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181話 これがわたし!

 職員室を退出した吹田 奏(ふきたかなで)はとぼとぼと廊下を歩いていた。

 吹奏楽部の顧問から呼び出しを受け、戻らないかと説得されていたのだ。

 どうやらトランペットの人員に不安のようで、即戦力になる吹田が来てくれたら大変助かると言われた。

 大会を目指している部員には申し訳ないが、吹田はそこまで吹奏楽を熱心に取り組むほどの情熱はなかった。

 部員たちと一体となって大きな事を成すために汗するよりも、今の部活の方がはるかに吹田には合っていると思っているからだ。

 まいったなと吹田は下を向きながらため息を出した。

 あくまでもトランペットは吹田にとって趣味の範囲で、まじめに取り組む気はなかった。吹奏楽部に入ったのも感触を忘れないように吹ければいいかなという軽い気持ち。

 だから全国を目指す部員や顧問とは熱量が違っていたのは当然だった。


 まいったなーと二度目のため息をついたとき、後ろから明るく声をかけられた。

「奏ちゃんどうしたの? 元気ないね〜」

 振り返ると夏野 空(なつのそら)がニコニコと吹田に近づいてきていた。

「部長!?」

「職員室から出てきたみたいだけど先生に何か言われたの?」

「ちょっと…。前にいた部の顧問につかまって……」

「あー。桜に聞いたけど奏ちゃんって期待の新人だったんでしょ? 前に部室でトランペットを聴いたとき凄かったし、そりゃ引き留めたくもなるよね」

「……」

 返答に困った吹田だったが、夏野はニコリと微笑んで続ける。

「もちろん奏ちゃんは地底探検部の部員だからね。本人や嫌だって言わない限り、他には渡さないよー!」

「ありがとうございます! さすが個性豊かな部員をまとめているだけあって、部長は頼りになりますっ!」

「えへへ。調子が戻ってきたね!」

「はい!」

 夏野の明るさに引っ張られたのか吹田の表情が晴れてくる。

 二人は並んで部室へ向かい、歩きながら近状を話しはじめた。


「そういえば(さくら)とは上手くやってる?」

「はい。とっても良くしてもらってます」

「それならよかった。一年生のときは別の部だったし、ちょっと心配してたんだよね。桜って落ち着きないし飽きっぽいから」

「ふふふ。桜先輩がいたからわたしも楽しいです。吹奏楽部にいたときは、周りの部員との意気込みの差があって少し肩身が狭かったんですけど、桜先輩は一人だけ違うことしててずいぶん勇気づけられました」

