172話 キノコ鍋だ!
「こういうときは全員来るんだな」
秋ギャルファッションの葵 月夜は集まった地底探検部の部員たちを見回した。
ここは葵家からほど近い小山の中。森の葉も色づき景色を赤く染めている。
手袋をしてビニール袋をもった部員たちや先生たちがワクワクしながら月夜の案内を待っていた。
先日、部活動の話し合いの中で、誰が言い出したのか鍋パーティーをしようと盛り上がってしまったのだ。
ついでに時期的にキノコ狩りも旬なので両方を一緒にやろうとなり、地底探検とは関係ない活動になってしまった。
しかし、部長の夏野 空は素晴らしい言い訳を思いついていた。
それは「地底へ通じる穴を探している中で、たまたまキノコが採れてしまった」というものだ。いつこの言い訳が役に立つのかは謎だが。
この案に夏野は満足し、さっそく決行する日時を決めたのだった。
食のことになると目がない顧問の岡山みどり先生と恋人の岩手 紫先生がスマホで食用キノコの種類を確認している。
今回の行事が面白そうだから参加した春木 桜と吹田 奏はもちろん部員だ。
トリュフが見つかることを期待している秋風 紅葉が腕を回している冬草 雪は、あまり興味無さそうに辺りを見回していた。
月夜の近くでドングリを発見してはしゃいでいるのが倉井 最中と葵 海の二人。
特に倉井は本格的に山に入ったのが初めてなので、珍しそうに周囲を観察したり海のレクチャーを受けていた。地底人なので地下にいて山の森とは無縁だったから。
腰に手を当てた月夜が戒めるように声をかける。
「皆、準備はいいようだな。では、ここいら辺りでキノコを探し始めるとしよう。あまり山奥へと行くとタヌキがいたり猪がいたりゲジゲジがいたりして危険だ。もし何かあれば私が叫ぶから助けてくれ!」
「はい!」
近くにいた倉井が返事をしたのを切っ掛けに部員や先生たちが散らばっていく。月夜がやらかすのは確定しているようだ。
月夜も夏野や倉井たちと一緒に付近を探しに歩き出した。
厚底ブーツが山道につまづき足首がコキッとなる。
「おわっ!?」
慌てた月夜が体勢を立て直して冷や汗をかいた。
心配した夏野が月夜の腕を取って補助する。
「大丈夫ですか? というかなんで動きやすい靴でこなかったんですか?」
「すまない空君。せっかくだからオシャレしようと思って新調したブーツで来たんだが失敗だったようだ」
残念そうな顔をしている月夜を、後先を考えないいつものことに夏野は苦笑した。
地元民がこれでいいのかと思うが誰も突っ込む者はいない。すっかり常識が薄くなりつつある部員たち。
倉井が木の根元に小さなキノコを発見した。
「あ! 海さんあったよ!」
「やるじゃん最中!」
しゃがんだ二人は発見したキノコを観察する。全体が紫色で傘の部分がとんがっている。どう考えても毒を持ってそうだ。
難しい顔をした倉井がどうかなと海に目を向ける。
「うーん、これは駄目なきのこ。いろいろ種類があるから見分けるのが大変だよね。最中は見つけるのがうまいから次を探そうよ」
「うん」
毒キノコでもちゃんとフォローしてくれる海に、倉井は胸のあたりがぽかぽかしつつも笑顔で頷き別のキノコを探し始める。
キノコ狩り初心者の倉井を海が記憶を呼び起こしながらレクチャーしていく。そう、海も祖父が存命中のときに数回行ったきりだからうろ覚えだった。
そんな二人の後を月夜と夏野がついていく。
「うむ。あの二人が頑張ってたくさん採ってくれるのを期待しているぞ。お姉ちゃんは温かく後ろで見守っていよう」
「月夜先輩も探してくださいね? 具が少ないと鍋も寂しいですよ」
「それはそうだが、よく考えたら厚底ブーツで腰を降ろすと地面から遠くてキノコが採りづらいのだ」
「どうして月夜先輩ってこういうときに限ってオシャレしてくるんですか? もっとイ○ンに行くときにすればいいのに」
すごく真っ当な夏野の言葉に月夜はハッと気がついた。
「確かにそうだな。しかし、最近はジャージを卒業したので嬉しいのだ」
「月夜先輩も来年卒業なんですから、しっかりしてください!」
「ううっ。空君は厳しいなぁ」
泣き真似する月夜に夏野が笑う。
軽く言い合いをしながら二人は倉井と海の取りこぼしをちゃっかり頂戴していた。
一方、冬草は追い詰められていた。
太い木の幹を背する冬草の眼前に迫る秋風がニタリとしている。
手に持った一本のキノコを秋風がひらひらと見せびらかす。
