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170話 よく見えるぞ!

 アパートのキッチンでは岩手 紫(いわてむらさき)先生が、ふふ〜んと鼻歌しながら軽い朝食を手早く準備している。

 岡山(おかやま)みどり先生と一緒に住み始めてしばらくたち、ずいぶんと二人の生活に馴染んでいた。

 小さなことでケンカや衝突はあるが、おおむね順調にみどり先生と紫先生は愛を(はぐく)んでいた。

 機嫌よさげに紫先生がワンプレートに盛った朝食を手にリビングのテーブルへ向かう。

 そこにはみどり先生の姿は無く、どうやら寝室にいるようだった。

 起床は同じ時間だったのに支度に時間がかかっているのだろうかと紫先生は不思議がる。

「みどり〜。朝ご飯だよー」

 声をかけながらプレートを置くと、スープをよそおいにキッチンへと戻る。

 スープカップを両手にリビングに来ても、みどり先生はいない。

「みどりー?」

 何かあったのかと心配になってきた紫先生は寝室に顔を出した。

 そこにはメイク途中で手鏡を見ているみどり先生の姿があった。

「みどり?」

 再び声をかけると、初めて気がついたのかみどり先生が振り返る。どことなく元気ないようだ。

 みどり先生の無事な姿にホッとした紫先生は近づいて腰を降ろした。

「どうしたの? 何かあった?」

「……裸眼が前よりも見えづらくなって。ひょっとして老眼かも?」

 真剣な表情で言うみどり先生に紫先生は吹き出した。

 よく見れば眼鏡をしていなくて、しかめ面で鏡を持っている。

 そんなことかと笑う紫先生にみどり先生は抗議した。

「ちょっと! 笑い事じゃないの! 視力が落ちてたらショックだし、老眼ならなおさら! わかる!?」

「ごめん、ごめん。話しは後で聞くから、先に朝ご飯にしよ? ね?」

「……わかった」

 しぶしぶ紫先生に従ったみどり先生は眼鏡をかけて立ち上がり、リビングへ向かう。

 クスクスと笑いながら紫先生も後を追った。


 軽い朝食なのでさほど時間をかけずに胃に収まり、片付けをしてソファーに並んで座る二人。

 気分の暗いみどり先生がじっと紫先生の目を見てくる。

「紫って視力はいくつ?」

「んー、確か一ぐらいだと思う」

 ぎゅっとみどり先生の手を握りながら答える紫先生。

 昔はコンタクトをしていたのかと思っていたが、大学で出会った頃から裸眼だったようだ。意外と身の回りの眼鏡率が低いことにみどり先生は気がついた。

 なんとなく察した紫先生が取り繕う。

「あ、でも昔は一・五はあったけど、だんだん落ちてきている気がする。そのうち私も眼鏡かもしれないし?」

「当分大丈夫でしょ。そういえば今まで気にしてなかったけど紫って目がいいのね」

 向かい合って互いに見つめ合っているのに、みどり先生は紫先生の瞳を凝視していた。

 いつもと違う、なんだか変な気持ちになった紫先生はちゅっとみどり先生にキスをして笑顔になる。

「今日は温泉に行こうって予定していたけど、眼鏡屋さんに行こう!」

「えっ!?」

 ちょっと驚いたみどり先生の両手を取った紫先生がウインクする。

「そんなにショックだったら、ちゃんと確認しないと。それに悪くなったとしても新しく買えばいいし。一挙両得でしょ?」

「た、確かにそうだけど…。なんだか気が重い」

「ちょっとしたデート気分で行けば軽くなるよ。ね? ほら、笑って?」

 明るい紫先生にみどり先生もつられて口元が緩む。

 好きな人にそこまで言われてはとパッと立ち上がったみどり先生は、メイクの続きをしに寝室へと急いだ。


 ちょっとオシャレな服装をしたみどり先生と紫先生は手をつないで駅に向かう。

 そう、地元の駅前には眼鏡屋さんはないのだ。

 電車でターミナル駅やモール街のあるイ〇ンまで行かないと目的は達せられない。車があれば街道沿いにあるが、それでも三十分はかかる場所にある。

 二人は乗客の少ない電車に乗り込み、ターミナル駅を目指した。

 いつもはスイーツや洋服、ハンドクラフトの話題が多いが、今日は眼鏡の話でみどり先生と紫先生は盛り上がっていた。

 意外とスピードを出して進むローカル電車にゆられ、楽しく会話は続いていく。

 そうしているうちに目的地へ着いた二人は駅を降りた。


 眼鏡屋は駅のすぐ前に立つビルの一階にあった。