「へ~。桜が役に立ってる! 親友としてわたしも嬉しいな。部でもあまりかまってないから奏ちゃんがいてくれて助かるよー」

「そ、そんなことないです。むしろわたしの相手をしてもらってる感じなんで……」

 眼鏡で顔を隠すように照れる吹田。

 面白そうに顔を覗き込む夏野は笑った。

「あははは、そうなんだ。休みの日も二人で遊ぶの?」

「はい、たまに。おじいちゃんと気が合ったらしくて、とても来るのを楽しみにしてます」

「そうなんだ」

「おじいちゃんが多趣味で、桜先輩もいろいろな物が見れるんで嬉しいみたいです。たまに家に帰ってくる姉さんも喜んでくれるし、わたしも嬉しいです」

「お姉さんがいたんだ。初めて聞いたよー」

「そういえば言ってなかったですね。姉は大学生で空いた週末に帰ってくるんです。年が離れてるからいつも可愛がってくれて、優しい姉さんなんですよ」

「へー。わたし姉とかいないからいいなぁ」

「桜先輩も同じこと言ってましたよ」

 クスクス笑う吹田の話を聞きながら夏野は(あおい)姉妹を思い出していた。姉の月夜(つきよ)は妹が好きすぎだし、吹田姉妹はどんな感じなんだろうか。

 それよりも春木 桜(はるきさくら)は吹田家にちょくちょく遊びに行って歓迎されているようだ。

 親友のことを一番よく知っていると思っていた夏野だが、どうやら間違いで吹田と親密になっていることに気がつかなかった。

 わたしが月夜先輩と仲良くしているのを桜も詳しくは知らないだろうけど……。

 なんとなく釈然としないながらも夏野は後輩の吹田が少しうらやましく思えた。


 そこに吹田が夏野に聞いてきた。

「部長は月夜先輩といつから付き合っているんですか?」

「ふヘぁああー-ー」

 いきなり確信をつかれて夏野から変な声が出た。

「ど、どどどうしたのいきなり!? というか付き合ってないよ、まだ」

「ごめんなさい。まだってことは、これからですか?」

「そ、そうなんだよー。これからなんだー。あははははー」

 焦りながらも笑って誤魔化す夏野。

 そういえば吹田には夏野が月夜のことを好きだと伝えたことはない。

 にもかかわらず二人が付き合っているように見えたのは、それだけ親しく映っているのかも。

 だとしたら月夜は夏野のことが好きだということになる。夏野はもちろん月夜が好きだから、それはもう相思相愛だ。

 これってある意味、公認カップルじゃないかと夏野は思いはじめた。まだ付き合ってないのに。

 そこに吹田が次なる一手を投じて夏野の勘違いをバラバラに砕いた。

「でも、早く告白しないと月夜先輩が卒業しますよ?」

「ぶぁあああーーーー」

 突然奇声を発し、崩れ落ちる夏野を吹田は目を丸くして驚いた。

 いったい自分の言葉のどれにクリティカルを受けたのだろうかと吹田はあたふたした。

 もし春木がここにいたら「いいからほっときなよー。どうせ奥手の自分に負けたんでしょ」と軽く言うに違いない。

 だが、根が真面目な吹田は夏野の急変に罪悪感が胸にこみ上げてくる。

「あ、あの。ごめんなさい。よけいなこと言いました?」

「ううん! 全然平気! 奏ちゃんは変なこと言ってないし! わたしが頑張らないのが問題なの!」

「そ、そうですか? ならいいんですけど……」

 夏野の無理矢理な空元気に吹田はちょっと引いた。


 そんなこんなで二人が話しながら歩いていると、廊下の先に部室のドアが見えてきた。

 すっかり吹田は職員室での事を忘れて地底探検部での部活動を楽しみにしているようだ。

 やっぱりみんな笑っているのが一番だねと夏野は吹田の顔を見て微笑んだ。

 二人が部室に入ると、そこには月夜と春木が競い合っているのが目に入った。

「ふがぁーーー」

「ぶぅふううううーーーー」

 月夜と春木は互いに頬をこれでもかと膨らませ、両手には蟹の形をしたパンを持っている。

 長机の上にはこんもりと山のように積まれたカニパンがあった。

 どうやらカニパンを目一杯食べているようだ。

 夏野と吹田が驚いている前で月夜と春木が手に持ったカニパンを無理矢理口に入れている。

「なにこれ……?」

 目が点になった夏野の(つぶや)きに、近くにいた倉井 最中(くらいもなか)がそっと教えてくれる。

「月夜先輩の親戚が賞味期限の近いカニパンを大量に送ってきたみたいで、学校にもいっぱい持ってきてみんなで食べてたんだ。わたしたちはもうお腹いっぱいだからやめたけど、月夜先輩と桜ちゃんが意地になってるところ」

「なるほどねー」

 納得した夏野の横で吹田がクスクスと笑っている。


 そうこうしているうちに月夜に変化が起きた!

「ふぅぐっ!? ん〜ん〜!!」

 バシバシと自分の胸を叩く月夜。どうやらパンが喉につかえたようだ。

 食いしん坊のリスみたいに両の頬を膨らませ、顔を赤くしている月夜に慌てた夏野がペットボトルを持って駆け寄る。

「先輩これ! 早く水で飲み込んで!」

「んぐ。んぐ。んぐ」

 ペットボトルを受け取った月夜は一気に口に含み、硬くなったカニパンを飲み下しはじめた。

「んぐ。んぐ。ぷはーーーーー! 生き返った! ありがとう空君!」

「心配したんですからね? もっとゆっくり食べてくださいよ〜」

「すまん。パンが口中の水分を吸ったおかげで乾いてパサパサになってしまったんだ。危なかった…」

 ふぃ〜っと汗をぬぐう月夜。ちょっとした危機だったのかもしれない。

 そんな月夜に春木が余裕の笑みを浮かべている。

「ふっふっふ。あたしまだまだいけるよ!」

「ぐぬぬ。桜君の唾液腺はどうなっているんだ? ダダ漏れまくりか? 噴水みたいに出まくっているのではないか?」

「わぁ〜すごい! パサついて食べづらいカニパンも桜先輩には通用しないんですね! 素敵です! それに負けじと頑張る月夜先輩も素敵です!」

 感激した吹田がヨイショし出す。

 春木がキラリと白い歯を見せ笑うと吹田は憧れが募ってパチパチと拍手を始める。なぜか月夜もドヤ顔だ。

 どの部に所属していようと春木は我を通しているようだ。少なくとも個性的な地底探検部とは相性がいい。

 三人のやりとりを見ながら苦笑した夏野は、まだ大量にあるカニパンに手を伸ばしていた。


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