177話 今度こそ!
先日は岡山 みどり先生を探していたことで、すっかり当初の目的がおろそかになっていた。
それは用具倉庫の中にある地下への扉がある件だ。
結婚まで秒読み段階になってしまったみどり先生は、はあとため息をついた。
いつのまにか部員たちに外堀を埋められていて、ゴールまで一直線なところになってしまった。
当の本人である岩手 紫先生はちょうどいいと笑っていた。生徒に背中を押してもらえるなんて先生冥利につきると。
みどり先生としては、もうすこし当人同士でコトを進めたかったのだが……。
それに岩手先生にしても、わざわざ学校で話すことはなかったのだ。同じアパートの部屋で一緒に住んでいるのだから、そこで話してくれてもよかったのだ。
きっと岩手先生なりのサプライズだったのだろうが、学校という場所が裏目に出てしまった。
もちろん、みどり先生としては岩手先生のこうした行動は嬉しいし、ますます好きになるポイント。
だが、場所が悪かった。よりにもよって地底探検部の部員たちに見つかるとは……
「先生? みどり先生?」
「はっ!?」
呼びかけられて現実に戻るみどり先生。
片手には用具倉庫の鍵を握っている。
部長の夏野 空が心配そうにみどり先生の顔をのぞき込む。
「大丈夫ですか? 気分が悪いとか?」
「い、いいえ。大丈夫よ。ちょっと現実逃避してただけだから」
はははと笑って誤魔化すみどり先生は、部員たちと一緒に例の用具倉庫の前に立っていたのだった。
日を改めて来たわりには、つい先日の事を思い出してしまうみどり先生であった。
「さっそく中を確認しようじゃないか」
葵 月夜が待ちきれずに急かす。
苦笑したみどり先生は鍵を使い倉庫の引き戸を開ける。
ガラガラガラとさびた車輪の音を立てて戸が動き、外の明かりが暗がりを差していく。
みどり先生は先に足を踏み込み、入り口近くの壁側に設置してある照明スイッチを入れた。
明るくなった倉庫内には、学校の行事で使用するライン引きにポール、ハードルなどの競技器具や折り畳みの長机などが整然と積まれている。
ぱっと見た限り、ここに地下への扉があるとは思えない。
部員たちは倉庫へと入ると思い思いに地下への扉を探し始めた。
そこに春木 桜は何かを見つけたようで吹田 奏に教える。
「ほら! ここにフラフープがある!」
「ホントですね。入学してから遊んだ記憶がないですけど、どなたかが使っていたのでしょうか?」
「なぞだね!」
「なぞですね!」
顔を合わせた二人はクスクスと笑い、二、三個あるフラフープを置いて他に変な道具がないか探し始めた。
その横では倉井 最中と葵 海が玉入れの玉を発見して、お手玉をして遊び始めていた。
少し離れたボールが収められたボールかごが並ぶ後ろでは、冬草 雪が秋風 紅葉に連れられて強引にマットに寝転がされていた。
「な、なにするんだよ!?」
「ここだったら邪魔されないから。ちょうどいい機会だし、勢いでするのもアリでしょ」
制服の上着を脱ぎ始めた秋風を慌てて止める冬草。
「やめろって! だいたい月夜とか空とか他の部員がいるだろ!?」
「大丈夫。みんなと離れてるし、あまり大きな声を出すとバレるから静かにね」
「なんでそうなんだよ!? スイーツとエッチなことしか頭にないのか!?」
「失礼ね。雪のことはずっと想ってるから安心して」
冬草を抱きしめて押し倒す秋風。ふわっといい匂いが冬草を包む。
このままだと本当に最後までしてしまいそうで恐くなった冬草が、理性を総動員してど根性で秋風をうっちゃる。
「おりゃああああ!!!」
「きゃっ!?」
マットに放り出された秋風を置いて立ち上がった冬草は、脱いだ制服の上着を投げ渡した。
「ほら。ちゃんと着ろよな?」
「……」
ムッと制服の上着を抱いた秋風の視線を無視して冬草がマットをたたんで片付け始めた。
「まったく。ご丁寧に一枚だけマットを敷いて用意するなんざ……」
文句を言いかけた冬草がマットの下にあった長方形のフタを発見した。横が六十センチ程、縦が一メートル程あるフタだ。
秋風に目を向けるとちょうど上着をしぶしぶ着ているところだった。
「ちょっと紅葉。これってマットを敷くときに気がついてたか?」
「ん? なんのこと?」
「これだよ、これ! なんか怪しいフタがあるだろ?」
「へーそんなのあったんだ。まったく気がつかなかった」
意外そうな顔で長方形のフタをまじまじ見る秋風。やっぱりエッチな事ばっかり頭にあるんじゃねえかと冬草は胸の内で突っ込んでいた。
冬草が発見したフタのことを知らせに月夜たちを呼ぶと、部員たちが集まってくる。
長方形のフタを見た月夜と夏野は興奮しているようだ。
「すごいな! 空君の言っていたことは本当だった。これは間違いなく地下空間へと続くハッチだ」
