171話 どハマリだ!
放課後。
地底探検部の部室に遅れてやってきた葵 月夜は、挨拶もそこそこにすでにいた夏野 空の隣に座るといそいそとカバンからスマホを取り出した。
いつもなら話題を振って楽しく会話をするところだが、今日にかぎっては大人しい。
夏野はスマホを操作し始めた月夜に顔を寄せる。
「どうしたんですか? なにか連絡あったんですか?」
「うむ。よく聞いてくれたな空君」
ガバッと体ごと夏野に向ける月夜。どうやら誰かが尋ねてくれないかと期待していたようだ。
それならそうと言ってくれればいいのにと内心笑う夏野に月夜がスマホの画面を見せてきた。
「いつもコンビニで買っていたギャル雑誌がとうとう廃刊になったのだ。しかし、どうやらアプリで新しく始めると告知があって、さっそくスマホに入れていたところなんだ」
「へーアプリですか。月夜先輩お気に入りの雑誌が続いてよかったですね!」
「うむ。空君ならそう言ってもらえると思ったよ。しかし、ギャルもハイテクになったなぁ」
えへへと笑う夏野。ハイテクと聞いて、ベタベタとシールの貼ってある派手なパソコンを危なっかしく持つギャルを思い浮かべていた。
が、月夜は真剣な眼差しを夏野に向ける。
「それはそうと、ここにカリスマギャルのむんちゃん☆がお勧めするゲームがあるんだが…」
「はい?」
月夜が差し示すスマホ画面にはメイクばっちりのギャルがコラボしているアプリゲームを紹介している。
どうやら自分に似せたアバターを作って、ギャルメイクやヘアースタイルをいろいろ試せるアプリのようだ。
目玉は実在のギャルブランドの服が用意してあり、コラボ限定品や人気のコーディネートをアバターに着せることができる。
もちろん実際にある服なので、そのまま通販で購入することも可能だ。ヘアメイクなどのコスメやウイッグなどの小物も同様で購入意欲をかきたてるようにできている。
着せ替えゲームをさせつつ、気に入ったアイテムを購入できるというギャルにはたまらなないアプリのようだ。
説明を読んだ夏野は危機感を覚えた。
これってギャル服好きには極上じゃないのか? と。そう、このアプリならわざわざショップに行って試着する必要がないのだ。
気に入った服をホイホイと買うことができる。
過去の月夜の行動を思い出し、金があればあるだけ買ってしまう消費癖に夏野は首をぶんぶんと横に振った。
「だめです! このアプリは危険です! 絶対に月夜先輩は入れないでください!」
「な、なんでだ?」
思わぬ反対を受けてうろたえる月夜に身を乗り出して夏野が説明する。
「だって、月夜部長って気に入ったらすぐに買うじゃないですか! いつもはお金がないから点数は少ないですけど、これってクレジットカードを登録するんですよね? それだと際限なく買いまくりますよ!?」
「うぉっ!? た、確かに……。そう言われると否定しづらいが。だが、私はクレジットカードなど持ってないぞ」
「それでもです! 絶対に欲しくなるに決まってますから! 最悪、月夜先輩が親のカードを使うなんてことも考えられます!」
「そ、そうか。そんなことしたらお母様に半殺しにされる未来しか見えないが……」
「とにかくこのアプリは駄目です! もっと健全なのにしてください!」
「ううっ。なぜか小学生扱いされている気がする」
今日はやけに親のように見える夏野の説得に月夜はしぶしぶこのアプリを入れるのを断念した。
そのかわり夏野の監視の元で他のギャルアプリを探すことにした。
改めてアプリストア内のギャル系ゲームなどを検索する。
夏野も驚くほど無数のギャルアプリが出てくる。
今ってギャルブームなのかな? と夏野は不思議がった。
二人で月夜のスマホをのぞき込んでいるため、互いの顔が近い。いつもならドキドキしてしまうシチュエーションもアプリ探しに夢中で夏野は気がついていなかった。
アプリ類の中で月夜が気になったものをタップした。
「これはどうだろうか? 東京の原宿や渋谷にあるギャルショップを巡るアプリなんだが」
「どれどれ……ギャルショップで最新アイテムを発見して買っちゃおう! って、そんなの駄目です!」
「むう。そうか」
「これって、さっきのと同じですよね。最終的に商品を購入するって意味では」
「しかし、こう見るとほとんどのアプリがショップと連携しているな。むしろ買い物しないアプリが少ないようだ」
「ですねー。もう少し探してみましょうよ」
再び画面に並ぶアプリを探してみる。
その中に月夜の目を引くものを発見した。
「ギャルコーデMAX……他のと似ている気がするが説明を見てみよう」
「えっと、カリスマギャルむんちゃん☆監修。…さっきも出て来ましたよね? むんちゃん☆って有名なんですか?」
