくなる上はと立ち上がった月夜は、廊下を挟んだ妹の部屋へと向かった。


 ちょうど倉井 最中(くらいもなか)が泊まりに来て、一緒に部屋ですごしていた葵 海(あおいうみ)

 今の二人のトレンドはエミュー。

 オーストラリアの草原に生息する二足歩行の飛べない鳥。ダチョウよりは小型だが大く、ふさふさな茶色の羽をもっている。

 ブサカワな顔に長いまつげが特徴で、最中と海はドはまりしていた。

「これ見てよ最中。かわいいよ!」

「ほんとだ。きょろきょろしてるね。ふふっ」

 二人でひとつのスマホを覗き込んでエミューの動画を鑑賞している。二人とも口元はニマニマしていた。

 パジャマ姿の倉井と海は、ベッドを背もたれにして肩を並べて座っていた。リラックスしている二人の表情はとても自然だ。

「この関連動画も面白そう」

「見てみようよ海さん?」

「ちょっとまって。画面が小さいから、お父さんのタブレットを借りてくる」

「うん、わかった」

 立ち上がった海に、いってらっしゃいと手を振る倉井。

 ちょうど(ふすま)に手をかけようとした海だったが、いきなり引き開けられた!


「うみ~~! お姉ちゃんは大変なんだ! だから手伝っておくれ~~!!!」

「ぎゃぁああー---! 急に開けないでよー-! びっくりするでしょ!」

 驚いた海が叫び声をあげ、姉の姿を見るや怒り始める。倉井も手を上げたまま固まっていた。

 月夜はそのまま膝をつき海に泣きついた。

「頼むよ海~! お姉ちゃん一人では難しいんだよ~~!」

「もう! 何が大変なの!? ちゃんと言わないとわかんないでしょ!?」

 急なことで困惑しつつも海は姉に聞いてきた。なんだかんだいっても姉に甘い妹であった。

「ちょっと気分転換に(そら)君からプレゼントでもらったピアスをつけようとしたら、きれいさっぱり消えてなくなってしまったんだ。このまま失くしたままだと空君に合わす顔がない。泣かれるかもしれないが、むしろ激怒されそうで怖いのだ! だから探すのを手伝ってくれよ~」

