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174話 あの音を思い出した!

 市立深原(ふかばら)高等学校の放課後。

 地底探検部の部室では、いつものように部員たちが長机を囲んで和気あいあいとしていた。

 バァアアアン!!!

 そこに部室のドアが派手に開け放たれる!

「みんなお待たせ! 今日は楽しい演奏会だよーー!」

 明るく手を振って春木 桜(はるきさくら)が登場した。

 片手には穴の空いた半円形の大きな板を抱えている。これは楽器のようで、よく見ると板ではなく薄い箱状になっており、空いた穴に(かぶ)せるように金属の弦が何本も張られていた。

 他の部員が唖然と注目している中、イスを引き寄せ座ると楽器を抱えてポロロンと弦を鳴らす。

「これはライアーって呼ばれる楽器だよ。ドイツで生まれたらしいけど詳しくはわからないよ。それじゃぁいくよー」

 説明にしては足りない情報を披露すると春木はポロロ…、ポロロ…と同じフレーズを鳴らし始める。

 すると部室のドアから吹田 奏(ふきたかなで)が春木と同じ楽器ライアーを持って静かに入ってくる。

 そしてイスに座るとライアーをかき鳴らし始めた。

 ポロロン、ポロン、ポロロン──

 どうやら吹田が主旋律を奏でているようだ。ハープのような雰囲気を出しつつ暖かで鮮やかな音色が部室内を満たしていく。

 立ち直った冬草 雪(ふゆくさゆき)が目で葵 月夜(あおいつきよ)に訴える。

 早く止めさせろよ! と。月夜は首を振った。どうせ注意してもやり続けるのが目に見えているから。

 そんな春木と吹田は目を閉じて集中して演奏しているため周りには気がついていない。


 練習したのか意外にも美しい二つの旋律が流れていく。

 ときには音が重なり、ときには異なる響きをさせながら部員たちの耳に届いた。

 聴きながらハタと冬草は気がついた。

 この曲を知っている!

 そう、春木と吹田はスーパーの鮮魚コーナーにさしかかるとよく流れているあの曲。お魚を食べると頭がよくなるフレーズを思い出される曲を披露していたのだ。

 クラシックな曲ならば興味がないので聞き流せるが、よく知っているので耳に残る。

 釈然としないながらも冬草は思わず聞き込んでしまうのであった。

 ポロロロロン──

 やがて静かに演奏が終わり、春木と吹田が腕を下ろした。

「「「わぁあああ〜〜」」」

 パチパチパチと聴いていた部員たちから拍手が湧き上がる。

 いままで怒られたり、邪険に扱われることはあっても褒められたことはなかった。しかし、今日はいつもと違って演奏を讃えられたのだ。

 気を良くした春木と吹田は立ち上がると一礼し感謝を示す。

 部員たちはそれを大きな拍手で迎えていた。


 月夜の隣に座っていた夏野 空(なつのそら)は曲の余韻を引きずっていた。

「なんだかお魚が食べたくなってきました」

「うむ。しかし、これは巧妙な罠だ。桜君たちが我々をお魚王国へと誘っているのだ」

 真面目な顔で月夜が語る。ただでさえ馴染みのある耳に残りやすい曲だ。そう(とら)えるのも無理はない。

 笑った夏野が(うなず)くが地獄耳の春木は聞いていた。

 ツカツカと月夜の元へと近づくと高圧的に胸を張る。

「なんか文句ある? 今回はちゃんとしてたでしょ!」

「確かにきちんと演奏はできていたが、お魚の誘惑には負けないぞ」

「ふふ〜ん! それだけかと思ってた? 残念でした〜〜! まだあるよ!」

 そう言うと春木は再びイスに座り楽器を構える。

 ポロ、ポロロ、ポロ、ポロロロ──

 軽快なリズムが刻まれ部室内が明るい雰囲気になる。

 同じフレーズが繰り返され、楽し気な曲が流れ、少しした所で部員たちは気がついた。

 否が応でも思い出すのはスーパーのお肉コーナーで流れる曲。好き好きお肉の歌詞が脳内で再生される。

 何気に好きな曲を聞いた冬草は反応した。

 思わず歌詞を口ずさむがマスクの下なので誰にも気づかれていないようだ。

 しかし隣にいた秋風 紅葉(あきかぜもみじ)は、冬草のマスクがふがふがと動いていることにクスクスと笑いをこらえていた。

 お~にく~~! と言いたくなる楽しい演奏がやがって終わる。

 そもそも短い曲でスーパーではリピートしていたから、お魚の曲も同様だった。

 こちらも部員たちは拍手を送り


 夏野は物憂げにふうっとため息をついた。

「お肉も食べたくなりました」

「……空君は影響を受けやすくないかな?」

 月夜は笑う。

「しかしこれは問題だぞ。我が家の夕食をお魚とお肉のどちらにするか悩むな」

「わたし……お肉にします。お母さんに電話してきます」

 夏野が決意固く宣言してスマホを取り出した。

 やりきった感満載の春木と吹田は満足げな顔で歯を見せる。

「やりましたね桜先輩!」

「だね!」

「まさかここまで成功するなんてすごいですよね! 先輩の楽器選びが光りましたね! これも先輩のおかけですっ!」

「でへへ」

 吹田のよいしょに春木は照れて頭の後ろに手を当てた。

 そんな部員たちを見ながら顧問の岡山(おかやま)みどり先生は思った。

 今日は帰りがけに寿司を買って帰ろう、と。

 間違いなくみどり先生の頭の中にはお魚の曲がループしていた。

 と、そこに春木の声が響き渡る。

「まだまだだよ〜〜!」

 ポロ〜ポロ〜ポロロン、ポロ〜ポロ〜ポロロン、ポロポロポロポロポロポロロロロ〜

 またしてもスーパーでよく耳にする曲を演奏し始める。

 焼き芋機があるコーナーにさしかかると聞こえてくるあの曲。ほどよく焼けた香ばしい甘い匂いが記憶に(よみがえ)る。

 歌詞もないのにやたらと耳に残るメロディーだ。

 聴きながらみどり先生を含め、部員たちは決めた。帰りがけに焼き芋を買おうと。


 だが、ひとり夏野だけは曲を聴きながら笑いをこらえていた。

 吹き出さないように手で口を覆っているが肩が震えている。

 そう、夏野は思い出してしまったのだ。先日、月夜と焼き芋をしていたことを。そして、爆音で放たれた屁のことを。

 隣で必死にこらえている夏野にいぶかしげな目を向ける月夜。

 月夜もまた思い出していた。あの恥ずかしい記憶を。できれば封印したい黒歴史。

 じとっとした目で夏野を見る月夜の耳は真っ赤だった。


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