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169話 届かない!

 葵 月夜(あおいつきよ)はギャルファッションに身を包んで姿見の前に立っていた。

「うむ。なかなかかわいい」

 全体的な露出は控えめだが、肩だしでモコモコがつていたりして少し一般的な服とは違う。

 腰に手を当て、体をひねりながら鏡に映る自分をチェックする。

 ばちんとウインクしたりして、ついでに化粧もチェック。

 最近、二の腕に筋肉がついてきたなとがっしり体型の月夜は、ポージングをしながら各部位に注目していた。

 やはり空手の稽古をしすぎたためか、険しい顔で服をめくり腹を出す。

 みごとに割れてる腹筋。

 ギャルなのにおヘソ出ししたら腹筋がバッキバキである。もうすこし肉付きがいいほうがギャルっぽい。

 なにか自分の理想とするギャル像から離れていくような気がした月夜であった。

 ここは居間の隣にある部屋。

 昔、お爺ちゃんとお婆ちゃんの寝室だった部屋だ。

 全身を映す鏡は居間にもあるが、そこでひとりファッションショーをしていると家族が通り過ぎたり、くつろぎに来るので気が散ってしまうのだった。

 特に妹の(うみ)の軽蔑するような視線と母親の奇妙な物を見る目に月夜は耐えられなかったのだ。

 そういうことで、逃げるように隣部屋にある鏡を月夜はよく使っていた。

 ここなら(ふすま)を閉めれば家族が隣にいても気にならないし、痛い視線もシャットアウトだ。


 ふふ〜んと鼻歌しながら着替える月夜。

 宝石っぽいダミープラスチック製のキラキラピアスを取り外し、いつもつけているピアスに付け替えようとしたとき──

「あっ!?」

 手元からぽろりと落ちて、コロコロとピアスが畳に転がっていく。

 慌てた月夜がしゃがみながら手を出したが、転がるピアスは短い足つきのタンスの奥へと行ってしまった。

「あちゃー」

 よりにもよって奥行きの深いタンスの下だ。折りたたんだ布団が入るサイズで足の高さも低く、腕がかろうじて入りそうなほど。

 かがんだ月夜は畳に顔をつけ、タンスの奥を覗き見る。

 目当てのピアスは壁側の方にあり、薄暗い中できらりと光りを反射していた。

「うむむ。まいったな……」

 そのまま腕を伸ばしたが体勢が悪いようで、手首を越えたあたりで引っかかってしまった。

 ならばと月夜は腹ばいになり腕を伸ばす。

 が、肩が低い位置にならず、先ほどとさほど変わらない結果となった。

 そう、月夜の豊かな胸が邪魔をしてタンスの奥へと手を伸ばすことができないのであった。

「うぐぐぐ……!」

 それでも月夜は歯を食いしばり腕を伸ばすが胸がつぶれず肩が浮いたままだ。

 あれこれ十分ほどタンスと格闘した月夜は汗をぬぐって座り直した。

 結果はタンスに惨敗だ。どうがんばっても胸がつかえて肩がさがらない。

 はぁ〜っと深いため息を吐き出した月夜は、どうしようかと考え始めた。


 そのとき、襖が開いて倉井 最中(くらいもなか)が顔を出した。

 この日は泊まりにきていて、すっかり慣れた様子だ。

「月夜先輩おやつありますよ。どうしたんですか汗かいて?」

「おおーーー! ちょうどいいところに来たな最中君!」

 嬉しそうに立ち上がった月夜は倉井を部屋へと引っ張り込む。

 戸惑いながらも入った倉井はタンスの前に連れてこられた。

「ここは?」

「うむ。実はピアスをタンスの奥に落としてね。取ろうと頑張ったんだが無理だったんだ。そこで最中君に頼みたいんだ。どうかピアスを取ってくれないだろうか?」

「なるほど」

 月夜の説明に納得した倉井はどれどれと、しゃがんでタンスの下を見てみた。

 確かに奥に光る物がある。

 試しにと腹ばいになった倉井が腕を伸ばすが微妙に斜めに入り、奥まで届かない。

「うーん。うーん」

 頑張ってみるがやはり胸が邪魔して肩が下がらなかった。

 そう、倉井も月夜ほどではないが胸が大きかったのだ。

「ファイトだ最中君! 頼りになるのは君だけだ!」

 月夜が両手を握り応援している。

 せっかくだからと倉井はもう少しチャレンジしたが、やはり届かない。