「ですね! なんか未知の世界を探検するみたいでワクワクしますね!」
盛り上がる二人に対して、他の部員たちは興味が薄い。
いままでの経験上、月夜と夏野が喜びそうな所はしょぼい場合がほとんどだったから。
今回は学校内なので過度な期待は持てないのだ。
月夜が皆の後ろに立って様子を見ていたみどり先生をフタの前へと引っ張ってくる。
「さ、ミドリちゃん出番だ!」
「はぁ!?」
驚いたみどり先生が月夜の顔をまじまじ見る。
「ど、どうして私が!?」
「だって恐そうだし、ミドリちゃんが一番頼りになるから」
期待する顔で答える月夜に言葉が出ないみどり先生。こういうときは出しゃばらないのが春木と夏野だった。
毎度頼られるのは嬉しいが、この場合は人間の盾として利用しているだけだ。間違いない。
月夜はささっとフタの横にしゃがむと収納式のとってを立てて持ち上げた。
ギギギギーーー
いやな金属音をさせながらフタが開き、ぽっかりと暗い穴をのぞかせる。
下へと続く階段が現れ、薄暗い地下へと続いている。
ゴクッと喉を鳴らしたみどり先生。
いつのまにか後ろへ回っていた月夜が、ニコッとみどり先生の肩に手を置いた。
「さ、行こう!」
「ひぃ……」
短い悲鳴を上げながら、みどり先生は震える足を階段へと下ろす。
「し、照明のスイッチってあるのかしら?」
一段ずつ下りながらみどり先生は呟く。
こうして一列になった部員たちがみどり先生の後に続いて階段を下りていった。
階段は手すりがあり、足を踏み外して転落しないよう安全な作りになっている。
みどり先生はもちろん、部員たちも手すりをしっかりと握って下りていく。
やがて暗い地下へと来た先生は階段側の壁にスイッチがあるのを発見して、恐いので素早く入れた。
パッと辺りが明るく照らされる。
そこは棚の並ぶ小さな部屋だった。各棚には段ボール箱が並んで収まっている。
「ここは……?」
「うむ。なんだろうか? 箱が謎だな」
みどり先生の呟きに月夜が応える。
部員たちもぞろぞろと下りてきて目の前の光景に感想を言い合う。一気に賑やかになる地下の小部屋。
好奇心旺盛な春木が手近にあった棚にある箱を開ける。
すると、そこからビョン! と何かが飛び出した!
「ひゃ!?」
驚いた春木の叫びにびびった部員たちがみどり先生に殺到する。
「ぎゃああああーーーーーー!!!!」
「ぶぐぅおっ!」
前後左右から抱きつかれたみどり先生から変な声が出た。
特に月夜は震えてみどり先生をきつく抱きしめている。その月夜をどさくさにまぎれて夏野が後ろから抱きついていた。
段ボール箱から飛び出ていた物をまじまじと見た春木がにししと笑う。
「これってバネだね? なんか理科の実験につかうやつかな?」
「そうですね。確かおもりをつけてバネの伸びる長さを測る道具ですよね。中学生のときに実験しました。あ、ばねばかりも横にありますよ」
吹田が春木の横からの箱の中をのぞこきむ。
そこには『つる巻きばね』とよばれる引きばねがビヨヨンとまっすぐになって揺れている。
どうやら段ボールにしまうときに曲がったまま閉めれたようで、たまたま箱が開けられたことで解放されて飛び出したようだ。
試しに隣の箱を開けると古びた黒板消しクリーナーが積み重ねてある。
どうやら学校の備品が収められているようだ。
春木たちの会話を聞いた月夜は、みどり先生から離れてしらじらしく腕を組む。
「なるほど。ここは教室で必要でなくなった備品を保存しておく場所かもしれないな。あと、空君。もう怖くないから抱きつかなくても大丈夫だぞ?」
「あれ? えへへ」
ずっと抱きしめていた夏野が指摘されてわざとらしく月夜から離れた。
やっと部員たちから解放されたみどり先生は眼鏡を直して息を整えている。そこに月夜が質問してきた。
「ところでミドリちゃん、ここのことは知っていたのかね?」
「まったく。運動部の顧問なら知っているかも?」
「ということは、一部の先生や校長だけが認めている場所なのかもしれないな。たとえば、捨てるには惜しい品や道具を一時的にここに保管していたのかもしれない」
「かもね?」
「いや、きっとそうだろう。そういうことにしょう。確認をしに、わざわざ校長に聞きに行くのも面倒だ」
「ふふふ。そうね」
苦笑したみどり先生が同意する。
そう、みどり先生も面倒なのだ。校長先生や教頭先生に聞きに行くのが。
こうして学校の謎をひとつ解き明かした地底探検部。
結局、地底世界とは関係なかったが、噂の解明には役に立ったようだ。
あまり面白い事態にならなくて肩を落として部室に戻る部員たち。
その中で倉井と海だけが、楽しそうに体育用具などで遊んでいて部活をエンジョイしていた。
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