「なんでそんな大事な物を失くすの? ちゃんとわかる場所にしまったの?」

「いや、それがまったく記憶にないんだよ~」

「もー! せっかく最中と動画見てたのにーー。なんでいつもこうなのー-」

 ぶつぶつと文句を言いながらも海は探すのを手伝うようだ。

 聞いていた倉井は、確かに月夜が言っていたように夏野 空(なつのそら)が怒って説教をしている姿を思い浮かべてクスクスと笑いをかみ殺していた。

 すくっと立ち上がった月夜は海の肩に手をかけニッコリとした。

「そんなわけでよろしく頼む。最中君もよろしく!」

 ぶすっとする海に対し、他人事のように見ていた倉井は急に振られてコクコクと(うなず)く。

 こうしてピアス大捜索が始まった。


 せっかく倉井と二人だけで楽しんでいた所を邪魔された海は、しぶしぶと月夜の部屋へ入り探し始める。

 倉井は玄関へと向かい、月夜の通った導線を巡りながら探すようだ。

 月夜は道場にあるかもしれないと廊下を進んでいた。

 明かりをつけても薄暗く感じる誰もいない道場には、月夜だけがポツンとひとり浮いていた。

 なんとなく恐くなってきた月夜は素早く辺りを見渡して落とし物がないかと探す。

 道場の角は明かりが届かず暗がりになっていて、いかにも魑魅魍魎(ちみもうりょう)が出て来そうな雰囲気だ。

 ゴクリと喉を鳴らした月夜はダッと走って角へ行き、ちらりとひと目確認するととダッシュで道場を後にした。

「ひぃいいい……」

 背筋が寒くなって震えてきた月夜。すっかり道場の明かりを消すのを忘れている。

 そこにちょうど倉井が玄関周りの探し物を終えて廊下にいるのを見つけた。もちろん倉井はピアスを見つけていない。

「最中く〜〜ん!!!」

「ひゃあ!?」

 がばっと倉井に抱きついた月夜は安堵(あんど)した。この世にひとりじゃないことに。

「ああ良かった〜。最中君はまるで心のオアシスだ〜」

「あ、あの? 何かありました?」

「いや、ちょっと道場にひとりで行ったら恐くなってしまってね。なかなか家でも落ち着かないよ」

「ふふっ。月夜先輩は平気だと思いますよ? 何もいませんから」

「そうは言うが、暗いのは恐いのだ」

 ギュッと倉井を再度抱きしめる月夜。人肌の温かさを確認するかのようだ。

 しかたないので月夜に引っ付かれたまま倉井は移動した。相変わらずの恐がりにクスクスと笑いながら。


 部屋に倉井が現れたのを見て、海はいらただしげに月夜を引きはがした。

「いつまでくっついてるの! どうせ暗くなったから恐いとかなんでしょ!?」

「さすが我が妹、よくわかっているなぁ」

「最中も迷惑ならちゃんと言ってね? わたしがちゃんと守るから」

「うん。ありがとう海さん」

 照れながら(うなず)く倉井。こんなに自分のために言ってくれる海に嬉しさを噛みしめていた。

 人数が増えて元気が出た月夜はシャキッと立ち上がり周りを見た。

「やはりこの部屋が一番怪しいか……」

「当たり前でしょ!? お姉ちゃんの部屋なんだから! 絶対にここでなくしてるよ!」

 海からの強烈なツッコミも月夜は笑って流していた。さすがこの手のやり取りは日常茶飯事だ。

「とにかく探そう! 私ひとりでは見つからなかったのだ。三人でなら見つかるさ!」

 明るく月夜が声をかけると、仕方なしに海と倉井が部屋を探し始める。


 三人は月夜の部屋でピアスを探していたが、なかなかその姿を得ることができないでいた。

 それどころか海と倉井は、タンスで月夜のもつギャル服を見つけては感想を言い合いはしゃいでいる。

 しかも月夜が隠し持っていたおやつまで発見され、渋々みんなで分けて食べた。

 これって助けを求めてはまずかったのかと、いまさらながら月夜は思った。

 そう、プライベート空間である自室を完全にオープンにしているのだ。母親に隠し持っている化粧道具やギャル雑誌など、これでもかというぐらい海と倉井に知られてしまっている。

 完全に弱みを握られていることに気がついた月夜は、二人が姉に意地悪しない良い子でありますようにと祈った。

 こんなことなら神頼みならぬツキネ頼みをしてもよかったが、より現場が混乱しそうだ。

「全然ないけど、最中はどう?」

「こっちも見つからない」

 押し入れをあさっていた海と倉井が会話している。

 この頃には部屋のほぼ全てを探していたことに月夜は焦り始めていた。

 このままでは夏野の説教が現実になってしまう……。


 冷や汗をかきはじめた月夜に海が聞いてきた。

「タンスや押し入れにもないし、どこにもないよ。お姉ちゃんは自分のカバンとか見てみた?」

「それだぁ〜〜〜!!!」

 急に大声を出した月夜。びっくりした海と倉井は固まった。

「忘れてた! そうだ、確かにカバンだ!」

 月夜は机の上に置いてあるカバンに飛びつくと中をひっくり返す。

 ──コロン。

 他の小物に混ざって、小さなプラケースに入ったピアスが畳の上を転がる。

「あっ、あったーーー! やったぞーーー!」

 すぐさま月夜が手を伸ばして確保すると、高々と頭上に掲げて満面の笑みになる。

 その様子に海と倉井はパチパチと拍手していた。

 灯台下暗しとはこのことで、大切な物だからと月夜はなくさないようにカバンにしまっていたことをすっかり忘れていたのだ。

「二人ともありがとぉ〜〜! お姉ちゃんは助けてもらって嬉しいぞ〜〜!」

 感激した月夜は海と倉井をギュッと抱きしめる。

 散々探した結果が目の前にあったことに海と倉井は月夜の腕の中で苦笑していた。

 それでも意外なところでお菓子を食べられたことに二人はちょっとお得な気分だ。


「じゃあ、あたしたちは歯を磨いて寝るから。いこう最中」

「うん。お休みなさい」

「うむ、お疲れだったな。お休み二人とも」

 海に連れられていく倉井を月夜は晴れ晴れした顔で二人を見送った。これで夏野には説教されずに済んだから。

 だが、このとき月夜は気がついていなかった。道場の明かりを消すのを忘れていたことに。

 翌日、母親に消し忘れについて、こってりと説教されていたのであった。


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