 全国チェーン展開しているフレームの軽い眼鏡や流行のものを扱うジ〇ズだ。

 ちなみにみどり先生はすでに会員になっていて、視力や眼鏡の度などの情報は登録済みだ。

 午前中だからか、客はまばらで展示してある眼鏡をすぐに手に取れる。

 あまりこういうお店にこない紫先生は、興味深そうに目を輝かせて店内を見回した。

 紫先生はフレームレスの眼鏡を見つけると試しにかけて、みどり先生に見せる。

「どう?」

「とっても似合う! 知的さが増すね。授業はそれでやったら?」

「生徒の前だと恥ずかしいからイヤ」

「えー。もったいない」

 褒めるみどり先生に照れる紫先生。あれにこれと意見しながら二人は楽しそうに選んでいく。

 たまにはこういう買い物もいいねと紫先生は思う。本人は買う予定がないのだが。

 いくつか試して、みどり先生が選んだ眼鏡は今使っている物とあまりかわらないタイプだった。

 せっかく新調するのだから、いつもと違う面を見たいと紫先生は期待を込めて聞く。

「もっと冒険したら?」

「いいの。私は地味に生きていくから」

 首を振ったみどり先生はこのままでいいようだ。

 残念に思いながらも、みどり先生らしい言葉に紫先生は笑う。

 たとえどんな眼鏡だろうと好きな人なのは変わらない。

 選んだ眼鏡を手に持って、みどり先生と紫先生は受付へと向かった。


「お決まりですかー?」

 声をかけてきた店員にみどり先生が振り向くと、そこには店の制服を着た吹田 奏(ふきたかなで)がニコニコして立っていた。

「吹田さん!? ここでバイトしてたの!?」

「先生こんにちわー。そうなんです。先輩たちが頑張っているのをみて、わたしもやってみようとバイト始めました」

「でも、この場所はお家から遠いんじゃない?」

「はい。でも、駅はすぐそばですから通いは思ったより楽なんです。こんなわたしを心配してくれて、みどり先生ってホントに聖母様みたいに優しいですね」

「そ、そう? いや、そうでもないけど……」

 おだてられて嬉しくなったみどり先生は、照れ隠しで紫先生の腕に抱きつく。

 生徒とのやりとりを見守っていた紫先生は笑っている。

 偶然出会ったとはいえ、よく知る生徒がバイトでいるのは心強い。

 そのままみどり先生は吹田に案内されて視力検査の機器がある場所へと連れて行かれてしまった。

 手持ち無沙汰になった紫先生は待合用のソファーに腰掛け、みどり先生が戻ってくるのを楽しみにしていた。


 しばらくして青ざめた顔をしたみどり先生が、足元をふらつかせながら戻って来た。

 驚いた紫先生が立ち上がってみどり先生に寄り添う。

「どうしたの? 具合が悪くなった?」

 暗い顔で首を振ったみどり先生。ちょっと涙目で紫先生を見る。

「やっぱり落ちてたの……。気のせいじゃなかった。私、落ちてたのーーー」

 わっと紫先生に抱きつくみどり先生。

 どうやら予想通り視力が下がっていたようだ。はたから聞くと受験か何かに落ちたのかと錯覚するが気のせいだ。

 よしよしと背中をさすった紫先生が微笑む。

「だから新しい眼鏡を作ったんでしょ。それでいいじゃない。ちょっとぐらい視力が落ちても、みどりの可愛さは変わらないんだし」

「……そう、かな?」

「そうよ。度が合った眼鏡で、ちゃんと私を見て。良く見える?」

「すごくよく見える……」

「ふふふ」

 ぎゅっと抱きしめ合う二人。

 その横で吹田が「会計を」と声をかけづらそうにしていた。

 他の店員も突然のメロドラマにドン引きしている。

 普段、地底探検部の部室で、みどり先生たちや冬草(ふゆくさ)たちのラブラブっぷりを目の当たりにしていた吹田には耐性ができていた。

 しかし、耐性のない店内にいる他の人達には、激甘な空間に見ている方が照れるのであった。

 そして皆は思った。

 お昼はピリ辛系を食べて、今日は甘いものを控えようと。


 すっかり機嫌を直し、視力が少し低下した事実を流すことに成功したみどり先生。

 視界がクリアになったことで気持ちも明るくなったようだ。紫先生も嬉しそうにしている。

 こうして無事に会計を済ましたみどり先生たちは、ランチをしに楽しそうに街の中へと消えて行った。


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