「うむ。最近、人気急上昇中のカリスマギャルだ。ちなみに私も推しているぞ」
「そうですか。説明を続けますね」
「……」
自分で話しを振っておいて続ける気のない夏野に月夜は何故だと悲しんだ。できればあと二十分ほどカリスマギャルのむんちゃん☆について語りたかったのに。
たとえカリスマでも他人に興味をもたれるのが気にくわない夏野であった。
アプリの方は、一日一回無料のガチャでギャルを引いてギャル度の高さを競うゲームのようだ。
ガチャの課金はあるものの無料でも十分楽しめる作りになっている。
「これはいいんじゃないですか? 無理せずにできそうですよ」
「うーむ。そうだが、なんだか対象年齢が低い気がするんだが……」
「気のせいですよ! やってみれば面白いですよ」
「そうか?」
夏野が見ている手前、アプリをダウンロードする月夜。
変なアプリに手を出さないでよかったと夏野はニコニコと見ていた。
それから部活が終わり、家に帰った月夜。
夕食と風呂をすませ手持ち無沙汰になった月夜は、リビングで放課後スマホに入れたアプリを試してみた。
軽い気持ちで初めてみた月夜だったが、元々ゲームなど数えるほどしかやったことがない。
年齢が低い子供でもわかりやすいよう作ってあるようで、初めての月夜でもスラスラとゲームを進めることができた。
「お姉ちゃんなにやってんの!? もう夜遅いよ!」
妹の海に声をかけられハッとする月夜。
時計を見ると夜の十一時を回っている。どうやら時間を忘れてゲームに熱中していたようだ。
「むう…もうこんな時間か!?」
「ゲームしてんの? ずっとやってると目が悪くなるよ!」
言うだけいって海は自室の方へと足早に向かって行く。月夜が返事をしようとしたときには姿は消えていた。
もっと妹とコミュニケーションを取りたがった月夜だったが、遅かったようだ。
ゲームとは恐ろしいなと思いながらも部屋へと向かう月夜だった。
あれから一週間。
暇をみつけては『ギャルコーデMAX』をやり込む月夜。
しかし、思いがけない所でゲームは終わりを告げた。
いつののように部室で月夜がスマホに向き合っていると、恐い顔をした夏野が迫ってきた。
「もう! 月夜先輩はゲームばかりで部活やってないじゃないですか! ちゃんとこっち見てくださいよ!」
「おわっ!? す、すまん!」
慌てて顔をあげると鬼がいた。
いまにも角が出そうな勢いで夏野が憤慨している。
「ゲームに夢中なのはわかってましたから少しは我慢してましたけど、いい加減にしてください! 暇見つけてはスマホばかり見て!」
「ち、違うんだ空君! 今いいところなんだ! もう少しでレアアイテムがもらえるんだ! そうしたらギャル度が上昇してカリスマプラスでレジェンドになるんだ!」
「何言っているかわかりません! やるなとは言いませんからほどほどにしてください!」
「……はい」
夏野をこれ以上怒らせないために従順になる月夜。
スマホをカバンにしまうと席を移動し、部活を続けた。
帰りがけに月夜は冬 草雪に声をかけられた。
「よお。空に怒られてたな」
「むー、見なかったことにしてくれ」
「ははは。まー月夜はゲームに耐性なさそうだもんな、熱中するのもわかるよ。だけど空がそわそわして月夜のことを心配してたからさ。やるなら家に帰ってからだな」
「うむ。しかし、家では妹がうるさいのだ。最中君がいると相手にしてくれないし、なかなか難しい」
腕を組む月夜に笑った冬草が肩を叩いた。
「まーほどほどにな。部活もあるしバイトもあるからよ」
「そうだな。ありがとう雪」
二人は笑って途中まで一緒に帰って行った。
自宅へ戻った月夜はさっそく、るんるんとスマホを取り出しアプリを立ち上げた。
「な!? なにぃ〜〜!?」
驚いた月夜の目にスマホの画面が映しだされていた。
そこには「アプリ終了のお知らせ」とメッセージが流れていたからだ。
どうやらゲームとして人気の薄いアプリだったようで、採算が取れないと踏んだ開発元がサービスを切り上げたようだった。
月夜が始めたのは正に終了間際のことだったのだ。どうりでガチャをしても激レアギャルが出てくるし、アイテムもレアものがばんばん現れたはずだ。
運営が最後にと大盤振る舞いをしていたからだったのだ。
「そ、そんな……これまでの苦労は!?」
へなへなと廊下の床に座り込みぐったりとする月夜。
いままでの空いた時間で行っていたゲームへの労力が水の泡と消えてしまった。
ぱたりと体を床に倒れ、月夜は燃え尽きて灰になった。
「お姉ちゃん邪魔! そんなところいたら通りずらいでしょ!」
倉井 最中と一緒に帰ってきた海に怒られた月夜はピクリともしなかった。