 諦めた倉井がシュンとする。せっかく役に立てると思っていたのが、ふがいない結果で終わったからだ。

「ごめんなさい……」

「いや、違うぞ最中君。私が無理を言ったのが悪いんだ。むしろ私が謝りたい」

 慌てた月夜が倉井をフォローする。

 とはいえ、元は月夜のやらかしが原因だ。責任感の強い倉井の機嫌を月夜は取り始めた。


 そこに海が顔を出してきた。

「最中遅い! ってなにしてんの二人で!?」

 タンスの前で正座した月夜と倉井を見て海が驚く。

 倉井にいたっては青ざめた顔をして元気がない。

 せっかく温かいホットケーキがあるのに、どんな事態になったのかと海は頭をかたむけた。

 すると月夜が立ち上がって言い訳を始める。

「ち、違うんだ海! これは最中君をいじめているわけじゃないんだ! ただ手伝ってもらった結果なんだ!」

「意味不明。なんなの? どうなの最中?」

 姉を無視して倉井のそばに寄る海。

 心配になって顔をのぞき込むと、今頃気がついたのか倉井は近い海の表情に頬を染めた。

「えっと。タンスの下に落としたみたいで、上手く拾えなくて……」

「ん? タンスの下?」

 聞いた海はタンスの隙間を頭を落として見た。

「あーあれね。ちょっと待って」

 そう言うと腹ばいになった海がするりとタンスの下に手を入れ、ピアスを手に取ってきた。

「はい。これでいいでしょ?」

「うん! ありがとう海さん!」

 倉井に手にピアスを載せると嬉しそうな笑顔が返ってきた。

 ふふと海もニコリとする。

 そんな二人に月夜が抱きついてきた。

「素晴らしい!!! さすが我が愛しい妹たちだぁ〜〜〜!!!! ありがとーーーーーう!!!」

 暑苦しく月夜が海と倉井に頬ずりしてきた。

 嫌そうな海とはにかむ倉井に月夜はスリスリしていた。


 落ち着いた三人はおやつにすることにした。

 月夜はお礼を込めて、二人にホットケーキを半分ずつ分けてあげた。ちなみにホットケーキは一人二枚だ。

 冷めかけていたけれど倉井は美味しくいただいた。

 なんといっても今日のホットケーキは海の手作りだったから。

 いつかわたしも海さんに何か手作りしたいなと思いながらホットケーキを噛みしめ味わう倉井。

 海は海で特に何もしていないのに姉と倉井に感謝されて機嫌がいい。

 月夜はピアスが戻ってほっとしていた。

 このピアスは夏野 空(なつのそら)からプレゼントされたもので、月夜も気に入ってつけているから。

 もし無くしてしまったら月夜もがっかりだが、夏野が悲しむだろう。夏野の泣き顔が頭に浮かんだ月夜は絶対に無くさないようにしようと思った。


 小腹が満たされたところで海が二人に聞いてきた。

「なんであんな簡単なことお姉ちゃんたちはできなかったの?」

 なんてこともない言葉だったが、月夜と倉井には重くのしかかっていた。

 これは言ってはならないと口を閉ざした二人。

 だが、視線がある一点に集中していた。

 急に押し黙った二人に困惑した海だったが、視線を感じた箇所に目がいく。当然自分の胸にいきつく。

「は!? ちょ、ちょっと何!? む、胸がでかいからっていいたいわけ!?」

 顔を赤くした海が声を荒げる。もちろん三人の中で一番小さいからだ。

「い、いや違うぞ妹よ! そんなわけがない! なんてたって可愛いからな!」

「そ、そうだよ! 海さんも負けてないから!」

 焦った月夜と倉井がなんとも苦しいながらも褒め始めた。

「だいたいなんで腹ばいで取らなきゃいけないわけ!? 胸が邪魔なら寝そべって取ればよかったでしょ!?」

「「あっ!?」」

 海に言われて気がついた月夜と倉井は目を丸くした。

 まったくもってその通りで、思いつかなかったのが不思議なほどだ。

 おかげで海は怒っている。

「もう知らない! 何かあっても手伝わないから!」

「わぁ〜違うんだ〜! 嫌いにならないでおくれよぉ〜〜!!!」

「誤解です海さん! 誤解ですからぁ!!」

 慌てた月夜と倉井が取り(つくろ)う。

 顔を真っ赤にした海は両の頬を膨らませすね始めた。

 この日は海のご機嫌取りに奔走(ほんそう)する月夜と倉井であった。


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