178話 いないと不安だよ!
遅まきながら、明けましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願いします。
放課後の地底探検部へと向かった冬草 雪は、いつも通りの様子で部室のドアを開けた。
「あれ?」
中をのぞいた冬草は、いつもと違う光景に声が出た。
部員たちが集まる長机の近くの隅にイスが二つ並んでいて、誰もいないからだ。
昨日なら秋風 紅葉が片方に座って冬草が来るのをそわそわしながら待っていたはずなのに。
冬草と秋風は他の部員よりも早めに部室に入ってくる。
秋風は少しでも長く秋風と一緒にいたいから。冬草は昭和の不良じみた格好からは想像できないが、律儀な性格なため授業が終わるとそそくさとやってくる。
同じクラスではない二人が学校で会えるのは昼休みと部活ぐらいしかないのだ。
きょろきょろと部室内を見渡し、秋風がどこかに隠れてないか視線で探す。
だが、どこにもいない……。
不安に駆られた冬草は部室内を歩き回り、人が隠れていそうな場所を見るが秋風はいなかった。
探すのを諦め、イスにどかっと座った冬草がひとりごちる。
「昼はいたのに。なんだ?」
そう、昼食は部室で一緒に食べていたのだ。他の部員もいたが。
すっかり秋風の弁当をつくるのが冬草の日常になりつつある今日この頃。当たり前のように作ったお弁当を嬉しそうに食べる秋風を思い浮かべる。
それは、料理の腕が発展途上の冬草を励ましながらも美味しいと微笑む秋風の顔。失敗した一品があっても嫌な顔をせずに食べている顔を。
はっと気がつきスマホを取り出すと電話をかける。
……呼び出しのコールが鳴り続け、じれた秋風は通話を切った。
出ない秋風が心配になってきてLI〇Eを送るが返事はない。
いつもならすぐに電話に出るし、LI〇Eも来るはずなのに……。
スマホをポケットに滑り込ませると腕を組んで冬草はむぅーと唸る。
これはどういうことだと秋風の不在に頭を悩まされる冬草が再び唸る。
いつも何かしらやらかしている冬草に愛想が尽きているなら、すでに別れているはずだ。それとも違う要因で秋風に何かあったのだろうか?
いくら考えてもわからない。
どう考えても秋風の方が冬草にべた惚れだし、一方的に嫌いになることが信じられない。
そんな腕を組んで難しい顔をしている冬草の前に、次々に部員が部室へとやって来た。
「おや? 珍しいな雪がひとりなんて。紅葉と喧嘩でもしたのか?」
二つ並ぶイスにぽつんと座る冬草を見て最初に入って来た葵 月夜が声をかける。
「うっせーよ。ほっとけ!」
「はっはっは。青春だなぁ~」
笑いながら月夜が長机に向かう。二人が喧嘩でもしたと思っているようだ。
次に現れた夏野 空と春木 桜、吹田 奏の三人は珍しいものを見る目で冬草がひとりなのを凝視して、なにもいわずに長机に待つ月夜と挨拶を交わした。
なんなんだとよ空気を読める三人に胸の内で悪態をつく冬草。
言われなくてもと冬草は思う。いつもと違うのは当人が一番わかっているのだ。
そして顧問の岡山みどり先生に葵 海と倉井 最中が楽しそうに話しながら入って来た。
三人は冬草に目もくれず、お菓子の話題に盛り上がりながら長机へと行ってしまった。
無視されるのも、それはそれで寂しい冬草。ちなみに三人はいつものことなので、この異変に気がつかなかっただけだった。
ムスッとしている冬草の元へ夏野がこそっと近づいて来る。
冬草の隣にしゃがんで小声で聞いてきた。
「どうしたんですか? 秋風先輩とケンカしたんですか?」
「ちげーよ。あたいもよくわかんないけど……」
つられて小声で返す冬草に困った顔をした夏野が続ける。