「ねえ知ってる? このキノコって幻覚作用があるんだって。どんな幻覚が気にならない? ちょっぴりエッチになるかも。試してみる?」
「しねぇよ!? こえーよ!」
恐怖におののいた冬草が叫ぶ。
トリュフを探していたのになぜこうなったのか。顔を青くした冬草は逃げ場なく秋風に囲われていた。
秋風は空いた手をゆらりと伸ばして冬草のマスクをずらす。
「ひ……」
びびった冬草が短く声を漏らすと、すばやく秋風が唇を重ねた。
「んん〜〜ん〜……」
恐いのと驚いたのが入り交じった冬草を秋風は愛情たっぷりに攻める。
しばらくして唇を離した秋風がニコリと微笑む。
「なんちゃって」
「ふ、ふざけんじゃねーーーーーーーよーーーー!!!!」
いろんなドキドキが胸を打ち、顔を赤くした秋風が吠えた。
「あら? どこかで叫び声が聞こえたけど……」
「気のせいじゃないの?」
みどり先生が後ろを振り向き茶色い木々を見据えるのを紫先生が応える。どうやら冬草の声はごく一部に届いていたようだ。
先生二人はスマホの図鑑を見ながらキノコを採り進めて、ビニール袋の半分ほどになっていた。
そこに春木が入って来た。
「そんなことよりもっと探そうよ」
「春木さんは私たちの所に来たのね」
「そりゃそうでしょ。だってこの中で一番しっかりしてるのは先生たちだもん。食べることがかかるとあたしは真剣なんだ」
「さすが桜先輩! 食のためならいつものおふざけを封印して自己利益の高い方へと向かう! そんな姿勢に痺れます〜!」
すかさずキラキラ目の吹田が春木をヨイショする。歯を見せて春木は二カッとした。
吹きだしたみどり先生は春木たちに背を向けて肩を震わせた。どうやらツボに入ったようだ。
仕方ないなと紫先生も笑う。
四人は見つけやすいキノコを中心に探しながら森の中を歩き回った。
◇
夕暮れになり再び集合した部員たちと先生は、それぞれの成果を語りながら月夜と海の自宅へと向かった。
みんなでお邪魔して家へ上がると広間には長机があり、卓上コンロが二つ置かれてセッティングはバッチリだ。
皆から採れたキノコを預かった月夜は台所へと準備に向かう。
夏野や倉井、海と先生たちは手伝いに後を追った。
採ってきたキノコは先生たちによって食用のみが選別される。
倉井と海が持ってきたキノコの半分は毒は無いが食用に適していないもので、秋風と冬草にいたっては一本のみ。しかも毒キノコ。
月夜と夏野はなぜか栗をたくさん持ってきていた。
さすが先生たちの取ってきたキノコはバッチリ食用だけだ。
分けたキノコは下ごしらえをして、他の野菜や肉と一緒に鍋に投入。フタをして広間へと運ばれる。
待ってましたと春木たちが目を輝かせた。
コンロに火がつき、ぐつぐつと煮えてきた鍋からは、なんともキノコの香しい匂いがただよい部屋を満たしていく。
「むう…。待ちきれないな」
空腹を誤魔化すようにお茶を飲みながら月夜が出来上がりを待ちわびる。春木たちも同じ気持ちで鍋を見つめている。
苦笑した夏野は、下ごしらえの合間に焼いた栗を月夜たちに差し出していた。
やがて鍋が出来上がる。
フタを取ると水蒸気がぼわっと宙に上がり、ぐつぐつと煮えた艶々で美味しそうなキノコたちが出迎えた。
ワーーっと歓声が上がり、皆が手を合わせる。
「いっただきまー--す!」
皆が一斉に声を出すと箸とお椀を持って鍋をつつきだす。
特に汗はかかなかったが、自分たちで採ってきたキノコは格別においしい。
ハフハフしながら熱いキノコをほおばる。
鍋汁を吸ったキノコからじゅわっと液が溢れ、口内を満たしていく。
幸せそうな顔でもぐもぐと食べる部員たち。先生たちも目を細めて嬉しそうだ。
「うむ。秋はやっぱりこれだな。毎年の楽しみだ」
食べながら感想を漏らす月夜に夏野が突っ込む。
「去年もその前の年もみんなで鍋なんてしませんでしたよね?」
「はっはっは。固いこと言わないでくれよ空君。ほら、肉もたーんとお食べ」
誤魔化すように鍋から肉を取り分ける月夜。夏野は嬉しそうに湯気の出ている肉にかぶりつく。
みどり先生と吹田は眼鏡を曇らせたまま箸が止まらない。春木は無言でがっついていた。
顔のあちこちにキスマークを付けた冬草は、かいがいしく秋風に鍋の具をよそっている。
倉井と海はキノコを見せ合いながら楽しそうに食べていた。
その中にちゃっかり月夜の母親が加わって、肉だけを堪能していたのに誰も気がつかなかった。
こうして鍋パーティーは秋の夜を賑やかにさせていた。