「ちゃんとしてくださいね? 雪先輩と秋風先輩がラブラブじゃないと月夜先輩の刺激にならないんですから。きちっとお二人は一緒にいてくださいね?」
「はぁ?」
むしろ冬草が眉をひろめる。どうやら夏野は冬草と秋風のいちゃいちゃぶりを見せつけて、月夜の恋愛脳を刺激する役割を見出しているようだ。
これはパンダの繁殖方法のひとつに、パンダ同士のいちゃつきビデオを他のパンダに見せて興奮を誘発させるというのがある。
それと同じ効果を冬草と秋風のカップルに夏野は期待しているようだ。
もはやパンダ扱い。どんだけ月夜が鈍いんだよと目を向ける冬草。
「いいですか。ほんとにちゃんとしてくださいね」
そう言い残して夏野はそそくさと長机へと戻っていく。
というか、それだけ別れることは無いと確信されているのかと、ちょっと嬉しく思う冬草であった。
いくら待てども秋風が部室にやってこない……。
もう耐えられないと冬草はイスから立ち上がると部室を後にした。
夏野が離れてから、もういちど電話とLI〇Eをしてみたが音沙汰がない。
だんだん心配で不安になってきた冬草は秋風のクラスへと走った。
ガラッと引き戸を開け教室を見渡すが誰もいない。
帰宅したり、部活に向かった生徒
「どこだよ……」
呟いた秋風は戸を閉め、教室から離れて他の教室を調べる。
だが空振りで、居残りしている他の生徒をびっくりさせただけだった。
それから冬草は学校で秋風がいそうな場所を探したがどこも空振りで面倒になってきた。
よく考えれば連絡もつかない状態で探してもすれ違うばかりだ。
大人しく部室で待っていようと冬草はとぼとぼと戻っていく。
部室前に来た時に、反対側から探し求める人物が向かってきたことに気がついた。
「紅葉!」
「雪? どうしたの?」
きょとんとした秋風にはぁ~と安心した吐息を漏らした冬草。
秋風が無事なのに安堵した冬草がよろける。
近寄った秋風が冬草の腕に抱き着いた。
「なに? なにかあったの?」
「あったのじゃねーよ。心配して探しただろ!」
「ちょっと生徒会に呼ばれて少し手伝ってたの。心配してたの? 嬉しい!」
「生徒会室……」
にんまり笑顔で抱きしめる秋風としかめ面した冬草。
冬草が学校を探していたときに絶対にいかなかった場所に生徒会室と職員室があった。そのひとつに秋風はいたのだ。
確かに前生徒会長だった秋風が、まさか本当に生徒会室にいたとは冬草でも思いつかなったようだ。
なんだか気の抜けた冬草はホッとした。嫌われたのではないことに内心喜んでいた冬草だった。
「何度も電話したんだぞ? スマホはどうしたんだ?」
「ああ! ごめんなさい。今日、家に忘れてきちゃって。雪ぐらいしか連絡をとりあってないから平気かなと思ってた」
「なんだよー。家かよー。昼のときに言ってくれればよかったのにー」
ぶーたれる冬草に嬉しそうに秋風が謝る。
「ごめんって。心配かけた埋め合わせはするから」
「……どうせ襲う気だろ? あたいはスイーツがいいからな!」
「ふふっ」
いぶかしげな冬草に機嫌よく秋風は頬にキスをした。
こうして秋風と合流できた冬草は一緒に部室に入って、いつものイスに並んで座る。
ふと視線を感じた冬草が長机の方を見ると、夏野が親指を立てているのが目に入る。
慌てて視線を外した冬草は、めちゃくちゃ目立ってるじゃねーかと胸の内でツッコミを入れていた。
やっといつも通りな日常に戻った冬草は、甘えて身をあずけてくる秋風の頭をなでた。
いつもなら少々うざったいが、いなくなると寂しくなる。
高校を卒業して秋風がフランスに旅立ったとき、自分は大丈夫なのかと冬草は少し考えた。
なんとなく見送り先の空港で号泣するのを想像できた冬草。もう少し強くなろうと密かに決心していた。
翌日からしばらく。
秋風がスマホを持ってきているか、お昼にチェックをしていた冬草であった。